ベルリン編#3 ライヒスタークを防衛せよ
揺れが激しい車内。
外の状況を詳しく確認するために、キューポラから上半身を乗り出した。
「…………」
眼前に広がる故郷の姿に、一つの言葉も出なかった。
建ち並ぶ建物は壁が倒壊し、屋根は剥がれ落ちている。窓ガラスが残っている家はほとんど無い。
平面だった道路はひび割れ、所々が陥没している。
通路の脇には戦闘爆撃機で破壊されたであろう兵員輸送車や戦車が回収される事なく残されており、壊された車両の上部には燃える車内から脱出しようとした丸焦げになった兵士の死体がいくつも重なり合っていた。その悍ましい死体にはカラスやネズミが近寄っていて、こんがりと焼けた肉を貪っている。
街灯や建物の壁には布が破れたドイツ国旗が吊るされており、まるで祖国の終焉を物語っているかのようだ。
実に悲惨な光景だと言えるが、恐ろしい事に現在では日常の一部に溶け込もうとしているのだ。最初こそ爆撃されたりすると皆が悲鳴を上げて逃げ惑っていたが、今は爆撃ぐらいで怖がる者は居ない。爆撃機が襲来したら、市民は澄ました顔で避難し、防衛に当たる兵士達は対空砲をごく当たり前のように操作しているのだ。
ドイツ本土への攻撃が始まってからは街並みも市民も仲間も、そして私自身も、全てが狂気に支配された存在に見えてしまう。人が人を当たり前のように殺すのが恐ろしくてたまらないのだ。当然、人殺しに慣れている自分も怖い。その内、全ての感情を失ってしまうのではないかと、不安な気持ちになりながら毎日を過ごしているのだ。
「見えて来たな」
市街地の瓦礫だらけの道路からライヒスタークが見える。
議事堂の敷地では既に到着した味方の兵士と、彼らを退けようと苛烈な攻撃を与えるソ連軍が双方に潰し合っていた。
戦っていると言えばその通りなのだが、ドイツ兵は数の暴力で議事堂を奪ってこようとする赤軍部隊に対応しきれず、押され気味になっている。このままでは、議事堂が陥落するのは時間の問題だ。
「戦車、進め!」
手を前に伸ばし前進するように指示を出すと、敵の攻撃から身を守るためにキューポラの下へ潜り込んだ。
割れた地面を踏みにじり、敵の侵入を防ぐために設けられた策を突き破ると、ついに敷地内へ突入した。
長く掘られた塹壕にはドイツ兵が小銃や機関銃で応戦しており、その後ろでは1両のヘッツァーと、2両の四号戦車が戦いに加わっていた。
四号戦車は貫徹力の高い長砲身に交換されていて、車体の側面には乗員を対戦車ライフルから防ぐためのシュルツェンという増加装甲が着けられていた。見た目から判断するに、H型かJ型辺りだろう。どちらにせよ、初期の四号戦車からは想像が付かない程の強化を施されているので、ソ連の部隊にはある程度抵抗出来るだろう。
私達が乗っているティーガーが四号戦車の横に並ぶ。
「ティーガーだぞ!」
「これで勝てるかもしれんぞ!」
「ざまあ見やがれ社会主義野郎が!」
鋼鉄の虎の登場に兵士達は歓声を上げ、ソ連の兵士達も声を上げるが、それは喜びではなく恐怖の叫び声だ。
「状況を確認するぞ」
ホルスターに納めている双眼鏡を取り出すと、ハッチを開けた。頭の露出を最低限にしつつ、キューポラから外の光景を視認する。
双眼鏡を覗くと、3両のTー34が左右に展開していた。一両は左側の倒壊した建物の瓦礫に車体を隠しながら歩兵を狙い撃っている。もう二両は自分から見て敷地の右側におり、進軍する歩兵の妨げとなる塹壕のドイツ兵を攻撃していた。
中に戻ると、ミハエルに展開している戦車の情報を伝えた。
「左に1両、右に2両だ」
「どれから狙いますか?」
ミハエルは振り返る。
「そうだな……隠れている奴から仕留めよう」
「瓦礫の所に居る戦車ですか?」
「ああ、それだ」
「では、狙いますね」
彼は照準器に目を付ける。
砲塔を旋回させる際に使用するペダルを踏み込む。
ミハエルが砲を操作している時、全てのTー34に砲撃を受けたが、飛んできた砲弾は全てを弾き返し、または受け止めていた。85ミリ砲を装備したTー34だったら撃ち抜かれてしまうだろうが、ここに居るTー34は全車が76ミリ砲を備えている。その砲は特別弱いという訳ではないが、ティーガーやパンターなどの重装甲な戦車には威力不足が目立つ。したがって、よほど優秀な戦車兵が乗っている場合を除き、ティーガーが撃破される心配は要らないだろう。
「合いました。撃っていいですか?」
照準器から目を離すミハエル。
「ああ、構わないぞ」
「遠慮なく撃たせてもらいますね」
ミハエルは再び照準器を覗くと、砲の横に付いている撃発レバーを動かした。
