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本編#20 朝食と出発の用意

 「凄い腕前だな」


 エルンストは隣で驚く表情をしながらも私を褒める。

 自分は射撃にはそこそこの自信があるが、流石に今のは少し厳しかった。撃つ直前まで、ずっと手が震えていて照準が不安定だったのだ。


 「魚、取って来るよ」


 エルンストはズボンの裾を膝辺りまで捲り上げ、射殺した大きな魚を確保するために冷たい水が絶えず流れている川に足を踏み入れた。


 「うわあ、やっぱり冷たいな」


 川の冷たさに独り言を漏らしている彼だが、その表情には楽しみが浮かんでいる事が見て取れた。

 どんどんと進み、エルンストの下半身は水にすっぽりと隠れてしまった。

 浮かぶ魚を片手で掴み取ると、川の流れに足を取られて魚を落とすのを防ぐためか、エルンストは巨大魚を両手で大事そうに抱え持った。

 ズボンが水を吸って重いだろうが、エルンストは時間が掛かりながらも何とかこっちまで戻って来た。


 「コイツはかなりの大物だな」


 川岸に上がると、彼は巨大魚を地面へ丁寧に置いた。

 私が撃ち、エルンストが運んで来た魚はやはり怪物だった。表面には鎧を想像させる無数のウロコが生えており、少し開いている口の中には鋭くて切れ味の良さそうな牙が沢山あった。あの歯で身体のどこかを噛まれたら、ちょっとの怪我では済まないだろう。そして、目は生命を食い殺す恐ろしい眼つきをしていた。今は死んでいるが、それでもなお威圧感を感じ取れた。

 エルンストは靴に溜まった水を川に捨て終えると、靴を履き直して立ち上がった。


 「さて、そろそろ戻ろうか」

 「そうだな、私も腹が減って来た」


 腹の真ん中を手で優しく押さえながらそう言うと、自分で仕留めた特大の魚を持ち上げ、さっきのエルンストみたいに抱え持った。

 魚の重量は見た目通りで、持って数分も経っていないが既に腕が痺れ掛けている。


 「改めて、すげえ魚だな」

 「ああ、私もそう思うよ」


 これから自分達の食事となる魚についての会話を交える。

 ちなみに、この魚は一体何なのだろうか? 私は漁師ではなく兵士なので水に住んでいる生き物には詳しくないが、こんな魚を見るのは初めてだ。というか、種類が分からないなら食べない方がいいような気がするが……。まあ、それはいいとして、今は待っている仲間達のためにも早く戻ろう。 

 何事もなく戻れた後、未知なる魚をユーリイが自前のナイフで解体し、オットーとミハエルが起こした焚き火でじっくりと時間を掛けて炙った。この地に長年住むユーリイも今回の魚は見た事がなかったらしく、食中毒にならないか不安になりつつ魚の焼けた身を食べたが、意外にも食感は良かった。それに、気分が悪くなったり腹を下したりもしなかったので『毒』という点では安心した。

 朝にしては豪華な食事を平らげると、焚き火や魚の骨の始末を済まし、今から村へ出発するためにティーガーの整備を軽く行う事にした。

 エンジンや転輪、履帯などに不具合がない事を確認すると今度は砲の調子を見たが、その箇所にも異常は見られなかったのでいつでもティーガーを動かせる状況になった。

 最後にティーガーに付いた汚れを皆の力を合わせて拭いた。

 細かな傷は残っているものの新品同様ピカピカになったティーガーは、私からするとどこか喜んでいるように見えた。

 ティーガーは人の手によって造られた殺人機械だが、どんな兵器にも確実に心はあると確信しているのだ。例えば、ティーガーで東部戦線を戦っていた時、敵陣の真ん中で何かが原因となってティーガーのエンジンが掛からなくなった事があるのだが、私が「動いてくれ! お前なら敵に勝てる!」と叫んだのだ。すると、それまで転輪の一つも動かなかったティーガーのエンジンがいきなり掛かるようになり、不利な戦況に傾いていた私達の部隊は逆転して、ソ連の戦車部隊に予想外の勝利を掴む事が出来た。あの勝利は多くの仲間や上官に知らされ、「ペーターは最強戦車兵だ!」なんて声を何回か耳にしていてが、あれに関しては私の力ではなくティーガーの力のおかげだと思っている。

 ティーガーとの思い出を楽しんでいると、仲間達が戦車に乗り込もうとしていた。

 その姿を見て私もティーガーに乗ろうとすると、ユーリイが不思議そうな目をしたまま乗り込んでいく乗員達を見つめていた。


 「どうしたんだ?」


 車体に張り付けていた手を離し、動きが完全停止しているユーリイを振り返った。


 「あ、いや……どうやって乗るんだろうと。その、どこから登ればいいんだ?」

 「え?」


 その問いに、私は間抜けな声を出してしまった。

 ティーガーというか戦車に乗る方法なんて単純によじ登るだけだが、戦車をまともに見た事がないユーリイはそれが分かっていないようだ。いや、正式な乗り方は存在しないと思うのだが、強いて言うとするならば前の段になっている箇所から登ると乗りやすいだろう。

 私は早速、自分流のティーガーへの乗車方法をユーリイに伝授した。


 「段になっている所があるだろ? あそこからなら乗りやすいぞ」


 ティーガーに限らずドイツの戦車は基本的に大型なので、車体は人の身長を遥かに超えており、戦車にある程度慣れないと車体をよじ登るのは相当難しい。登る際は、腕力をかなり駆使する事になるのだ。そのため、新兵は身長との高低差が少ない前の垂直な部分から戦車に乗る。だが、それはあくまでもティーガーや4号戦車などの垂直装甲を採用している戦車だけで出来る事であり、パンターや強化型のティーガー2などの傾斜した装甲を備えている戦車は全ての箇所で人間の身長よりも高いので、背が低い新兵などは乗りづらいのだ。

 ユーリイがティーガーの車体前部に歩みを寄せると、平らな鋼鉄の板に手を乗せた。あそこがティーガーでは一番低い位置だ。


 「やっぱすげえ……」


 何十年も先の戦車を見つめるユーリイ。

 ユーリイは腕に力を入れると、何とも言えないノロマな動きでティーガーの頑丈な車体に上がった。

 私はと言うと、普段通り側面から車体へ登った。

 キューポラに立つ前、ユーリイに村まで案内してもらうために横に備わっている装填手用の、本来はオットーが―使用するキューポラのハッチを開けた。そこにユーリイを立たせるつもりだ。


 「隣に居てくれ」


 砲塔の前に佇んでいるユーリイにそう指示した。


 「隣……? ああ、そこの穴みたいな所か」


 上向きになっているハッチを視認すると、ユーリイはこれまた結構な高さがある砲塔に上がり、足音を響かせながらキューポラの中に下半身を突っ込んだ。

 初めて乗るティーガーのキューポラに立つと、ユーリイは感想を述べた。


 「高いな。まるで鳥になった気分だ」


 ユーリイは私の愛車(ティーガー)に興味津々なようで、砲塔のいたる所を触りまくっていた。

 これで全員がティーガーに乗り、エンジンも既に掛かっているので、すぐにでも動ける状態になった。

 鉄製の重たいヘッドフォンを頭に装着すると、備え付けられているマイクに向かって操縦席に居るエルンストに呼び掛けた。


 「戦車、( Panzer)前進だ!(Vor!)


 ヘッドフォンの向こう側から「了解! 進むぞ」というエルンストの声が聞こえ、それとほぼ同時にエンジンが煙を吹かし、転輪と履帯が前に動き始めた。

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