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p.05 スケジュール調整

『明後日? 明日ではなくて?』

「明日はどうしてもやらなくてはならないことがあってね」

『それは……公務かしら?』

「いや? 君も知っての通り、僕はほとんど公務なんてしていない」


 胸を張って答えたダリルにエルシーは『そうだったわね』と少し遠い目になった。

 そんなエルシーの様子をダリルは少し不満に思う。


 言っておくが、ダリルはやりたくなくて公務をしていないわけではない。単純に兄弟間で向き不向きで公務を割り振った結果、ダリルの公務量が減っただけなのだ。兄弟は自分の公務量に納得しているのだから、他人のエルシーにそんな態度を取られるいわれはない。


『……それで? 公務ではないやらないといけないこととは?』

「スケジュール調整だ」

『……スケジュール調整?』


 仕事もしていないのに? と言う幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいだと思い込むことにした。


「誰もが知ることだけど、僕は人気者だ」


 またなんか言い出した。

 そんな目でエルシーはダリルを見ていたが、これはれっきとした事実である。

 ダリルが参加する王室の公式行事はダリルが出席するのとしないのとでは、その見物客の数が違う。ダリルが出るならと他国の王族も参加してくれることもあるくらいだ。


 そう、すべてはこの類まれなる美貌を拝みたいがゆえに、みんな集まるのだ。

 ダリルは王室の客寄せパンダ。仕事なんてしなくても、ダリルはこの国の利益となる存在なのである。


「そんな人気者の僕に会いたいという人たちがたくさんいる。そんな僕のスケジュールは一ヶ月先まで埋まっているんだ。君の事件を解決するために、しばらくは予定を開けておきたいから、その調整を明日一日するのさ」

『それは……ありがとう、と言うべきかしら……?』

「我が婚約者殿の一大事だ。これくらいはして当然のことだよ」


 そう言ってダリルは朗らかに笑ってみせた。

 本音を言えば、この半透明で口の悪い婚約者から一秒でも早く解放されたいというその一心だった。

 だが、そんなことがエルシーに知られたら、ものすごく冷たい目を向けられ、ダリルの心を抉るような言葉をお見舞いしてくるだろう。それだけは阻止しなければならない。ダリルのプライドのためにも。


「そういうわけだから、明日一日、僕は動けない。君の調査は明日以降になる」

『……わかったわ。一応頼んでいる身だもの、文句は言えないわ』

「理解してもらえてなによりだ。だから君も家に帰るといい」

『どうして?』


 エルシーは首を傾げる。


「どうしてって……それは……」


 咄嗟に上手い言い訳が出てこなくて焦る。

 半透明のエルシーに付きまとわれるのはまっぴらごめんだから、と言えればいいのだが、そんなことを言ったら『まさかあなた……わたしが怖いの?』とバカにされそうな気がする。ただでさえバカ王子と呼ばれているのに、それがアップグレードされるのは嫌だ。


「……人が家に帰るのは当然だろう? ここは君の家ではないのだし、落ち着かないんじゃないか? それとも……僕と離れたくないとでも言うつもりかな?」

『……』


 なぜかエルシーは黙り込む。

 その沈黙に、ものすごく嫌な予感がした。


「……なぜ黙るんだい?」

『……ものすごく認めがたいし、わたしとしても不本意なのだけど…………どうやらわたし、あなたから離れられないみたい……』

「は……? 離れられない……?」


 いったいどういうことだろう。

 エルシーも困惑した様子ながらも、冷静に答えた。


『これはあくまでもわたしの想像なのだけど……ほらわたし、今、幽霊でしょう?』

「ゆ、ッ…………い、いや、なんでもない。構わず続けてくれ」


 思わず耳を塞ぎたくなったのをプライドで堪える。

 エルシーはそんなダリルを不審そうに見ながらも、続けた。


『……そんな状態だから、わたしはあなたに取り憑いてしまったのではないかしら。死んでも死にきれないとか言ってしまったし……』

「そっ、そんなことで取り憑かれてたまるか! 帰ってくれ、今すぐに!」

『わたしだって帰れるものなら帰っているわよ! でも、あなたから離れられないのだから仕方ないじゃない!』

「仕方ないで済まされるようなことじゃないだろう! 本当に僕から離れられないというのなら、その証拠を見せてくれ」

『証拠なんて……そんなもの、ないわ……証明だってしようもないし……。そうね……おそらくこの王城内くらいなら移動できるわ。でも、家に帰るのは無理』


 少し弱気になりつつも、きっぱりとエルシーは答えた。

 エルシーに嘘をついているような様子はない。だが、だからといってそれを容認するわけにはいかないのだ。

 ダリルにだって一人になりたいときもある。エルシーにずっと付きまとわれていては気が休まらない。


「……仮に君の言っていることが本当だとして」

『嘘じゃないわ』

「嘘だろうが事実だろうが、そんなことは僕にとってはどうでもいい。ただ、君にずっと付きまとわれるのはごめんなだけだ」


 本当はどうでもよくないが、この際はそれは置いておく。

 ダリルの言葉にどう思ったのか、エルシーは黙り込んだ。

 しばらく考えるような仕草をし、やがて『わかったわ』と言う。


『あなたにだって一人になりたいときもあるでしょうし、なによりわたしだってずっとあなたといるのはごめんだわ。わたしはしばらくこの王城で独自に調査をするわ』


 エルシーの台詞には失礼なところが多々あったが、それ以上に気になることがあった。


「調査を……? どうやって?」

『わたしはあなた以外からは認識されないようだから、それを利用して噂話を盗み聞きして情報を集めようと思うの。人の噂って案外侮れないものよ。一日あればわたしの話は広まるだろうし、それを元にたくさんの噂話が出てくるはずだわ。そのほとんどはガセなのでしょうけれど、わたしの噂なら自分でガセかそうでないかくらい判断できる』


 確かに、噂話というものはなかなか侮れない。

 バカなと一笑したことが事実だったことも割とある。たとえば──どこの誰がカツラだったとか。どこのだれそれとだれだれが不倫をしているとか。

 まあ、そのほとんどがくだらない情報ではあるが、中には重大な事実が隠されていることもある。意外なところから重大な手がかりを得られる──それはミステリー小説ではありがちな展開でもある。


「なるほどね。まあ、好きにすればいいさ」

『ええ、好きにさせてもらうわ』


 そう言うなりエルシーは部屋から出ていく。

 扉を潜り抜けていく様にダリルはゾワゾワと鳥肌が立つのを感じた。しかし、頭を振って気を取り直す。


(と、とにかく……今からでもスケジュールの確認と、明日の予定をキャンセルをしよう。うん、そうしよう)


 ダリルは一旦、エルシーのことを忘れ去ることに決めた。



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