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ベルリン編#4 撃破失敗と死

 「まさか、な……」


 その何かには、見覚えがあった。

 ソ連兵の背中に隠れていた怪物が前にせり出て来る。


 「重戦車か、相手が悪いな」


 前進して来たのは、ソビエト連邦が私の愛車であるティーガーに対抗するために造られたISー2重戦車だった。ISー2はティーガーとの戦闘を意識して設計された事もあり、防御力もさることながら火力もティーガーより格上だ。特に注目すべき点は大口径弾を発射出来る主砲で、その威力はティーガーやパンターを真正面から易々と貫徹する程だ。

 簡単に言うと、ISー2はこの上ない凶悪な戦車だ。出遭ってしまえば、逃げるのが正解への道だろう。ところが今、撤退してしまうと少数の生身の人間とたった1両のヘッツァーだけが戦う羽目になるので、それを考えると私達はISー2を撃破する役に回った方がいいだろう。

 それにISー2も兵器だ。当然だが、無敵ではない。弱点としては、砲塔の前面や車体の下部が該当する。その部位だけを的確に貫ければ、撃破まで導けるだろう。


 「四号は二両ともISー2にやられたのか」


 左右で燃える残骸となった四号戦車を見ながら呟いた。

 車内に戻ると、例の重戦車が登場して来た事を皆に報告した。


 「ISー2が来たぞ」

 「嘘だろ? 勝てそうか?」


 エルンストが食いついて来る。


 「それは分からない。弱点だけを狙わないと、撃破されかねないだろう」


 要するに、こちらが勝つ負けるかは、砲手次第だ。

 真剣な目つきでミハエルの顔をじっと見つめる。


 「任せたぞ、ミハエル。お前ならやれはずさ」

 「で、でも、あんなの相手した事ありませんよ」


 ティーガーよりも凶暴な敵を前に、ミハエルの顔は怯えていた。

 外から砲撃音が鳴る。

 キューポラに付いている視界の確保が難しい小窓に目を擦り付けるようにして外を覗くと、敵と必死に戦っていたヘッツァーが炎上しており、原型を留めていない程大破していた。

 ヘッツァーの対向には、こちらを睨み付けているISー2の姿があった。


 「……」


 ISー2の恐ろしさを目の当たりにしたミハエルは黙り込む。

 そんな彼の肩に、汚れが付きまくった手袋を着けている手を置いた。


 「攻撃出来るのは、今しかない」


 ISー2は味方のヘッツァーを破壊したばかりなので、今は装填作業をやっているだろう。そして、ISー2は装甲を丈夫にしたがために中が狭いのだ。そのため、再装填を終えるまでにはかなりの時間がある。


 「ほら、やるんだ」

 「分かりました……」


 ミハエルが覚悟を決めると、その横に居るオットーが冷めきった薬莢を抜き出し、そそくさと新たな砲弾を補充した。

 強張った表情で照準器を覗き見るミハエルは、震える足で砲塔旋回を行うペダルを踏んだ。


 「車体の下部を狙うんだ」

 「は、はい……」


 怖がる声を出しつつ、ミハエルは汗が垂れる手で砲身を上下に作動させるハンドルを横に回した。

 ヘッツァーを撃破されてから大よそ数十秒は経っている。向こうも装填を終えている頃だろう。早く敵を潰さねば、このティーガーも撃破され、ライヒスタークの守備部隊は壊滅する。

 ハンドルを動かすミハエルの手がピタリと止まる。

 その流れのまま、今度は撃発装置に手を掛ける。


 「撃ちます……!」


 表情を歪ませるミハエル。

 瞬間、レバーが折れる勢いで倒された。

 轟音と共に、強い反動がティーガーを襲う。


 「やったか?」

 「どうなりましたか?」


 前に座っているエルンストとヨハネスは私の方を振り向き、質問で攻めた。


 「今、確認してやる」


 何となくではあるが、手ごたえはある。

 全身から力が抜けてぐったりとしているミハエルをよそに、ハッチを上に押し、ISー2が鎮座している居場所を見つめた。

 ISー2が佇む空間には瓦礫から出る粉塵が舞っており、戦車を護衛していた兵士の血と思われる液体が地面に散っている。

 しかし、敵は歩兵ではない。凶暴な重戦車だ。


 「よく見えないな」


 双眼鏡で確認してみるが、未だ粉塵が宙を浮いているので、肝心のISー2の姿が見えない。

 だが、大気を舞う粉塵もいつかは消え失せる。

 次第に粉塵が収まり始めると、ISー2の一部が見え隠れした。粉塵はまだ少し残っているので、車体をはっきりとは捉えられなかったが、動くには必須の履帯が切れている事が判明した。

