p.07 まめな性格
ダリルのスケジュールは、ダリルが決めているものではない。王家や国の利益となる人物と認められた者たちが、公平にダリルと過ごす時間を割り振られているのだ。
そしてそれを決めているのは、長兄と次兄の二人だ。ダリルは二人の指示通りにスケジュールをこなしているにすぎない。
誰にも愛想良く、そして「王族は素晴らしい」と敬われるように、計算し尽くして相手をする。それがダリルに求められている王子としての唯一の役目である。
これはきっと、エルシーと結婚をし、侯爵家を継いでからも変わらない役目だろう。
ダリルはそれに不満なんてないし、むしろ楽しんでさえいるので、きっとこの役目は神がダリルに与えた使命に違いないと確信している。
……話は逸れたがつまるところ、ダリルの先の予定を決めるのは兄たちであり、まずは兄たちに事情を説明しなくてはならないのだ。
さて、王家にはとあるルールが存在する。
それは『可能な限り、朝食の時間は家族全員で過ごすこと』である。
今日の予定をダリルの独断で昨日のうちにすべてキャンセルをした説明と、しばらくの間のスケジュールをすべてキャンセルしたいと言う絶好の機会が朝食の時間なのだ。
これに関して、ダリルは絶対的な自信があった。
なぜなら、兄たちはダリルに甘いからだ。婚約者であるエルシーの傍にできる限りいたい……と悲壮感たっぷりに訴えれば、兄たちは許してくれるだろう。
(兄上たちはいいとして……明後日、マシューの演奏会の練習に付き合うって約束していたんだよなぁ……いくら事情があるとはいえ、マシューの頼みを断るのは気が引ける……)
兄たちがダリルに甘いように、ダリルもまた弟と妹に甘かった。特に妹は兄たちと競うように溺愛している。
今のところ、妹は一番ダリルに懐いている。理由はなぜかと聞いたところ、「ダリルお兄様が一番顔がいいから」とのことだった。美しさとはやはり罪なものだとダリルが実感した瞬間だった。
(マシューの練習は午後からだし、少しでも顔を出せるようにしよう)
そう決意して朝食に臨んだダリルに、家族は優しかった。エルシーのことに心を痛め、しばらくはエルシーに寄り添ってあげなさいとダリルが言い出す前に両親から言われ、マシューも「エルシーさんについていてあげて」と言ってくれた。
なんて話のわかる家族なんだとダリルは感動し、ありがたくしばらくの予定をすべてキャンセルするべく、朝食後は各方面へ直筆の手紙を書く。
代筆を頼むべきなのだろうが、ダリルの都合で突然キャンセルするのだから、これくらいの誠意を見せた方が心象がいいだろうという打算があった。
しかし、一週間で二十人近い人たちと会う約束をしていたため、その全員へ手紙を書くのにとても時間がかかるし、手も痛くなる。
集中してペンを走らせていたせいか、昼を知らせる鐘の音が鳴っていたことを戻ってきたエルシーに声をかけられるまで気づかなかった。
『殿下、もうお昼を過ぎておりましてよ』
「ヒッ……な、なんだ君か……戻ってきたのか……」
戻ってこなくてよかったのにと思ったダリルの心の声がわかったのか、エルシーはムッとした顔をする。
『言ったでしょう、報告に戻るって』
「そうだったね……」
生真面目なエルシーらしいと思いながら、右手のマッサージをする。長い間ペンを握っていたせいか、手が強ばってしまったようだ。
『とても集中しておられたようですけれど……まさか、今後お会いする予定の人すべてに手紙を?』
「ほぼ全員に、だね。数人と会う予定の日は代表の人だけに手紙を書いている。それでもまだ三分の一くらいかな」
『……知っていましたけれど、殿下は本当にまめな方ね……』
「こういう積み重ねが大事なんだよ」
信頼は一瞬でできるものではない。少しずつ少しずつ積み重ねてできるものなのだとダリルは知っている。
だから、こうした地味に大変な作業も必要なのだ。
「そんなことより……なにかわかったのかい?」
半透明のエルシーに傍にいられては、集中して手紙が書けない。
ならば、さっさと報告とやらを聞いて、再び情報収集に出てもらった方が、ダリルの作業が捗るというものだ。
『……ええ、まあ……一応は……』
なぜかエルシーの機嫌が悪くなった。
なにか良くない噂でも聞いたのだろうか。だが、ここでエルシーのご機嫌を取っていては、ダリルの作業が捗らない。ここは無視して話を進めるべきだろうと判断する。
「どんなことがわかったのかな?」
『……ひとまず、わたしが怪我をしたことは現時点でもかなり広まっているようだわ。世間はあなたに同情的ね』
「まあ、僕は人気者だから、当然のことではあるけれど」
そう言うと、ものすごく冷たい目でエルシーはダリルを見る。心なしか、恨みも感じた。その視線にダリルの繊細な心が傷つく。
『あなたには同情的なのに……! きっとなにかの間違いだわ……わたし、もう少し調べてみる!』
そう言うなりエルシーはどこかに向かって消えた。
それをダリルはポカンと見つめ、
「……とりあえず、ランチにしようかな……」
現実逃避をするように、そう呟いた。