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本編#27 村の兵舎へ

 ユーリイが私の肩に触れ、耳元で伝える。


 「お前の事だぞ。手を上げるんだ」

 「いや、だから救ったつもりなんて……」

 「いいから今は上げてろ」

 「はあ、分かったよ……」


 私はまた「当たり前の事をしただけなのに」と思いながら、ユーリイに言われるがまま手を上げた。

 挙手すると、黒色の袖が少しずり下がり、服の内側にある肌の部分が顔を覗かせた。

 服が小さくなったかと思っていると、威厳たっぷりの男が自然な笑顔を浮かび上げて段から下り、狭いカーペットの通路を器用に走りながらこちらに向かって来た。 

 私の前にその男が付くと、喜々とした表情で手を握られた。この状況がいまいち飲み込めず、自分もとりあえず握り返した。


 「貴方がこの村を敵から救った方ですか! 本当にありがとうございます」

 「そ、それは、どうも……」


 さっきの村長みたいな対応を取られて、私は若干戸惑ったのだった。

 祝勝会が始まり早2時間、私は最高司令官こと『ウラジーミル・ダヴィードヴィチ・マレンコフ』と、会話と食事を楽しんでいた。

 最初こそ気難しい人間かと思っていたが、話してみると以外にも面白い人で、すっかり打ち解けていた。また、心も優しくてオットーとミハエルには「呼ぶ時は呼び捨てで構わないですよ」と気さくに話していた。


 「それにしても、何でこんな所へ?」


 水の入ったグラスを片手で掴みながら、横に座っているウラジーミルに問い掛ける。


 「この辺りは敵襲が激しくて、軍の司令官として、規模の大小関係なく村を視察し回っているんですよ」

 「なるほど、大変だな」


 渇いた喉を水で潤いつつ、ウラジーミルの職務に同情する。

 ユーリイもそうだが、この国の責任者は自分に与えられた仕事に真面目だなと思う。私の知っている指揮官はその大体がろくでもない人間であり、面倒な任務や危険な作業を何でも部下に押し付けていた。ウラジーミルのように、村を一個一個視察するなんてドイツ軍では絶対に考えられない事だ。

 と……こんな感じでウラジーミルやその他の仲間達と雑談を弾ませていると時刻は夕方になり、数時間続いた祝勝会はここでお開きとなった。

 解散した後、私はウラジーミルとユーリイに連れられて村の兵舎に来ていた。というのも2人が「せっかくだし、今日はこの村で休んでおけ」と提案されたのだ。行く当てもない私達は、その案をまんまと飲み込んだ。


 兵舎は村から少し離れた場所にあって、私はそこに居る訳だが、


 「予想してたよりも立派だな」


 眼前には侵入者を防ぐための高い柵が設置されており、2人の歩哨が警備を行っている。柵を越えた先には兵士が住居としている建物が2棟並んでいて、敷地内には兵舎の他に井戸や畑、小さいが鶏の飼育場まであった。最低限の生活だけならば、この施設から出なくても成立するだろう。


 「門を開けてくれ」


 ユーリイが門番に通すよう言う。


 「分かりました」


 歩哨が返事をすると、中へ通じる堅牢な扉を手前に引っ張った。


 「よし、入ろうか。あ、司令官、荷物はありますか? あれば持ちますよ」

 「いや、何もない。わざわざ悪いな」


 ユーリイとウラジーミルは両者共に部下の上に立つ者だが階級が全く違う。それなのに、力の差を気にせず仲良く会話しているのだから、何とも微笑ましい光景に思えた。

 敷地に入り、左側の兵舎の玄関前に辿り着く。


 兵舎は粗末な造りではなくレンガが多く使用されていて、デザインも耐久も優れているだろう。


 「さあ中へ」


 皆に一言掛けると、先頭に立つユーリイが扉に手を伸ばした。

 ドアノブを回し札が吊るされた扉を奥に引くと、室内に設置されている照明の光が視界に映り込んだ。

 全員が兵舎に入ると、最後尾に居たミハエルが扉を閉めた。

 兵舎の構造はとても単純で、長い廊下の両側にそれぞれ個室があるだけだった。壁と床も木材あるいはレンガで造られており、非常に簡素だ。しかし廊下は暖かく、設備はお粗末ではないようだ。

 これは兵舎というよりも安めの宿に近いなと脳内で感想を述べていると、ウラジーミルがある個室を見ながらこう言った。


 「ペーターさん、貴方と少し話がしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」

 「話だと? まあ、暇だし構わないが……」


 唐突な彼の発言に一瞬戸惑ってしまいそうになったが、特に予定はないのでその誘いに乗ると決めた。


 「では、申し訳ありませんが、ペーターさんの同僚達はそこらの部屋でくつろいでいてください。ユーリイがやってくれると思うので」

 「え、えっと、じゃあ着いて来てくれ」


 ユーリイはウラジーミルの言った事に戸惑いを覚えつつも、3人の仲間を引き連れてどこかの部屋へ案内した。

 仲間が廊下の奥まで行き、右側の部屋に入り姿が見えなくなると、ウラジーミルが語り掛けた。


 「これで完全に2人になったので、私達もそこの部屋に入りましょうか」


 そう言って彼が指さすのは、左斜めにある何かが書かれた木札を吊り下げられている部屋の扉だった。木札に手書きで記されている文字は何度も見たキリル文字であり、どのような意味なのかは理解出来ないが、兵士が使用する個室ではない事は何となく分かった気がした。

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