p.06 自分磨きは大切だからね
エルシーが戻ってきたのは、ダリルが寝る準備を整え、顔パックを貼って少ししてからだった。
『あなた……顔パックなんてしていたの……?』
驚いた顔をするエルシーにダリルはフッと笑う。
「僕は自分磨きを怠らない。一日でも怠れば、それは未来の僕の美貌が損なわれることになる。それはすなわち、世界の損失だからね」
『そこまでナルシストを極めると、いっそ感心するわ……』
「褒めてもなにも出ないよ、レディ」
『別に褒めていないのだけど……』
はあ、とエルシーがため息をつく。
そんなエルシーに傷つきながら、話を変えるべくダリルは咳払いをする。
「それよりも……なにか成果はあったのかい?」
『……いいえ、今日のところはまったく。でも、さすがにわたしが怪我を負ったという話は広まっているようだわ。明日になれば、新しい情報も出てくるのではないかしら』
「そう。では、引き続き明日も情報収集に励んでくれたまえ」
『あなたに言われるまでもないわ』
エルシーがそう言ったところで、顔パックの時間を計るための砂時計の砂がすべて落ちたことに気づき、ダリルはパックを取る。
パックについた乳液を顔に馴染ませ、軽くマッサージをして、ナイトキャップを被る。
これで寝る準備は整った。
「では、僕はそろそろ寝る」
『随分と早いご就寝ですこと』
「当たり前だろう。パーティーで遅くなったときは別だけど、二十二時には寝ないと、肌の調子が整わない。睡眠はきっちり七時間。そう決めているんだ」
そう言うなり、ダリルはベッドに入り、部屋の明かりを消す。
『あなたねぇ……少しはわたしに気を遣ったらどうなの』
「君も寝れるならそこのソファーにでも寝ればいいさ」
『……本当に自分本位ね』
「そうかしれない。僕が誇れるのはこの顔だけだ。だから、なにがなんでもこの美しさだけは保たないといけない。……それが僕にとって唯一の存在価値なのだから」
『え……』
エルシーの驚いた顔に満足して目を閉じると、寝付きのいいダリルはすぐに夢の世界に旅立ったのだった。
翌日、ダリルは五時に目を覚ます。
カーテンを開けて朝日を浴び、背伸びをしたところで、背後からエルシーの声がした。
『おはようございます、殿下。よく眠れまして?』
「おはよう、エルシー嬢。君が半透明でなければ、最高の目覚めだったのだけど」
『あら、それは失礼いたしました。それにしても……本当に七時間きっちり寝ているのね……』
呆れたようなエルシーの口調に、ずっとここにいたのかと驚く。しかし、すぐに納得する。
「なんだ、ずっとここにいたのか? ……いや、そうだな。僕の天使の如く美しい寝顔はいつまでも見ていたい気持ちはわかるとも。すべては僕の美しさが招いたことならば仕方ない……そして君はラッキーなレディだ。家族以外で僕の寝顔を見られるのはじいやとばあやだけなのだからね」
しょうがないレディだねと微笑むと、エルシーからものすごい冷たい視線を向けられた。
『……反論するだけバカらしくなってきたから、もうそれでいいわ……わたしは今から情報収集に行ってくる。お昼には一度戻って報告するつもり』
「わかった。それまで君とはさよならというわけだね?」
『……とても嬉しそうね?』
「とんでもない。スケジュール調整をしながら良い報告を待っているさ」
いってらっしゃい、と笑顔でエルシーを見送る。
エルシーは疑うような顔をダリルに向けたが、気にしても仕方ないと思ったのか、部屋の外へ向かう。
しかし、扉のすぐ手前で立ち止まる。
『……ねえ、殿下』
「なんだい?」
早く行ってくれないかな、と内心思いながら返事をした。しかし、本性を表してから小気味良い返しをしてきたエルシーが、珍しくなにか考えるように黙り込んだ。
「エルシー嬢? どうかしたのかい?」
『その……昨日、眠るときの……』
「眠るとき?」
『……いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。今度こそ行ってくる』
そう言ってエルシーは扉の外へ消える。
いったいなんだったのかとダリルは首を傾げつつ、自身の身支度を整えるべく動き出すのだった。