本編#25 村長からの贈呈品
防衛が成功した後、私と仲間達は村の集会所に呼び出され、村長から表彰を受けようとしていた。ちなみに、今はユーリイも居る。出撃する際に彼の姿がなかった理由だが、何でも村民の避難誘導を行っていたそうなのだ。
(物凄い豪華だな……)
集会所の端から端まで眺め、胸内でそう呟いた。
外装は古臭い感じだが、中身は全く違う。内装はまさに『宮殿』というべきであり、数十万はするであろう大きな照明が高い天井から何個も吊るされていた。電球に照らされている床には黄色のカーペットが敷かれていて、その上には使い込まれているが古さを感じさせない机が入り口の左右に丁寧に並んでいる。集会所の奥は床が一段高くなっており、そこには茶色い袋を手にした村長が立っていた。
そして私達は、机に挟まれている通路に佇んでいる。
「うう……」
つい、情けない声を出してしまう。
周りには大勢の人が居て、ずっと見つめられているので、嫌でも緊張するのだ。それが相まってか、少し腹が痛くなってきたような気もしなくはない。また、一列になって並んでいるが、私は車長という理由で先頭に立っているのだ。それが緊張に拍車をさらに掛けてしまっているのだろう。
集会所に集まった人々は私達の方を見ながらガヤガヤと騒いでいる。中には、古い型のカメラで撮影を試みる人物も居た。
すると、村長がどこからか取り出した拡声器で、騒々とした空間を制するように大きめの声を張り上げた。
「静かに! その方達に失礼だ」
村長の一声で、ついさっきまでうるさかった集会所は一瞬の内に静寂へと変わった。立っていた村人も、机の前に置かれている椅子に礼儀正しく座り始めた。今、聞こえるのは椅子が引かれる音だけだ。
村長が咳払いをすると、謝罪の言葉を告げた。
「申し訳ない。せっかく貴方達を表彰するというのに……」
それにつられてか、椅子に大人しく座る村人達も軽く頭を下げているように見えた。
「では、気を取り直して、今から表彰式を始めます」
村長は列で最も目立つ私を見つめながらそう言った。
「前の方、こちらに来てください」
前の方とは、間違いなく私の事を指しているのだろう。
私は国家に奉仕する軍人として当たり前の事を全うしただけなので、こんなちっぽけな事で表彰なんてされていいのかと内心で思っていた。だが村長は本気で私達に感謝の気持ちを伝えようとしているので、村長の善意を傷付けるのは失礼な事だと考え、私は緊張のせいで重りが付いたような足を前へ進ませた。
静粛なこの空間には、自分が履いている革靴の「コツ、コツ」という音だけが響いていた。村人の鼻息さえも聞こえない。皆が人形のように動きを止めて、私という存在だけに注目を向けている。
村長が立つ段の数メートル前で歩みを静止させると、向こうが声を掛けて来た。
「段に上がってください」
その声に反応し、左で控えていた兵士が小さな階段みたいなものを持って来て、登りやすくするために段の手前に置いてくれた。村長が居る段は膝よりも少し高いので、これは地味に助かった。
段差を作ってくれた兵士に礼を言うと、皆の視線を背中に感じながら段に上がった。
即席の階段は木製で出来ており、足音が先程よりも強調された。
上りきり、村長の横に並ぶと互いに見合った。
さっきは遠くから見ていたので村長の全貌は何となくだったが、間近で見る事でその全体像がはっきりと窺えた。
村長は身長こそ高いがそれ以外は中年以上に老いていた。髪には白髪が混じり、体型も痩せ気味であった。顔色も良いと言えるものではなく、疲労が浮き出ているが丸見えだった。
全体的に元気がなさそうな村長だが、私をもてなすためか無理矢理とも思える笑顔を作り上げた。
顔は笑っているが、目には笑いが全く含まれていない。
そんな村長の姿を受けて「大丈夫か?」と言いそうになった時、それを遮るかのようにして先に村長が口を開けた。
「改めて言いますが、この村を救って頂き、誠にありがとうございます」
村長は笑顔から真剣な顔に変え、感謝の言葉を並べる。
「そんな、大げさだな」
「いえいえ、そのような事は決してござません。例えそれが大げさだとしても、私達は貴方達のおかげで命拾いしたのですから。もし、貴方達が居なければ、この村は今頃陥落していた事でしょう」
「そうか……」
私としては至って普通の事をしたつもりなので、ここまで有難く思われるとは想像していなかった。
村長が何かが詰まった茶封筒をこちらに差し出す。
「これは一体?」
「お礼です。こう言っては何ですが、報酬と思っていただければ幸いです」
その発言ぶりから、中には金が詰まっているのだろうと予想した。気持ちはとても嬉しいが、流石に見ず知らずの、それも村の長から金を受け取るのは何だか悪い気がしてしまい、断ろうと決めたが――――
「僅かばかりですが、どうか受け取ってください。こうでもしないと、私の気が許さないのです」
厚意に包まれた眼差しが向けられ、断るのが気まずくなった。
でも確かに、他人が用意してくれた贈り物を拒否するのは失礼極まりない行為なので、私は金銭が入った封筒を受け取る事にした。
細くて白い指が生えた掌に置かれている茶封筒を丁重に握り取る。
封筒の厚さは1センチぐらいで、数十枚以上の紙幣が込められているだろう。金属がぶつかる音も聞こえるので、小銭もいくつか入っていると思われる。
「見ていいですよ」
いくら貰ったのだろうと気にしていると、村長から開封していいと言われた。
この場で中身を確認するのは行儀が悪い気がするが、やはり気になってしまうので、封筒の上を閉ざしている箇所を小さく破いてみた。
予想通り、封筒には紙幣と硬貨が詰め込まれていた。この国で流通している金銭の正確な値段は分かっていないが、普通に生活する分には潤沢な量だ。
片手に持った封筒を腰の当たりまで下げると、村長の目を逸らさずに真っすぐ見た。
「本当に、貰っていいのか? 結構な額だぞ」
「構いませんよ。私がそんな大金を持っていたところで、使い道なんてありませんから……」
自分を軽く貶めつつ小さく笑う村長。
「じゃあ、ありがたく貰うよ……」
後味が悪いような感じがするが、贈り物を突き返す事も出来ないので、素直に封筒をポケットへ差し入れた。
ともかく、これで表彰式は終わった筈なので、もうこの場所から出られるだろう。さっきの戦いで、ティーガーを久々に戦闘目的で使用したから整備を行いたいのだ。