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本編#21 農村に到着、そして自由行動

 ユーリイの案内が上手な事もあり、深い森からはものの数十分で出る事が出来た。

 森から抜けた先はどこまでも広がっていそうな草原だった。

 心地よい風が吹き、背丈の低い草や花が揺られていた。その上には数えられる程度の雲しか浮かんでいない青空と地上を照らす太陽がこちらを見守るようにして浮遊していた。

 草原の真ん中には人の手が加えられた簡素な造りの道があり、そこを私達はティーガーと共に堂々と通っている。

 あまりの絶景に、私は思わず双眼鏡を取り出して周囲を眺めていた。

 2つの筒に取り付けられているレンズには野鳥や鹿などが映っており、心の片隅に置いてある探求心がくすぐられた。

 周りの風景に目を奪われていると、ユーリイが肩をつついてきた。

 双眼鏡を目から離す。


 「見えるか? あの村が目的地だぞ」


 私の左側を指さすユーリイ。

 双眼鏡に再び目をくっ付け、彼が指さした方を確認する。

 ここから大よそ1キロぐらい離れた地点に村が見えた。そこそこ離れているので村の全貌ははっきりとは分からないが、荷車を押している人間が居たり、煙突から煙が出ている民家があったりしているのを確認したため、昨日のような廃村ではない事は明らかだ。

 何はともあれ目的地はすぐそこにあるので、音質の悪いマイクでエルンストに左へ旋回するように命じた。


 『了解した! ちょっと揺れるぞ』


 返って来た言葉も相変わらず聞き取りずらいものだった。恐らく、着けているヘッドフォンはずっと使用しているので内部のどこかが劣化してきているのだろう。そうと分かればさっさと買い替えたいところだが、この世界に同じようなヘッドフォンがあるとは考えにくい。再度ヘッドフォンを交換する事は不可能に近いだろう。

 ティーガーは旋回し車体が大きく揺れ、ハッチの縁に掴まった。

 エンジン音を鳴らしながら移動していると、ようやく目的の村に到着した。

 村はやはり廃れていない。が、気になる点が一つある。それは何かと言うと、活気が恐ろしい程ないのだ。建ち並ぶ家屋には明かりが灯っており人が生活している形跡はあるのだが、道を歩いている村人は確認出来るだけで数人しかおらず、それも老人や女性、子供ばかりだった。あとは、ユーリイのような恰好をした兵士らしき人物達が村を警備していた。

 廃村ではないので安心したが、これはこれで何だか気味が悪いなと思っていると、ユーリイが何かを語り始めた。


 「何でこんなに寂れているのか気になっただろ?」


 自分が思っていた事は彼には丸分かりだった。


 「ああ、何か理由があるのか? 逆に怖いぞ」


 ユーリイは少し肩を落とし、どこか悲しそうな顔へ変化した。


 「戦争の影響だ。特に今居る地帯は争いが激しくてな、この辺に住んでいる健康で若い男はほとんど徴兵されたんだ。場所によっては、子供も疎開しているんだ」


 彼は悲しそにこの村の状況を述べる。

 これ以上ユーリイの心を落ち込ませる訳にもいかず、私は話題を変えた。


 「そうだ、ティーガーはどこに停めればいい?」


 逸らし方を間違ったような気もするが、


 「端に行こう。そこに行けば井戸があるからな」


 まだ悲しいだろうに彼は親切に答えてくれた。


 村の端にあるという井戸に進んでいる際中、村人や村を警備しているであろう兵士からは好奇の視線に晒された。中にはティーガーに銃を向けて来る者も居たが、その度にユーリイが「変わった奴だが、敵ではない」と誤解を招かないようにそう催促していた。

 端まで辿り着くと、そこには日頃から手入れされていそうな井戸があった。

 豚や牛の鳴き声が聞こえており、井戸の近くには農場も建てられていた。

 ティーガーを井戸の真横に停めるように命令する。

 停車が完了すると、私も含め乗員達がティーガーから下車した。

 地上に降りて5人で円を作るようにして固まると、ユーリイがポケットから黒色の財布を手際よく取り出した。


 「俺は今から食料と水を買ったり、あとは仲間に会いに行って来るが、お前達も自由に行動してていいぞ」


 財布の錆びたチャックを引き、数枚の紙幣を外に出すユーリイ。


 「これは金だ。好きに使うのもいいし、そのまま持っておくのもいい」


 札を渡される。

 受け取った紙幣は分厚さ的に7枚か8枚ぐらいだ。


 「金なんて貰っていいのか?」

 紙幣をユーリイに向けながら問う。彼とはまだ会って間もないし、そんなほぼ知人のユーリイからいきなり金を受けるなんて我ながら気が引ける。


 「別にいいさ。金があったら少しは退屈せずに済むだろ?」


 明るい表情でそう言うが、やはり私としては彼に失礼な気がする。それに、三人達も困ったような顔をしている。

 ユーリイの厚意に甘えるべきかそれとも断るべきか考えていると、時間が迫って来たのかユーリイが背を向けてどこかへ行こうとしていた。


 「おっと悪い、もう時間だ。じゃあ後は、皆で金を分けて好きにしてくれ。じゃあな!」


 少し早口言葉でそう言い残すと、ユーリイは綺麗な態勢で走り去って行った。

 紙幣を軽く握りながら、駆けるユーリイの後姿を無意識に見つめた。

 ユーリイの姿が完全に見えなくなると、今度は仲間達の方を振り返った。


 「えっと……まあ、とりあえず分けようか」


 この事態に困惑を感じながらも彼の言葉通り受け取った金銭を皆と平等に分け合った。

 金を均等に分け合うと、私は車長として皆にこれからの流れを指示した。


 「ユーリイの頼み通り、今からは自由に行動する事を許可する。ただし、何かあった場合はここに集合するぞ」

 「分かりました!」


 紙幣片手に大きな声でミハエルが応答する。


 「了解!」


 既に金をズボンか上着のポケットにしまったオットーも勇ましい返事をした。


 「いや、何か優しいなユーリイは……」


 エルンストは呆れ気味に、小さい声でそう囁いた。


 「では、今から好きにしていいぞ」


 言った瞬間、僅かだが自由時間が与えられた事に喜びを感じたのか、ミハエルとオットーは物凄い速さで村の方へ走って行った。エルンストは2人とは対照的にゆっくりとした速度で、少し困ったような表情を浮かべながら村に向かって歩いていた。

 私以外の全員がこの場から離れた事を確認すると、自分も少しの時間を楽しもうと行動を開始した。

 1人で遊ぶなんて、本当に数十年ぶりだ。

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