第7話 王女の子供達
ー とあるエリドールの辺境の村 ー
ここは、エリドールの田舎村、平凡で、ほのぼのとした、変哲もない村だ。
少年は深夜だというのに走っていた。
少年の名前はトマス、彼はとにかく必死に走っていた。
トマスの家は村の外れに位置しており、彼はちょうど家の裏庭で夜空を眺めていた。その平和な光景は突然の叫び声と割れる花瓶の音で一変した。
最初は何が起こっているのか理解できなかったトマスだったが、後ろの家から悲鳴が聞こえてくると、直感的に危険を感じ取った。
彼の最初の反応は、家の中に駆け込むことだった。
しかし、すぐに父の怒号を聞いた。「トマス!裏口から出て、逃げろ!すぐに!」
父の声に動揺しつつも、トマスは父の言葉に従い、家の裏口へと急いだ。幸い、その方向には誰の姿も見えなかった。
トマスは裏口から家を抜け出し、家の後ろに広がる小さな森へ抜ける道にと全力で駆け出した。
すると、道から兵士がやってくるのが目に入る。
「隠れなきゃ」
少年は必死だった。
少年は井戸を見つけたので、
井戸の中に隠れることにする。
「っ」
井戸は既にいっぱいだった。
いや、正確に言うと、
井戸は、『死んだ人で』いっぱいだった。
トマスに選択肢はなかった。
この中に隠れるしかないのだ。
死体をかきわけ、
自分のスペースを確保する。
月明かりに一瞬見えたが、
一番上の女性は、
やさしかったパン屋のおばさんだ。
スペースを確保すると
泣くこともできず、トマスは石になった。
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石になることは昔兄さんに教えてもらった。
「トマス、嫌なことがあったらな。石になるんだ。」
「石になるの?」
「そうだ、石になるんだ。石になれば、何も感じない。強くなれる。」
「本当に?」
「本当だよ。何も感じなければ、悲しくもならないし、泣くこともないんだ。トマス強くなれよ。」
「わかったよ。強くなるよ。」
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しばらく時間が過ぎた。
何やら声がする。
「これーで101匹目。」
どさっと音がする。
月明かりに、自分の見慣れた手が見える。
この手は昔、野犬から兄さんに守ってもらったときに、兄さんにできた傷だ。
月明かりに、顔が見えた。
兄さん、
兄さんの顔は恐怖に歪んでいた。
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「兄さん」
トマスは泣いていた。
フロストヴァルド南端、ティアモのキャンプで泣いていた。
巡回していたプリーストのエリザが近くに立ち寄る。
「どうしたの?大丈夫」
「兄さん」
「大丈夫?」
「兄さん」
エリザは、何も言わずにトマスを抱きしめた。
「エリザ様、兄さんが、死んだ。」
エリザは、ずっとトマスを抱きしめていた。
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トマスは翌日には元気になった。
それからはトマスは毎日エリザに会いに行った。
毎日おはなしをした。
エリザといることはトマスの安心であり、幸せであり、トマスのすべてだった。
そしてエリザの頼みは何でも聞いた。
お使い、かくれんぼ、おにごっこ、なんでもやった。
トマスのような子は、キャンプに大勢いた。
そのたくさんのトマスのような子達は、皆『エリザの子供』になった。
エリザ・ノースフォードはフロストヴァルドのハイプリーストである。
エリザの決意は一貫して、変わらない。
一人でも多くの市民と、市民の心を守るのが彼女の使命だ。