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p.09 変装

『……一人だけ思い当たる人物がいるわ』

「では、その人が──」


 噂の原因なのでは、とダリルが言い切る前に、エルシーは力強く否定した。


『でも、ありえない。彼は今、留学中のはずだから』

「留学中ね……」


 それならば、その彼が噂の原因である可能性は低いだろう。

 だが、一時帰国している可能性もある。その場合、その彼こそが原因である可能性が高くなる。


「一時帰国をしているのかもしれない。一度、彼の家に確認を取るのがよさそうだね」

『それもそうね……あの人、よく突飛な行動をするから……』


 そう言ったエルシーはどこか遠くを見ていた。

 エルシーの心当たりの人物とは一体どんな人なのだろうか、とダリルは少しだけ興味が湧いた。


 しかし、今はそれを詮索している場合ではない。一秒でも早く、この状況を打破する必要があるのだ。

 そのためには、やはりまずはエルシーの行動履歴を知る必要があるだろう。


(それと、エルシーに恨みのありそうな人物の聞き込みも必要か……あとはエルシーがいなくなって利益のある人物たちのリストを作るべきかもしれない)


 考えれば考えるほど、人手や時間が必要になりそうで、気が遠くなる。

 ダリルは地道に、という言葉が好きではない。だが、今回ばかりは地味にやっていくしかない。それがダリルの心の平穏に繋がるのだから、地味だろうが派手だろうが、とにもかくにもやるしかないのだ。


「……明日からの予定は空けた。明日は君の家を尋ねて、いろいろ聞き込みをしよう」

『ええ、そうね……お願いするわ』

「大船に乗った気でいるといいさ」


 そう言って笑ってみせたダリルをエルシーは胡散臭さそうに見つめる。

 ……傷つくのでそういう目で見ないでほしい、とダリルは心の中で訴えたのだった。





 翌日、ダリルは早速動いた。

 そんなダリルをエルシーは冷めた目で見る。


『その格好はなんなの……?』

「これかい? 急拵えではあるのだけど、探偵らしい衣装を用意して着てみたのさ」


 ポケットからパイプタバコを取り出し、キメ顔をする。

 茶色のチェック柄の鹿撃ち帽と、同じく茶色のケープ付きの丈の長いコートを合わせたスタイル。もちろん、手袋は白。ミステリー小説で読んだ名探偵の衣装である。


 ちなみに、ダリルはタバコはやらないので、パイプタバコはただのファッションである。ポケットには虫眼鏡も入っているが、飴も入っている。


「僕は形から入らないとやる気が出ない性質なのでね」

『ああ、そう……好きにすればいいわ……』


 ダリルに頼んだことを後悔したような顔をして言ったエルシーに、失礼なと眉を寄せる。


「もっと他に言うことがあるだろう? 『なにを着てもお似合いですね』とか、『ダリル様の魅力が倍増ですね』とか『なにを着てもダリル様はお美しい』とか……」

『ええそうねとってもお似合いです殿下。さあ、行きましょう』


 早口で捲し立てるようにエルシーは言う。

 もう少しダリルを敬っても罰は当たらないだろうに……とダリルは密かに肩を落とす。


 ダリルは半透明なエルシーを連れて、エルシーの屋敷を訪れた。

 名目としてはお見舞いなので、先日と同じように花束を用意してもらった。


 出迎えてくれた執事に花束を渡し、エルシーの様子はどうかと一応聞く。

 当の本人はダリルのすぐ傍に半透明な姿でいるので、聞かなくても目覚めていないことはわかっているのだが。


「お嬢様は相変わらず、お目覚めになられません……医者からはもう目を覚ますことはないかもしれないと……」

「そんな……! そんなことがあっていいはずがない……!」


 そう言って悲壮な顔をしたダリルに執事は「ダリル様にここまで想っていただけて、お嬢様も喜ばれておられるでしょう……」と少し涙ぐんで言う。


 執事は額面通りにダリルの言葉を受け取ったようだが、ダリルの本心としては「このままこの半透明で口の悪いエルシーに付きまとわれるのはごめんだ! もう目を覚さないなんてことがあっていいはずがない!」である。


 悲壮な顔をしたのは本心だが、それはエルシーが目覚めないことによって、この半透明なエルシーがずっと傍にいることに絶望感を抱いただけのことで、執事が言うようなエルシーのことを想ってでの発言ではない。

 だが、それを訂正するのもバカらしいので、ダリルはそのまま話を合わせることにした。


 傍らのエルシーはそんなダリルの心境がわかっているのか、凍えるような視線を送りながら成り行きを見守っている。


「……ところでダリル様、そのご衣装はいったい……?」


 気を取り直した執事がおそるおそるという風に尋ねた。

 おそらくずっと気になってはいたのだろう。とうとう我慢できずに聞いてしまったようだ。


「これかい? 最近、推理小説に薫陶を受けてね……小説に登場する名探偵のように賢く、洞察力の優れた人になりたいと思い、まずはその探偵のファッションを取り入れてみることにしたんだ」

「さようでございますか……」


 一瞬、執事は微妙な顔をしたが、さすがは侯爵家の執事なだけはあり、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。

 ダリルはそんな執事の変化に気づくことなく、案内されるがままにエルシーの本体が眠る部屋へと向かった。

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