 壊れた履帯を見た途端、私は勝利を確信した。

 漂う粉塵が完全に消滅すると、ようやくISー2が現れたのだが……予想外の事態が起こってしまった。


 「何だと――――」


 一言だけ、捻り出した。

 獲物の様子を見た瞬間、私の確信は粉砕された。

 倒したと思っていたISー2は履帯が切れているだけで、それ以外には特にこれといった損害はなかった。

 こっちは砲弾を撃ってしまい抵抗出来ないが、向こうはいつでもこちらに攻撃を仕掛けられるのだ。

 驚きと絶望の状況に目を大きく見開くと、ハッチも閉めずに慌てて車内へ入り込んだ。


 「撃破に失敗した!」

 「そ、そんな! ちゃんと狙ったのに……」


 渾身の一撃を与えたと思っていたミハエルは、突き付けられる事態に動揺を隠せていなかった。

 乗員が次々に声を上げていく。


 「お、終わりだ!」


 と、オットーが。


 「し、死にますよ!」


 次に気弱なヨハネスが絶望の声を。


 「……」


 陽気なエルンストは黙する。

 混乱の空気を裂こうと、私は全員に声を掛ける。


 「いや、まだ諦めるな。すぐに装填すれば何とかなるかもしれないぞ」


 下を俯いていたオットーがゆっくりと顔を上げる。

 暗い車内の壁に設けてある照明に輝かされ、オットーの眼に光が灯る。


 「い、急ぎます……!」


 オットーはやる気を取り戻したのか、閉鎖機を開けて、見た事のない速度で薬莢を取り除いた。

 中身が無になった薬莢が床に放り投げられ、金属から発する高音が響き渡る。

 ISー2は堂々とこちらに立ち向かっている。

 隙を与えているというのに何故撃って来ないのかは分からないが、さっきの砲撃で砲身がブレたと推測出来るので、照準の補正を行っているのだろう。

 反撃の機会は、敵がこちらに狙いを正確に定めるまでの僅かな時間だけだ。その瞬間を逃してしまえば、そこで全てが終了する。


 「か、完了、しました……」


 オットーの途切れながらの言葉が耳に入ると同時、尾栓が閉じられる音が鳴った。

 装填はいつもよりも、さっきよりもとても長時間に感じたが、とにもかくにもこれでまた攻撃の手段を得られた。

 これ以上の失敗は許されない。


 「いいか、絶対に外すなよ」

 「え、ええ……」


 身体の振動が止まらないミハエルの肩にそっと手を添える。安心させるためだ。

 ミハエルは反動で少し上を向いた砲をISー2の車体下部に合わせようと、汗が滴り落ちる手で昇降ハンドルを操作する。


 「はあ……はあ……」


 荒い息を吐き出しつつ、回していたハンドルから手を離すと、覚束ない手つきの状態で撃発レバーを包み込んだ。

 最後の機会が、巡って来る――――

 緊張感走る車内。

 皆が残り僅かな勝率を信じている時、私は決死の覚悟で口を開けた。


 「今だ! 撃つんだ!」

 「……はい!」


 聞いた事のない音を立ててレバーが引き倒される。

 これで、私達は何とか勝てただろう。

 そう、あってほしかった。

 砲弾が発射された刹那、それに合わせるようにISー2も凶悪な拳を飛ばして来た。


 「――――」


 悲鳴を上げる暇は無かった。

 突き飛んで来た砲弾はティーガーの前面装甲に、私から見て丁度ヨハネスが座っている辺りに命中した。

 金属が削れ、押し割られる轟音が響き渡る。

 砲弾が装甲を破り、車内に突入する。乱入して来た砲弾はヨハネスの上半身を破裂させ、その勢いを保ちつつ壁際に備えている弾薬に突進した。

 弾薬に砲弾が当たると、どうなるか説明するまでもないだろう。

 車内が明るく煌めく。

 短い爆音が響くと、人間5人が乗った戦車は瞬く間に炎という存在によって囲まれた。鉄の棺桶とは、まさにこういう状態を表すのだろう。

 燃える箱で死ぬ間際、無意味だと分かりながらも、私は仲間全員に感謝と謝罪の言葉を述べた。

 最後まで戦ってくれてありがとう。そして、肝心な時に判断が遅れるような馬鹿な車長で申し訳ない――――と。

 真っ赤な風景になった戦車(棺桶)で、私は色々な事を想いながらこの世を立ち去ろうとしていた。

ベルリン編はここで終わりで、次回から異世界編スタートです。

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