本編#7 欠けた仲間
「ハッ……! ここは……」
頬がヒリヒリする感覚と同時に、私は目覚めた。
ここは、私にとっては見慣れた場所だった。そう、自分が今居る所はベルリンで撃破されたはずのティーガーだ。
「よかった、起きたみたいだなペーター」
エルンストは安心した表情を浮かべて言う。
「あ、ああ、大丈夫だが……」
困惑しながらも辺りを見渡す。撃破された形跡は一切なく、備え付けている機器や砲弾は未使用品のように綺麗な状態だ。仲間達も全員居る……いや、ちょっと待てよ。あの子が居ないぞ。
「おい、ヨハネスはどこだ? 便所か?」
「いや……それがな……」
エルンストは神妙な表情になり、言葉を続けようとする。
「ヨハネスはな、アイツだけ、ここに居なかったんだよ。奴に関しては、生きてるのか死んでるのかも分からねえよ」
「元から居なかったのか?」
「その通りだ。逆に何で、俺らは生きてるのか意味が分からないな」
私は二人の小さい兵士に視線を向ける。
ミハエルとオットーに目立った外傷は無いが、体内に何かしらの問題があるかもしれないと考え、私は簡易的な健康診断をする事にした。
まずは、手前のミハエルから。
「身体はおかしくないか?」
「大丈夫ですよ」
「そうか、そっちは?」
オットーにも目を向けるが、彼は左脚を手で擦っていた。
「こっちはちょっと膝が痛みます……」
「分かった、無理はするなよ」
オットーだけは膝に痛覚があるようだが、誰にも命の別状はなさそうでよかった。
仲間の無事を確認すると、これからの事を皆で話し合った。
ティーガーには四人の兵士が乗っているので、当たり前だが様々な意見が出た。助けが来るまでここで待つ、ティーガーから出る、などだ。どの主張も正しく、誰の意見を採用するかに手間取った。
今からの行動を見出せずにいると、エルンストがこんな提案をした。
「決めるのは俺達じゃない。車長のお前が決めるんだ」
「それもそうか」
ティーガー217号車の指揮官である私はなるべく仲間の意思を尊重しようと心掛けているが、今は車長の権限を行使するべきだろう。
だが、全員の言い分が正しいように思え、私は答えを出すのに時間が掛かった。
数十分悩んだ挙句、私はついに決断を下した。
「ティーガーから降りて、この場所を調査しよう。ヨハネスの捜索も兼ねてだ」
自分達が居る地域を調べ上げるのも大事だが、やはり仲間を見捨てる訳にはいかない。ヨハネスは気弱で、言い方は悪いが「役立たず」な兵士だ。だけど、それでも大切な部下には変わりない。乗員を放っておく車長など、この世に居ないだろう。
「それと、一つ言い忘れていたが、調査にあと一人着いて来てもらいたい」
「だったら、俺が行くよ」
操縦席から立ち上がり、エルンストが手伝いを申し出た。
「いや、お前はここに居てくれ。ティーガーを守るんだ」
私以外でティーガーに詳しい兵士はこの仲間内だと彼だけだ。オットーもミハエルも戦闘技術は新兵にしては高度だが、部隊に配属されてからあまり時間が経っておらず、ティーガーを二人だけに任せるのはまだ早いだろうと考えたのだ。
「ミハエル、着いて来てくれないか?」
オットーは足を痛めていると言っていた。そうなると、消去法でミハエルが私の調査に同行する事になる。ただし、強制はしないつもりだ。仮に本人に断られたら、ヨハネスの捜索及び周辺の調査は私だけで行う。
「……」
ミハエルは顎を手に乗せて、考え込んでいる表情を浮かべる。
数分、いや数十分経ったかもしれない時、ミハエルの閉ざされていた唇が動いた。
「いいですよ車長。役に立つか分かりませんけども、僕なんかでよければ行きますよ」
ミハエルは少年にしては頼もしい笑顔でそう言った。
「ありがとう、ミハエル」
彼本人にも人権があるので調査の同行に拒否されても文句は言えないが、断りを入れられてしまったら私としては少々困るので、同行すると言ってくれて個人的には助かっている。
車長用の椅子から退くと、銃火器と必要最低限の弾薬を収納している木箱に触れた。蓋を開け、中からMP40短機関銃と世界で初めて実用化されたSTG44を手に取った。
銃をミハエルに渡す。彼の小柄な体格を考慮して、威力や射程距離が低いが、取り回しに優れる短機関銃を選出したのだ。また、MP40には肩や首から吊るす負い紐が装着されており、徒歩で移動する際はかなり楽になるだろう。
そういう私の武器はSTG44だ。STG44は少し前に制式採用されたばかりで、こう言っては何だが、はっきり言うと私はこの銃についてそこまでの知識を持っていない。敵に襲われた際に、ちゃんとSTG44を駆使出来るか不安だ。
ほぼ初めて扱う銃に弾倉を挿し込む。横では、ミハエルも慣れない動きでMP40を装填していた。
私とミハエルが武器の点検を軽く済ますと、ついに車外へ出ようとした。
「二人共、気を付けろよ。俺らは死んだってのに生きてるからな」
ハッチを開けようとする私に、エルンストがそんな注意を促してくれた。確かに、今起こっている事態は通常ではありえない事だ。死人が生者になって蘇るなんて、それは創作の物語だけだ。
「分かってる。何かあった時は、全力でここまで引き返すよ」
「ヤバい事になったんなら変に戦うなよ」
再び忠告を受けると、私は無言で首を縦に振った。