本編#26 来訪者
封筒を入れたズボンの右側に付いているポケットに手を添えながら段を下りようとした時、村長が呼び止めた。
「待ってください、ペーター殿。せっかくですので、今から開かれる祝勝会を楽しみませんか?」
「祝勝会?」
「ええ、何せ数カ月ぶりに勝ったのですから。まあそれも、貴方達のお陰なんですけどね」
アハハと優しく笑いながら私を褒める村長。
ティーガーの事が心配だが、こちらは特に用事もないので今から開くという祝勝会に参加する事にした。
表彰式から約30分後――――
厳粛な空気が流れていた集会所は一変し、今では富裕層が集う宴会場のように変貌していた。
白い布が敷かれた机の上には色とりどりのサラダがあり、植物や動物が模様として描かれた高貴な大皿には煮込まれた鶏肉が載せられている。そして段の前には、心地よい匂いを放つスープが入っている鍋が3つ置いてあった。
「こんないい物を食べるのは何だか懐かしいな」
ドイツに居た頃もこの世界に来てからもこんな豪勢な食事は口にしていなかったので、私は思わず年若い子供のように心中でワクワクしていた。
「うまっ! オットーももっと食べろよ!」
「食ってるよ!」
まあ、そんな子供達は楽しんでいる感情を隠す事なく目の前の食べ物にかぶりついている訳だが。
適当に食べつつミハエルとオットーの食いっぷりを眺めていると、ユーリイが話しかけて来た。
「酒を用意出来なくて悪いが、感想はどうだ?」
「最高だよ。こんな美味い物は本当に長らく食べてなかったからな」
「そいつは良かったよ。もっと食ってくれよ」
「ああ、そのつもりだよ」
2人で笑い合う。
ユーリイと会ってまだ数日ぐらいしか経っていないが、もうすっかり友達になってしまったようだ。
「俺も失礼するぞ」
今度は頼れる操縦手、エルンストが横に座って来た。手にはコップの形をした陶器製の皿を持っており、その中からスープのあの匂いが溢れ出ていた。
エルンストが椅子を引き、そこに腰を掛けようとした頃、それに合わせるかのように集会所の立派な木製の扉が開いた。
両開きになった扉の間には、一つのほつれもない緑色の軍服を着用した中年の男性が立っており、その両側には黄色のベレー帽を被った護衛兵士らしき人物達が背を全く曲げずに銃を縦に持って直立している。
あの男が何者かは見当も付かないが、服にはいくつもの階級章やら勲章やらが着けられていて、様々な軍人と接した経験から只者ではない事は明らかだ。
威厳をこれでもかという程身に纏った男とそれを守る護衛兵士が、楽しい雰囲気を作っている集会所に足を踏み入れて来る。
集会所の内部を警備している兵士はその人物に心当たりがあるのか、全員が敬礼をして迎え入れていた。
「おいおい、あのオッサン誰だよ」
エルンストがスープ片手に呟く。
「お、オッサンって、あの方は軍の国の副司令官だぞっ。今日は、たまたま視察の日でな……」
座ったまま敬礼の姿勢を続けるユーリイが、エルンストの無礼な発言に慌てた口調で静かに突っ込んだ。
私を挟んでコソコソと会話する2人の声は当然あの男の耳には届かず、迷わない足取りで前の方へと進んでいた。
ユーリイが副司令官と呼ぶ男が部下と共に私が表彰を受けた時に上がった段に立つと、全体を見渡す。まるで、何かを探しているようだ。
そして、その男の口が開かれた。
「この中に、村を救った英雄がいるらしいが、居たら手を上げてくれ」
成長しきった低い声で呼び掛ける。
副司令官とやらの声には数々の功績が収められている気がして、私も含め、そう簡単に動く者は誰も居なかった。