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本編#24 異世界戦車戦

 ティーガーに備えられているエンジンの強力な馬力を駆使してしばらく走っていると、村から抜け出し、ここへ来る時に見たようなだだっ広い草原に放り込まれた。

 草原は幻想的な雰囲気を纏っているが、それは悲惨な戦闘によって台無しになっていた。

 それ程長く掘られていない塹壕には村を守る為に配属されている兵士達がすし詰め状態で身を隠し、機会を伺っては手持ちの小銃で敵軍の歩兵を狙い撃っていた。敵兵も果敢に攻撃しており、両軍の戦闘はまさに五分五分であった。

 しかし、その互角の戦いも崩れようとしていた。

 クースベリ軍には歩兵部隊の他に、ご自慢の戦車が2両居た。戦車はこの時代通り菱型の弱いやつだが、いかに弱くても生身の人間を殺すにはあまりにも十分だろう。実際、塹壕から頭を出して迎撃している兵士は歩兵しか倒す事が出来ず、迫り来る怪物(戦車)の餌食に変わり果てていた。

 菱型戦車なんてティーガーからすれば的のような車両なので、すぐに仕留めてやろうと思ったが、1両の戦車には改造が施されており、車体上面に駆逐艦などで運用されている砲が載せられているを確認した。基本的にはこちらが勝つだろうが、軍艦の強力な砲弾がもしも命中してしまったら、大怪我や障害どころでは済まないだろう。私達もティーガーもお釈迦になる。


 「ミハエル、あの自走砲モドキを先にやるんだ」

 「ええ、了解しました」


 久々に砲手の職務を行うミハエルはベルリンの時と変わらない慣れた動きで照準器を覗きつつ、足元に設置されているペダルを踏んだ。

 クースベリの軍も村の防衛隊も戦いに必死で、ハッチの小窓から様子を見た感じではこちらの存在に気付いている者は誰も居ないように見えた。


 「あの自走砲、装甲も強そうですね……」


 砲身を上下に作動させるハンドルを回しながら言う。

 彼の発言内容は間違っておらず、自走砲モドキの菱型戦車の側面や前面には切断した丸太やどこかで調達した薄いコンクリートを張り付けていた。私の居た時代で言うところのシュルツェンみたいなものだろうか。だが、そんな薄っぺらい装甲を付けたところで、ティーガーの砲弾の前では無力だ。何の意味もなさないだろう。


 「射撃準備整いました」

 「ああ、撃っていいぞ」


 許可を出すと、ミハエルが何食わぬ顔で撃発レバーを操作した。

 鈍い砲音が車内に木霊する。

 ミハエルが飛ばした砲弾は厄介な自走砲風戦車の正面から突っ込んでいき、速度を維持したまま申し訳程度の追加装甲を貫いた。菱型戦車の横にある出入り口からは逃げ場を確保しようとする火が噴き出していた。あの状況では誰も生存していないだろう。

 この世界では最強兵器に君臨する戦車が一撃で潰され、双方の兵士達は何が起こったのかと思わんばかりに動きが静止していた。

 銃声も止み、時間が止まっているみたいだ。


 「エルンスト、前へ」

 「おう、分かったよ」


 エルンストがペダルを踏むと、ティーガーは鈍足ながらに加速し、さらに前へ出た。こんな大胆な行動はベルリンだったら即死だろうが、今の相手は時代遅れな菱型戦車1両だけなのでそういった心配はいらない。

 前進して沢山の兵士が身を潜めている塹壕の横に停まると、ティーガーを見た兵士達は驚きの声を上げた。


 「さ、さっきの奴だ!」

 「知ってるのか!?」

 「な、なんだこれは!」


 塹壕内の兵士が驚嘆し、敵兵もティーガーを怪訝な目で見つめている中、少しでも損害を抑えようと考えた私は近くの兵士に頭を出すなと伝えるためにキューポラから身を乗り出した。

 敵兵はティーガーに向かって発砲する。

 小銃の弾は全て跳ね返しているが、ただの人間でしかない私に当たると大変な事になるので、飛び掛かって来る銃弾に気を付けながら塹壕に籠っている兵士に大きな声でこう言い渡した。


 「絶対に身を出すな! 少なくとも、戦車を片付けるまでは待機するんだ!」

 「な、何言って……というか、お前何者……」


 塹壕の中に居た1人の兵士は私の存在が何なのか詮索しているが、銃弾は空気を読んでくれないので、身を少し屈めると最後にこのような言葉を伝えた。


 「それは後で話す! とにかく、今は戦闘するな!」

 「お、おう! 皆、頭を出しちゃ駄目だぞ!」


 私の発言を理解してくれた兵士は周りの兵士にも、自分が考えた策を言った。

 暗くて暑い車内に戻ると、排莢を終えたオットーが装填作業に移っていた。

 砲塔を持っていない菱型戦車はその巨大な車体をこちらに向けて砲撃を加えているが、ちっぽけな砲弾はティーガーの装甲を突き破るには威力が足りていなかった。

 いくら当てても撃破出来ない事に焦ったのか、菱型戦車は徐々に後退していた。しかし、敵からすれば運が悪い事にこちらはもうすぐで装填を終えるのだ。言うなれば、敵に退路は残されていないだろう。

