本編#19 戦車兵の射撃の腕前
眩しい朝日を浴びながら森の歩く。鳥の鳴き声が止まないが、それはかえって心地の良い音になっていた。地面にはいっぱいの落ち葉が敷き詰められていて、歩く度に葉が潰れる音もどこか癖になりそうだ。
歩みを続けている内に川のせせらぎが耳の中に流れて来る。
水流の音源を辿り、ついに河原に出る。
「おお、こんな風になってるんだな」
ティーガーの外を初めて移動するエルンストは、目を大きく開いて眼前で優雅に流れている川を見つめていた。
「私も最初来た時は、とても驚いたよ」
今の私の発言は嘘だ。確かに昨日程の驚きは無いが、まだ見慣れていないので心は少し揺れ動いている。この感覚をどう言えばいいのか分からないが、まるで少年時代に戻ったような気分がするのだ。そう言えば、子供の頃は色々な所へ行き、冒険と称して友達と遊んでいた記憶が今も根付いている。
子供の頃を懐かしみつつも川に近付く。
水と川原の境界線に立ち、ギリギリ足が水に入らない絶妙な位置で川の中を覗き込んだ。
川の様子は昨日と全く同じで、むしろ変化している箇所を探すのが困難だった。
見た事がなくて大きさも様々な魚達が川でくつろいでいた。泳いでいる魚は一匹もおらず、まさに私達と同じ目覚めたばかりといったところだ。その魚達の様子を人間に当てはめるなら、「起きているが布団から出たくない」という例えが似合っているだろう。
こんな風に朝の嫌な時間を何とか乗り越えようとする魚達だが、それは私からすると最高の機会なのだ。
魚は早く泳ぐので手掴みで捕獲する事は難しく、捕まえるならば釣り竿が必要とされる。ところが、今、川の底に居る魚達の大半が起きたてであり、動いている奴は誰も居ないのだ。つまり、この瞬間を逃さなければ竿なんか使わずに素手で獲れるのだ。
しかし動きが止まっているとは言え、何も考えずに川へ足を突っ込めば物凄い速さで逃げられるのは目に見えている。そのため、川に浸かればそれなりのリスクも纏うのだ。
右腰に着けているホルスターを見る。
はあ、とため息を吐くと重たい手つきでP38を引き抜いた。
「何をするつもりなんだ?」
川の見た目に没頭していたエルンストが私の行動に気付き、怪訝な表情に変わる。
「銃で撃って、捕獲するんだ」
魚を獲るならやっぱり竿を使った方がいいが、今さら竿を製作する気にもなれなかったので、弾の消費が不安ではあるが銃で捕獲する事にした。
地上で銃を撃った事は数え切れない程あるが、水中に居る敵《魚》を射撃するのは初めてであり、しっかり成功するかどうか心配だ。一匹も獲れず、貴重な弾だけ失ってしまえば笑い話にもならない。
いつまでも悩んでいる訳にもいかないと思い、P38をきちんと握ると特徴的な形をしている銃口を川の底でゴロゴロしている魚に向けた。
水底には既視感のある魚からよく分からない見た目をした魚も居るが、その中でもとびきり面白い魚を見つけた。
その魚は全体的に大きく、周りの魚の体調が10センチ程なのに対し、そいつは20センチを優に超えていた。
狙いは決まった、あの巨大魚にしよう。
ガタイが厳つい巨大魚は小魚に囲まれており、王者の風格を纏っているように思える。
流れで歪む水面の奥に居る王様の頭部に照準を合わせる。
隣ではエルンストが励ましの眼をこちらに向けている。
手の震えが止まった時、鉄製の冷たい引き金に指を添え置いた。
その引き金は、緊張のせいからか、とても固く感じた。
人差し指に力を込め、退く気のない引き金を無理やり引こうとする。
引き金が少しずつ下がっていると、カチッという小さな金属音が銃本体から鳴った。
銃が跳ね上がり、銃口から鉛玉が射出される。その際、ハンマーが下がりスライドも後ろへ動いたので、腕にはいつもの慣れた衝撃が伝わって来た。だが、その反動はこれまでの戦車兵人生で最も強いように感じた。
放たれた銃弾は川に吸い込まれるようにめり込んだ。水面には一瞬だけだが穴が開き、波紋が広がったがすぐに収まった。
迫り来る銃弾に驚いた非力な小魚達は一斉に泳いで逃げて行ったが、狙いを付けた魚はその身体の大きさ故鈍足だったのか逃げ遅れ、私が撃った弾丸の餌食になってしまった。
頭部を撃ち抜かれた巨大魚は生きる全ての機能を失い、水面に力なく死体となって浮かんでいる。目の上からは血が流れていて、鮮やかな血液が水に滲んでいた。
「何とか、出来たな」
力を入れ過ぎていたせいか、銃のグリップは手汗だらけになっていた。グリップに付着した汚い汗をすぐに服の端で拭くと、P38を使用する理由はなくなったのでホルスターに戻した。