本編#28 事情聴取
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「どうぞ、入ってください」
ウラジーミルがドアノブを捻り、中へ入るよう私に促す。
得体の知れない部屋に、恐る恐るといった様子で足を踏み込んだ。
だが入った先は薄暗く、部屋がどのようになっているのか全然見えなかった。ただ、薬品や火薬の匂いが鼻に漂流してきたので、この個室は物置部屋ではないのかという憶測を立てた。
カチッ、そんな音が近くから聞こえた。
その途端、天井に取り付けられている照明に光が宿り、部屋全体が照らされた。
私の予想は合っていたようで、この部屋はやはり倉庫のような場所だった。四面の壁際には木箱や金庫が収納された棚が設置されており、それに取り囲まれるかのように真ん中には小さな机と2つの椅子が置かれていた。
音がした背後を振り向くと、電気を点灯するスイッチに手を当てているウラジミールが輝く照明を見て立っていた。
「よし、点いたな……実は最近、電気の調子が悪くてですね」
ウラジーミルは軽快に笑うと、素早い歩きで机へ向かい、椅子に腰を下ろした。
その様子を見計らって、私も彼の反対方向の椅子に座る。
何かを記録するのか、ウラジーミルは胸ポケットからメモ帳と安物ではなさそうなペンを取り出し、それを机上に置いた。
「さてと、今から貴方に色々訊きますよ」
「一体何をだ?」
彼は左手でメモ帳を持ち、右手にペンを握ると今までは打って変わって真剣な目つきに変わった。
「失礼ですが、貴方には不自然な点が多すぎます。敵から村を救って頂いた事実にはもちろん感謝しておりますが、ペーターさんの着ている服や腰に着けている銃なんかが非常に気になってしまってですね」
どうやら、私は彼に怪しまれているようだ。無理もないだろう。私はこの時代には採用されていない衣服や武器を所持しているのだから、不思議がられるのは当然の反応だ。
この世界にはソ連軍なるものが存在しないので、私はウラジーミルにも全ての事情を話す事にした。
「信じてくれるか分からないが、私も仲間も、この時代の人間ではないんだ。一応……未来の者だ」
「未来から来たと……?」
厳密に言えば未来ではなく異世界という方が正しいかもしれないが、さらなる混乱と面倒な説明を避けるために、あえてそう言った。まあ、それでも伝わらない事はない筈だ。
半信半疑になりながらも、ウラジーミルはメモ帳に私の言った内容を書き綴っていく。
「それで、この世界に来た経緯だが、私にも分からないんだ」
「意図的に来たのではないのですか?」
「ああ、敵に殺されて、死んだと思ったらここに居たんだ」
私が彼に説明している旨は第三者から見ればただの頭おかしい奴だが、これは実際に起こった、摩訶不思議な出来事なのだ。乗員もヨハネス以外は、自分と同じ体験を味わっている。
書く手を止まらせず、ウラジーミルは質問を続ける。
「敵と言いましたが、誰かと戦っていたのですか?」
「その通りだ。もっと言うと、1945年の戦場に居たんだ」
ウラジーミルがそれを聞いた瞬間、ずっと動かしていたペンを握っている右手が停止した。
「1945年ですって? 未来から来たと言っておられましたが、流石に差がありすぎませんか? 今は西暦1916年ですよ」
「いや、本当なんだ」
とは言うが、信じてもらいにくいのは確かだ。
どうやって信じ込ませようかと考えていると、腰のホルスターから金属音が擦れる音が聞こえた。
その正体はドイツが開発したワルサーP38だ。
人との会話中に音がするのは邪魔だと思い、一度ホルスターをベルトから外そうとした時、自身の脳に一つの案が浮かび上がった。
それは、P38を目の前のウラジーミルに見せるという行為だ。第一次世界大戦頃は、まだ自動拳銃が多く浸透していない時代であるので、P38を彼に紹介すれば何とか信じて貰えるのではないかとと考えついたのだ。
そう決まれば実行までは早い。
ホルスターのボタンを外すと、目的の品であるP38を引き抜き、安全のため弾倉を抜いた後机上に乗せた。
「これは、何ですか?」
奇妙な形をした銃を、ウラジーミルは目をまん丸にして見つめている。
「ワルサーP38、1938年に開発され、その後は軍にも配備されたんだ」
「なるほど……確かにこのような銃は見た事がありませんね。ところで、弾はどこから挿れるのですか?」
「ああ、それはな」
P38の突出した銃口を逆手に持つと、弾倉の挿入口を彼に見せる。
「この穴から、弾倉を入れるんだ」
「弾倉という事は、弾を直接入れるのではないのですか?」
「これは回転式拳銃とは違うからな。そんな面倒なものは必要ない」
シリンダーがない事を誇示するために、P38の独特な形状をしたスライドを引いた。するとスライドは後退したままになり、銃の全長が数センチ伸びた。
ウラジ―ミルは止まっていた手を再び稼働させ、メモを取り始めた。
未来の証拠品を彼の目に触れさせた事で何とか信じてもらえると考えたが、やはりこれだけで信じるのは難しいようだ。
だがそう思った数秒後、彼から予想外の言葉が放たれた。
「分かりました……貴方の事、信じますよ。仮に嘘だとしても、敵ではなさそうですし」
何と、ウラジーミルが怪訝な表情を浮かべながらではあるが、私が語った出来事を信じてくれた。
この流れを逃すわけにはいかないと、私はさらに自身が持つ情報を話し出した。
「私は戦車長だ」
「指揮官ですか?」
「そうだ」
「では、その戦車は今もありますか?」
「あるぞ、この村の井戸にな」
ウラジーミルがペンを胸ポケットに挿し、メモ帳を優しく閉じると、
「その場所まで案内してくれますか? それが本当ならば、見てみたいです」
「いいぞ、じゃあ行こうか」
「ええ、分かりました」
私とウラジーミルはほぼ同時に立ち上がり、部屋の扉へ足を向かわせた。