1.レディースコミックの世界へ転生?
私は、人気漫画家の片山ノエル。
ごめんなさい。ちょっと見栄を張りました。
レディスコミックの漫画雑誌に、最近ちょっと人気の作品を書いている漫画家、片山ノエルです。
今日も昨日も、締め切りに追われて徹夜でした。
「せんせーっ、カトリーヌの最期のシーン、ペン入れお願いしまーす」
作画を手伝うアシスタントが、書きかけの原稿を持って威勢よく私に詰めてくる。
「良いわ、別に私が直接ペン入れしなくても。
あなたが描いて。
悪役のカトリーヌの最期なんて、読者も期待していないから」
「良いんですか?
さんざん悪事を働いてきたカトリーヌが、全ての報いを受けて倒されるシーンなのに。
読者も、倒されるカトリーヌを見て『ざまあ』って思う、最高のシーンじゃないですか」
アシスタントが、粘ってくる。
「良いのよ。来週の主人公エリザベスが王子と結婚するシーンの方に力を入れるから」
とにかく、もう限界。
寝かせて欲しいのよ。
あと少しで最終回の予定だったのに、人気が出てきたせいで編集者から引き延ばしを命じられている。
主人公が結婚した後の波乱万丈を考えないといけないし。
まだまだこの生活が続くと思うと、悪役令嬢の最期なんかに精力を使えない。
あと少しで最終回と思っていたから、頑張ってこられたのに。
この生活が続いたら、死んでしまう。
数年前の私なら、人気が出たことを喜んでいたんでしょうけど……
いっぱいいっぱい、もうダメ。
『蒼き精霊の守り人と永遠の姫君』
略して『あおもり』または『えひめ』って呼ばれてる。
主人公のエリザベスは、田舎貴族の一人娘。
上京して入学した魔法学園で、道に迷っているところを助けてくれた美少年に心を奪い奪われる。
でも、その美少年は、実は王国の第一王子だった。
二人が好き合っていることを知った、王子の婚約者で公爵令嬢のカトリーヌ・ド・ノエビアが、あの手この手で主人公の邪魔をする。
カトリーヌの策略に引っかかって、エリザべスを殺そうとまでしたブライアン王子だったが、カトリーヌが媚薬を使って人々を操っていたことを知ってしまう。
それで、媚薬の中和剤を宮廷の薬剤師に作らせて、人々の洗脳を解いてしまった。
ここまでが先週号の内容。
今週は、王子が今までの数々のカトリーヌの悪行を追及して、婚約を破棄する。
怒り狂ったカトリーヌが、短剣を持って王子を殺そうとするが、剣士としても超一流の王子に返り討ちに会う。
この内容で25ページの漫画を描いているのだ。
本当に……、もう……、げ……ん……かい。
「せんせーっ、王子に斬られたカトリーヌは仰向けに倒れますか? うつぶせに倒れますか?」
「どっちでも……、いいわ。好きなように描いてちょうだい」
「せんせーっ、カトリーヌの最期の表情は、怒った顔にしますか? 苦しんだ顔にしますか?」
「だから、どっちでも……、好きに……、好きにして……」
あっ、ダメだ。これ、ダメな奴だ。
回りの風景がグルングルン回っている。
私、死んじゃう。死んじゃうんじゃないかな。
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「悪役だからって、どうしてこんなひどい目にばっかり合わせるの?
私だって、幸せになりたかったから、自分なりに一生懸命頑張ったのに。
しかも、徹夜でしんどくなったから、めんどくさくなって、私が死んでしまうラストも適当にすませるなんて最低!
あなたも一度カトリーヌになってみなさいよ!
……みなさいよ!
…………さいよ!」
そんな声が頭の中に響き渡ったような気がした。
気が付くと私は、お城のバラ園の中にいた。
「えっ? このバラ園は、私が『あおもり』の中で描いていた場所じゃないの?
魔法学園入学の日に、エリザベスが道に迷って迷い込む場所だわ。
そして、ここでブライアン王子と出会うのよね」
これって夢?
疲れ果てて眠ってしまったのかしら?
いや、でも死の苦しみから昇天する感覚まで覚えている。
確かに死んでしまったはずだ。
もしかして私、自分の書いていた漫画の世界の中に転生してしまったの?
自分の着ている服を見る限り、魔法学園の制服のようだ。
このバラ園が登場するのは、エリザベスとブライアン王子の出会いのシーンだけだ。
ということは、私は主人公のエリザベスで、もうすぐブライアン王子がやって来て、助けてくれるってことね。
ちょっとだけ安心した。
過労で倒れたところで前世の記憶が途切れたこともあり、何だかすごく疲れた気がする。
ベンチに腰掛けて、王子を待つことにした。
こんなことなら、もっとイージーモードで幸せになるストーリーにしておくべきだった。
そんなストーリーで、連載を勝ち取れたとは思えないが……
まあ、少々つらい目にあったとしても、ハッピーエンドが待っていると分かっているんだから、我慢すればいいだけだ。
誰かが走ってくる。
女子のようだ。王子じゃない。
じゃあ、どうでもいいか。
そう思っていると、声をかけられた。
「あ、あのー、私、エリザベスって言います。
これから入学式が始まるんですが、講堂がどこにあるのか分からなくって、ピンチなんです。
こんなギリギリの時間に、そんなに落ち着いておられるということは、間に合う行き方を知っておられるということですよね。
申し訳ありません。
講堂への行き方を教えていただけませんか?」
確か入学式は、8時からだ。
って、えっ? バラ園の花時計を見ると、今7時55分じゃないの。
ここから講堂まで、500メートルはあるわ。
走っていかないと遅刻してしまう。
私は、エリザベスの手を引いて講堂まで走っていく。
ちょっと待って。え、エリザベスですって?
この子がエリザベス?
私は主人公エリザベスじゃないの?
じゃあ、私は誰?
入学式が終わった。
あれっ? 私の描いていた漫画の世界だと思ったけど、何か違うのかしら。
講堂を出ると、いかにも執事という人が駆け寄ってきて挨拶する。
「お嬢様、こちらに馬車を停めてあります。
お乗りください」
私は、無言で馬車に乗る。
嫌な予感が頭の中を駆け巡っていた。
死の直前に聞こえたような気がする声。
「あなたも一度カトリーヌになってみなさいよ!
……なってみなさいよ!
……みなさいよ」
次回更新は、明日の予定です。