第3話 傷への誓い
フロストバルドの王女、エリザ・ノースフォードは、
小さなころからよく同じ夢を見る。
またこの夢なのだ。
かわいい弟と、かくれんぼをしている夢だ。
夢の中で会えるのが幸いといったところか、
私のかわいいアッシュ!
侍女のニコラが悲鳴を上げて走ってきた。
二コラ、はやく逃げて!!!
そして、いつも通り
ニコラは後ろから来た男達に、惨殺される。
そしてもう一人の男は、アッシュを手にかける。
ああ、私のアッシュ!!!!
「これがターゲットか、依頼は一人だったな。」
「いや、ガキは二人いて、大きいほうだぞ。」
物音に気が付いたのか、
別の男がまっすぐにこっちにくる。
そして男は剣を突き出した。
エリザの左肩に剣は刺さった。
エリザは声を出さずに、
剣にクローゼットの洋服を巻き付かせる。
自分の血をふき取ったのだ。
男は剣を引き抜くと、不思議そうな顔をしながら、
「手ごたえがあったのにな」
と言った瞬間に、
警護隊長のイングリスが男に切りかかった。
男は、イングリスに反撃を加えると、
レイヴァルト兄さんの居室のほうに逃げ始めた。
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男たちがいなくなると、
エリザは飛び出していた。
「アッシュ!」
エリザは何かできないかと必死たった。
弟を抱きしめて、見よう見まねで、
神官のいつものセリフを口走ってみる。
「生けるもの、生きるべきものに、その力を与えん。
ハイヒーリング!!!」
驚くべきことに、ハイヒーリングが発動する。
エリザは6歳にして、
上級の神官しか使用ができないハイヒーリングを発動させる。
エリザは何回も魔法を唱えた。
でも、アッシュは動かなかった。
エリザの魔力が枯渇したあとも、
生命のエネルギーを使用し、エリザはヒーリングをかけつづけていた。
エリザの髪は、きれいな金色から白髪になった。
駆け付けた父がエリザの肩に手を置き言った。
「エリザ、もうやめなさい。
死んでしまったものには、ヒーリングは効かない。」
エリザは泣き崩れた。
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エリザはティアモの難民キャンプで目を覚ました。
私は弟を守れなかった。
それは、私に力がなかったからだ。
エリザの左肩にはいまだ傷が残る。
エリザは、左の肩の傷の治療を拒んだのだ。
今でも左腕は上がらない。
エリザには左の傷は唯一残るアッシュとの絆であり、
傷を一生背負うことで、自らの戒としたのだった。
エリザは、傷の痛みがうずくたびに
「力なきものは大切な人を守れない」
ことを思い出し、強くなることを再び誓うのであった。
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フロストヴァルドにはその後、三男の王子が誕生した。
「アッシュを、どうか… どうか、強く、立派な王子に…」
王妃であるエリザの母は、
もうろうとなりながら出産と同時に息を引き取った。
家族の強い希望により、次男と同じ名前である
「アッシュ」
と名付けられた。
姉のエリザと警備隊長のショーン・イングリスは、
アッシュを守り抜くため、厳格に育てることを誓った。
三男のアッシュは法術と剣術の
英才教育を受けることとなった。
しかし、アッシュは真面目に修行に取り組んだものの、
その実力はごくごく一般的であった。
残念ながら、王子としての特別な才能は
「かわいらしい」
という点を除いて見当たらなかった。
アッシュは優れた魔法や剣術の才能は持ち合わせていなかったが、
不屈の精神と優しい心を持っていた。
エリザとイングリスは、彼に剣術や法術を辛抱強く教え続け、
次第に彼のリーダーシップと強さを引き出していった。
そして、エリザはハイプリーストとなりフロストヴァルドの最高神官の一人に就任し、イングリスはフロストヴァルドの最高の剣士として剣聖の称号と共に将軍になると、二人は忙しくなった。
その為、アッシュ王子の教育は、家庭教師のアリア・ノーヴァに教育を任されるようになった。
アリア・ノーヴァは16歳で、フロストヴァリア軍学校を首席で卒業した軍参謀であり、錬金術師であり、王国随一の地精霊魔法使いである。
アリアの教育により、アッシュはめきめきと知識を身につけてゆき、兄レイヴァルドから、ヴェローナ魔法学院への入学を言い渡され、護衛のルーナを伴って留学している。
そんなアッシュからエリザに手紙が届いていた。
「エリザ姉さん、驚くニュースがあるよ!なんとサンフォーレのリリア皇女様と知り合うことができたんだ。一緒に町を散策したり、図書館で勉強しているよ。」
このようなアッシュからの手紙を受け取り、うれしくなるも同時に少し心配になった。
なぜなら、このティアモのエリドール公国からの難民はサンフォーレとの戦争により発生したからである。そしてエリザのフロストヴァルド王国と、サンフォーレ皇国は長らく対立の関係にある。
「ガールフレンドができたのはうれしいけど、相手はよりによってサンフォーレの皇女様か、、、彼女の真意がわからないし、はたしてレイヴァルド兄さまがなんというか、、」
エリザは窓の外を見ながら、深くため息をついた。彼女は弟の幸せを願う一方で、王家の一員としての責任、そしてアッシュへの兄の期待を知っている。彼女自身がフロストヴァルドの高位神官として、フロストヴァルドとエリドールの間の複雑なバランスを保ってきたため、アッシュの恋愛がどんな政治的影響をもたらすかを慎重に考えずにはいられなかった。
「アッシュの幸せを心から願うけれど、これが単なる恋愛なのか、それとも高度な戦略的外交になっていくのか、参謀のアリアがまた道を示すかもしれません。」
エリザは自分自身に言い聞かせるように呟いた。そして、静かに祈るように、彼女は再び手紙を手に取り弟への返信を考え始めた。