10.裏切り者を炙り出すパーティー
ハミルトン辺境伯が逃げたと聞いて、戸惑う私にブライアン王子は説明してくれた。
「あの日、フレディが実は、俺を暗殺するために送り込まれたスパイだと分かったわけだが。
俺は、あの後すぐに騎士団を呼び寄せて、馬を駆って辺境伯の住む公邸に乗り込んだんだ。
だが、辺境伯の公邸はもぬけの殻だった」
「騎士団を呼び寄せている隙に逃げられてしまったわけね」
「いや、騎士団は、王族が呼んだらすぐに駆け付けることになっている。
俺たちは、フレディが逃げてから、ほんの数十分の間に奴の公邸に乗り込んだんだ」
「公邸には使用人もいるし、そんな数十分やそこらでもぬけの殻になんかならないですよ。
地下室か何かに隠れたんじゃないですか?」
「騎士団の面々は、戦闘経験豊富な奴らだ。
同じことを言って、床や地面を調べまくったんだが、どこにも入口らしきものは見つからなかった」
「じゃあ、本当に数十分やそこらで、たくさんの使用人を含めて、王都を駆け抜けて逃げていったってことですか?」
「それも無理だろうと、騎士団長は言っていた。
長い間、おそらく最低限の人員だけ残して、体裁だけ保っていたのではないかと。
いつバレても大丈夫なように、周到に準備していたということだな。
フレディが城から逃げ出して、公邸に情報が伝わってから直ぐ、少人数で人ごみに紛れて逃げて行ったのだろうということだ」
「王都の城門には、彼らが通った形跡はないのですか?」
「それが、分からないんだ。
あのフレディの身のこなしから言って、城壁を超えて逃げた可能性も考えられるしな」
「つまり、手掛かりは無くなったってことですね」
少なくともフレディは城壁を乗り越えていないことは、間違いない。
今、ノエビア邸の地下牢に捕まっているんだから。
「ああ、そうだ。
この話は、本当は王族以外には漏らしてはいけない内容なんだがな。
お前は、もうすぐ俺と結婚して王族になるわけだしな。
だからこんな秘密を話したんだ。
それと、あの後どうなったのか聞きたくて、学校で騒がれても困るからな」
後の話が本音だな。
まあ、いいけど。
本当の手掛かりは、私の手の内にあるんだし。
「それで、スパイを誰が送ったのかとか調べることは諦めるの?」
あえて聞く。
私は、スパイを送ったのが誰かとか知っているけどね。
「いや、あきらめるわけには、いかない。
俺の命が、かかっているからな。
それで、王都中の貴族を集めてパーティーを開くことにした」
「パーティー?
話が、つながらないんですけど」
王子は、一気にまくしたてる。
「つながるだろ。
何せハミルトンの奴は、俺を殺そうとして犬に化けていたスパイを送り込んだのは間違いないんだ。
フレディがスパイだとバレた瞬間に姿を消したんだから、白状したのと同じことだ。
ハミルトンが何故俺の命を狙ったのか、黒幕がいるのか、それらを調べないと安心して夜も眠れないからな」
「全然つながりませんよ」
私は、ため息をついた。
黒幕はマクラン王国で、命を狙ったのは獣人族の解放のためだと知っているんだけど、ここでは言えない。
「どうしてだ?
ハミルトンの有罪は確定したも同然だが、どれくらい仲間がいるのかもわからない。
王城の中にも敵がいるかもしれないんだぞ。
ハミルトン辺境伯を討伐するにしても、現時点で情報が少なすぎるんだ」
「パーティーを開けば、情報が集められるとでも?」
「もちろん集められる」
「どうやって?」
「それは、王家の秘密だ」
「さっき、もうすぐ私が王族の一員になるから、王族の秘密を明かしてもいいって言った、口の根も乾かないうちにそれですか」
「分かったよ。言うよ。
俺たちの方も、スパイは雇っている。
そして、心を読む魔法使いが何人かいるんだ。
そいつらの前でハミルトン辺境伯の話をさせれば、少なくとも裏切り者はすぐに炙り出せる」
ゲッ、心を読む魔法使いって……
そんなののいるパーティーに行ったら、私の悪事もバレちゃうじゃないの。
「そんな。心の中を読まれるような人のいる場所になんて、行きたくないです。
私は、そのパーティー欠席してもいいですか?」
「ダメに決まっているだろ。
やましいことでもあるのか?」
「やましいというか……
女の子には、同じ年頃の男性に知られたくない秘密は、たくさんあるんですぅ」
ごまかすために、ちょっと可愛く言ってみた。
「いや。来ない貴族は、裏切り者認定するという脅しをかけるつもりなんだぞ。
婚約者でもあり、王都の貴族でも指折りの名家の令嬢のお前が来ないなんて、他の貴族に示しがつかないだろ」
「でも、父上と母上は参加するでしょ?
私が参加しなくても良いのでは?」
裏切り者を炙り出すなんて、そんなパーティー、逃げれたらラッキーだ。
「分かった。訂正する。
心が読めるというのは、言い過ぎだった。
嘘をついているかどうかが分かる、という程度なんだ」
まあ、そうだろうね。
「でもそれって、変な質問をされて、結局色々詮索されてしまうってことじゃないの?」
「お前には、変な質問はしないし、させない。
これで良いだろ?」
「何か保証でもあるのかしら?」
「そこまで求めるのか?
それなら、猫神様に誓おう」
そう、この世界は猫の神様を信じているのだ。
可愛いネコ耳の神様がキャラクターグッズにもなっていて、それで一儲けしようという出版社の思惑だったのだが。
「うーん、どっしようかなあ」
行きたくないなあ。
「分かったよ。本音で話すよ。
俺が来てほしいんだよ。
お前が来てくれないと、退屈なんだ。楽しくないんだ」
そこまで言われてしまうと、断るわけにはいかない。
こんなイケメンに、そんな熱いセリフで口説かれたら、断るわけはないんだけど……
ここは、私が創った世界。
しかも、このイケメンは、近い将来私を殺す男なのだ。
「分かりました。
喜んで行かせていただきます」
私は精いっぱいの作り笑顔で答えた。
なんだか、前にもこんなことがあった気がした。
次回更新は、金曜日の予定です。