薬室に閉じ込められていた砲弾が外に飛び出す。
破壊力も精度も抜群な砲弾は道がずれる事なく真っすぐに飛んで行き、瓦礫に車体を隠していたTー34の砲塔を貫いた。
弾薬に誘爆したみたいで、Tー34の小さい砲塔は上に吹っ飛び、砲塔が填められていた箇所からは炎が噴き出した。
「撃破したぞ」
「装填しますね」
オットーは薬室から中身が空になった薬莢を取り出し、次弾を横から持ち出した。
次弾が薬室に挿入される。
「よし、右の戦車も蹴散らすぞ」
「任せてください」
ミハエルが答える。
ペダルを強く踏むと、今度は右に居るTー34へ砲塔旋回を開始した。
2両のTー34は側面が見えている状態であり、こちらに正面を向けようとしているが、既に手遅れだ。
「撃ちます」
照準が合うと、ミハエルは躊躇う事なくレバーを引き倒した。
我らの虎が怒りの鉄槌を下ろす。
放たれた拳は側面が丸見えのTー34の車体に突き刺さった。直後、ハッチが上方向に弾き飛び、そこから火が噴き出た。
「見事だ、あとは1両だけだ」
華麗な射撃を決めたミハエルを褒める。
残されたTー34は少しでも生き残る可能性を上げるために車体を正面にして向けているが、そうしたところで無意味な抵抗だ。Tー34の前面装甲など、ティーガーからすれば段ボールのようなものだ。
「装填完了しました」
ミハエルの射撃技術は本当に凄いなと思っていると、オットーがそんな事を言った。私が知らない間に、オットーが装填作業を行っていたみたいだ。彼も中々、優秀な新兵だ。
射撃態勢を取っている際中、Tー34はせめてもの抵抗のつもりなのか、貧相な主砲でこちらを何回も撃っていた。撃破される事はないだろうが、金属音が何度も続くので鼓膜に悪影響だ。
「撃てそうか?」
「はい、照準が合いました」
残る最後の敵を撃破するために、ミハエルは撃発レバーを握りながら照準器を覗き込んだ。
銃声、砲撃、兵士の悲鳴。色々な音が混ざり合う中、車内にレバーが倒される低い音が響き渡った。
レバーが下ろされた瞬間、主砲が猛獣のような咆哮を上げた。
轟音が聞こえると同時、ティーガーの巨体が反動で揺れ動いた。
飛翔する砲弾はTー34の正面装甲を突き破り、拳よりも大きい穴が空いた。そして、一瞬で廃車同然となり、ハッチから火に包まれた戦車兵が転がるように降りて来た。その死にかけの兵士は、ドイツ兵によって機関銃でトドメを刺されていた。
「これで、一つ目の課題は終わったな」
戦車は全て片付いたが、安心するのはまだ早い。大量の歩兵が、ライヒスタークを包囲しているのだ。
危ないと分かりながらもキューポラから少しだけ頭を出す。
ソ連の歩兵は戦車が全て破壊されたのにもかかわらず、撤退する意思は感じ取れなかった。それどころか、突撃を控えている。
「流石は赤軍だ。撤退する気はなしか」
これは噂程度の情報なので本当か嘘かは分からないが、ソ連軍には逃げる兵士を背後から射殺する督戦隊という部隊が存在しているらしい。同士討ちは軍隊内でも禁忌とされている行為だ。もしもそのような部隊が実際にあるならば、相当恐ろしい話だ。
ソ連兵の勢いに圧倒されていると、敵兵の後ろに建っている家屋の壊れた窓枠に光る何かが見えた。
どこからか向かって来た銃弾がキューポラの前に当たる。
光っている物体は、狙撃銃に付けられているスコープが反射しているのだと理解した。
「狙撃兵か」
弾は幸運にも外れたが、次も外すとは思えないので、すぐさま車内に逃げ込んだ。
中に戻り、歩兵の様子を仲間に伝えようとしていると、ティーガーの横から爆発音が聞こえた。
「何だ今のは? ヤーボか?」
謎の爆発を不審に思ったエルンストが訊ねてくる。
「ヤーボではないと思うぞ。恐らく、増援のTー34が四号戦車を潰したんだろう」
そうは言うが、確かに気になるので私は再びキューポラから顔を出そうとした。
「おいおい、気を付けろよ。さっきも殺されそうになってたろ」
「大丈夫さ。すぐに戻るから」
私とてそこまで馬鹿な人間ではない。さっきも狙撃されたから、警戒心を最大まで高めるつもりだ。
少し恐れながらもキューポラから顔を半分だけ出すと、横に目を配った。
「壊されたか……」
予想通り、戦っていた四号戦車は撃破されていた。
「というか、残りが少ないな」
四号戦車は全て破壊されており、残っている戦闘車両は私達のティーガーとヘッツァーだけだった。
独ソ両軍の銃弾が絶えず飛び合っているので、そろそろ車内に戻ろうとした時、私はソ連兵の真後ろに恐ろしい何かが見えた気がした。