 尾栓が閉められると同時、ティーガーの勝利は確実になった。

 退こうとする菱型戦車に狙いが定められる。

 ミハエルは照準器に目を密着させつつ、手動ハンドルで砲の微調整を行っていた。

 射撃修正が終わると、ミハエルの手はハンドルから撃発装置に移った。彼の手はベルリンでISー2を相手した時のように震えておらず、『勝ち』という確信をレバーと共に握りしめている。

 菱型戦車が無意味な抗いを続ける中、ミハエルが敵へ最後の一撃を食らわせた。

 ボンッ! というすっかり慣れきった轟音が響くと、それと一緒になってアハト・アハトの凶悪な砲弾が残った敵戦車に飛び掛かった。

 鈍足な上に車体が大きい菱型戦車は砲弾を避ける事は当然出来ず、正面のやや左側には人が入れるのではないかと言う程の大穴が開いていた。その数秒後にはエンジンがある箇所から黒煙が上がり、運よく生き残った数人の戦車兵が戦車に設置されている数か所のハッチから脱出しようとしていたが、拳銃ぐらいしか所持していない戦車兵達は塹壕に隠れていた村の防衛兵達により狙撃されていた。

 2両の戦車が破壊された事を受け、敗北を感じたクースベリの歩兵達は背中を向けて撤退を開始している。しかし、その中には軽機関銃を装備した歩兵も居て、そういった兵士達は逃げる歩兵を援護するためか、塹壕や物陰から狙撃する防衛隊に反撃を行っていた。

 機関銃の威力は凄まじく、敵は不利だというのに村の狙撃兵達を圧倒的な火力で制圧している。

 このままでは敵に巻き返されてしまうと考えた私は、砲塔に備えてある機関銃を用いて加勢する事にした。

 装備されている機関銃は連射速度が速い事で有名なMG34だ。敵が使用している機関銃はMG34よりも装弾数や制圧力に欠けるため、楽に一掃出来るだろう。

 ハッチを押し上げると、太陽の光が車内に差し込んで来た。


 「援護する」


 3人に短くそう言うと、椅子に立ってキューポラから上半身を出させた。

 早速MG34に手を掛けると、私は機関銃隊に苦労している兵士達を手助けるために攻撃を始めた。

 銃弾が放たれる音が幾度も響く。それと連なり、自分の身体にも強力な反動が伝わって来た。肩が外れるくらいの反動だが、敵を始末するのに必死でそんな事は全く気にならない。

 高性能な機関銃に驚いた敵兵の一部は私に標的を変えたが、それはよそ見を意味するので遮蔽物に潜んでいた兵士から狙い撃ちにされていた。かくいう私も、草原に展開する敵兵達に銃弾の豪雨を浴びせた。

 機関銃を撃ち続けていると、長い銃身が赤く変色していた。弾も詰まっているのか引き金を引いても発射出来ない。恐らく撃ちすぎて給弾不良を引き起こしているのだろう。だが、もう機関銃を乱射する必要はない。なぜなら――――


 「軽機を持った奴らは全滅したか」


 機関銃部隊は壊滅し、あるのは死体だけだったからだ。逆に生きている敵と言えば、遠くに見える背中を無防備に晒して逃げ惑う兵士達の姿しかない。

 真っ赤に染まった草原と無惨な姿になった戦車の残骸を見て、私はこの戦いに勝ったのだと実感した。

 敵が居なくなった安心感に駆られ、右に開かれたハッチに手を置いてもたれた。


 「だが、こっちも甚大だな」


 隣の塹壕に目を向けてみると、砲撃や銃撃の影響で四肢がバラバラになったり身体中穴だらけになった兵士の死体が無数に転がっていた。

 使い物にならなくなった菱型戦車をもう一度見る。菱型戦車はティーガーと比べると格下以下であるが、やはりそれでも人間相手には十分な戦力なんだと感じた。

 戦闘中に噴き出た汗が染み込んでいる黒い軍帽を脱ぎ何となく周囲を見渡すと、生き残った兵士達がティーガーを取り囲んでいるのに気が付いた。


 「な、なんなんだよこれは」

 「戦車に見えるが……形が違うような……」

 「でも、コイツは敵の戦車を一気に潰したからな」

 「まあ、敵ではないんじゃないか? 実際勝ったんだし……」


 村に所属する兵士達はティーガーについてヒソヒソ話し合っていた。

 その話し声は次第に広がっていき、いつの間にか避難していた筈の村民もティーガーに群がっていた。

 うるさいのはあまり好みではないが、集まっている人々を見て、久々に勝利した事を改めて認識した。

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