本編#11 腹ごしらえ
2つの死体が転がり硝煙が漂う中、いつまで経っても黙り込んでいるミハエルと謎の男に声を掛けてみる事にした。
「あの……ずっと黙っているが、何か悪い事でもしたか?」
私が訊いた言葉に、2人は表情をハっとさせ、兵士っぽい男が慌てた動きで口を開けた。
「い、いや、悪いのはこっちだよ! 逆に、お前のおかげで命拾いしたよ」
男はさっきまでの態度から一変、気さくな雰囲気に様変わりした。頭を下げて感謝と謝罪を述べているくらいだ。最初見た時は危険人物に違いないと思っていたが、まさかこんな人間だとは想像できなかった。
さらに発言を続ける男。
「俺はユーリイ・イヴァ―ノヴィチ・モロトフ、スヴェティーチ第90歩兵大隊の分隊長だ」
彼は自分の名前を言う。
名前からして、ソビエト人だろうか? だが、その後に言った何とか歩兵小隊というのはよく分からない。まあとにかく、今はそれは置いておくとしよう。彼は自分の本名を名乗ったのだから、こちらも自分の名前ぐらいは教えてあげるのが礼儀だろう。
「ユーリイだな。こっちはペーター・ヴィットマン、ドイツ軍のベルリン重戦車中隊に所属しているティーガーの車長だ」
「ペーター・ヴィットマン……何か変わった名前だな。まあ、それはいいか。で、そっちの坊やは何て言うんだ?」
ユーリイは私の名前を珍しそうに思いながらも、未だ緊張が解けていなさそうなミハエルを見てそう訊ねた。
ミハエルは動きが硬い足を前に突き出す。
「は、初めまして! み、ミハエル・ミューラーです!」
彼は身体と声を震わせながら、自分の名を名乗り上げた。
そんな彼の姿にユーリイは一瞬固まるが、その反応が面白かったのかすぐに爆笑しだした。
「アッハッハッハ! ミハエル、お前は面白い奴だな。別に俺はそんなに偉い奴じゃないから、気軽に話してくれて構わないぞ」
「で、でも……」
「タメ口で結構だよ」
「分かりまし……じゃなくて、分かったよ」
ユーリイの発言通り、ミハエルは砕けた口調で返事をした。そう言えば、ミハエルがこんな話し方で喋っているのは何だか新鮮な気がする。ミハエルは普段、車長である私と話す事が多いので、自然と敬語で話してくるのだ。そう考えると、ミハエルもオットーも、今は居ないがヨハネスも部下は全員礼儀正しいように思える。徴兵制度が開始されてから様々な少年達が軍に加わったが、末期という事で部隊内での教育方法は大変お粗末であり、上官に対する態度がよろしくない子供が大勢居る。しかしそんな悪環境にもかかわらず、私の3人の新兵達は誰よりも真面目だ。
ユーリイは手をポンと叩くと、何か思い出したのか「そうだ、あれを上げよう」と呟いた。
「どうしたんだ?」
「飯だよ、飯。まあ簡単に言えば、助けてくれてお礼さ」
背負っているカバンを地面に下ろすと、ユーリイはチャックを開けて中を手探り始めた。
「食事、か……それはありがたいな」
ここに来てからというもの、まだ何も口に入れていないので、ユーリイのもてなしは素直に嬉しかった。
ユーリイがカバンから3つの缶を取り出すと、その内の2つを私とミハエルに渡して来た。
缶の表には牛の絵が描かれており、中には肉が詰まっていると予想した。肉が入った缶詰なんてごくありふれている食品だが、今の私にとってはご馳走だ。
缶をポケットに入れる。
ユーリイがカバンを背負い直すと、村の端にある廃屋を指さした。その廃墟の状態はお世辞にもいいとは言えないが、この村の中では最も原型を留めている。
「あそこで食事をするぞ。着いて来い」
「ああ、分かったよ」
先を進むユーリイを私とミハエルは追いかけた。