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本編#96 立派な新兵

 翌朝、最速で出撃準備を済ませ、臨時で編成された部隊と共に列車に乗り込んでいた。

 乗車する際、市民が兵隊を見送ろうと駅のホームに殺到しているのが見えた。国旗を振ったり花束を投げたり、市民が我らの部隊に信頼を寄せている事がよく分かる。そんな市民の期待を裏切らないためにも、張り切ってやらねばならない。

 兵士が全員乗り込むと、列車が発進し始めた。

 列車は速度を少しずつ上げていき、市民からの声援も次第に離れて行った。


 「目的地までは時間がかかるな」


 農村から首都へ来た時の事を思い出す。10時間以上は必要だ。


 「それまでの間、何をしようか」


 座席を見れば仲間達がすやすやと眠っている。雑談しようにも相手がいないので、かなり退屈だ。いっそ自分も仮眠を取ろうと思ったが、眠気が足りないためそれは実現しなかった。


 「本でも持ってくればよかったな」


 自宅には図書館から借りた現実世界へ帰るための本が何冊かある。その本のどれかを持参しておけばこのような事態は避けられただろう。

 ここにないものを欲しがっても解決へは繋がらないので、退屈を我慢するしかないと決めた時、肩に何かがぶつかった。

 背後を振り返ると、ミハエルやオットーと同じくらいの年齢の兵士が床に倒れていた。


 「いてて……」

 「大丈夫か?」


 腰を撫でる彼に手を差し伸べる。


 「あっ、す、すみません」


 怒られると思ったのか、彼は怯えた声で謝罪した。


 「わざとではないんだろ? じゃあ謝らなくていい」

 「わ、分かりました」


 彼は立ち上がると、床に落下した自分の小銃を肩にぶら下げた。

 小銃は長いため、少年の彼が持つと不格好だ。


 「お前、若いな。年齢はいくつだ?」


 椅子に座り、彼に問い掛ける。


 「17歳です」

 「その年齢の若さだと、徴兵か?」

 「いえ、志願で兵士になりました」


 徴集兵ではなく志願兵か。若いのに立派な人間だ。

 眼前の少年と若い頃の自分が何となく似ているような気がして、彼と適当に喋る事に。


 「ここに座れ」


 自分の隣の空いている席を優しく叩く。


 「失礼します」


 彼は重たそうな小銃を壁に立て掛け、座席に腰を下ろす。


 「名前は何と言うんだ?」


 「ヤーコフ・ウスチ―ノヴィチ・クレチンスキーです。そちらは?」

 「ペーター・ヴィットマン。遠く離れた国からやって来た戦車長だ」


 名前を告げると、ヤーコフが何かを思い出したかのような表情を浮かべた。


 「戦車長……あ、もしかして、この前の攻勢作戦の指揮官ですか?」

 「そうだ、よく知っているな」

 「だって先輩から物凄い指揮官が居るって聞いてましたので」


 自分自身は至って普通の戦車兵だと思うのだが、そんなに評価されていたとは。ドイツで戦っていた頃は、私よりも優れた戦車兵が沢山居た。例えば幼馴染の友人はパンターの車長を務めていて、撃破数は200を超えているのだ。だから、そういった兵士と比較すれば私は大した者ではない。


 「今回も戦車に乗るんですか?」

 「ああ、当然だ。私と戦車は戦友だからな」


 そう言いつつ、列車の後方を見る。連結している荷台にはティーガーと何両かのパンテルが積載されている。駅に到着したらそれらの戦車を下ろして、本格的に作戦開始という訳だ。


 「実は僕も戦車に乗ってみたいんですよね。歩兵隊でも戦車乗りに希望している人も居るぐらいですし」

 「そうか……気持ちは分かるが、よしておけ」


 戦車という乗り物は男の夢が詰まった存在であるため、ドイツ軍でも戦車部隊に志願する者は少なくなかった。事実、私も戦車に憧れを向けていたからこういう兵士になったのだ。だが、戦車兵は想像以上に過酷だ。整備を少しでもサボれば車両は置物になるし、夏場の戦車内部は体が溶ける程の熱気に包まれる。それに、戦車は怖い。私はあの日、ベルリンでソ連の重戦車に撃破されたが、灼熱に囲まれながら息絶える光景を鮮明に記憶している。焼ける髪も爛れる肌も、未だに身体に張り付いているような感覚がある。


 「何でですか? 夢があっていいじゃないですか」

 「それはだな……」


 真実を教えてあげたいが、あの光景がトラウマになっているせいで話せそうにない。


 「とにかく、自殺願望でもない限り、戦車には絶対乗るな。酷い目に遭うぞ」


 言えたのは、たったこれだけ。


 こんな雑な説明……いや説明と言えない説明で納得してくれるだろうか。


 「うーん、そうですか。よく分からないけど、そうします」

 「歩兵には歩兵の役割があるからな。お前は多分そっちの方が合ってるさ」


 よく歩兵部隊は地獄と言われるが、私からすれば戦車兵より歩兵の方が幾分も気楽に見える。歩兵は馬鹿でもできるが、戦車兵は頭脳も体力も必要だ。元々頭が悪い私はその難しさから何度か歩兵部隊へ移ろうかと迷っていたが、既に戦車兵としての誇りが芽生え始めていたので、結局続ける事を決意したのだ。


 「って、結構埃が溜まってるな……」


 ヤーコフは自分の銃を見て呟いた。

 彼は汚れが1つも付着していないハンカチを取り出し、銃の金属部分を拭き始める。


 「かなり使い込まれているな」


 ライフルは傷まみれで、木製のストックは一部が削れている。

 拭く手を止めると、彼はこちらに視線を合わせた。


 「この銃はおじいちゃんが使ってたやつで、入隊と同時に譲り受けたんです」

 「その方も軍人だったのか?」

 「いえ、猟師です」


 再び拭くヤーコフ。

 大切な銃の清掃が終わると、彼は身長の半分くらいある銃を構えた。


 「慣れないな……」


 大きさのせいだろか、ヤーコフの構え方はどこかおかしい。

 下手だが必死に練習する彼の姿を見て、小銃の正しい扱い方を教えようと立ち上がった。仲間は爆睡しているから、多少の物音を立てても睡眠を邪魔する心配はないだろう。

 銃と体を支える。


 「こういう小銃は、脇を狭くして構えるんだ」

 「詳しいですね、ありがとうございます」

 「戦車兵とはいっても軍人だからな。これぐらいは出来ておかないと」


 新兵に小銃の扱い方を教授するという立派な暇潰しができたため、退屈な時間はあっという間に過ぎ去っていった。

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