p.39 目覚め
ダリルはポツポツとわかってきたことを話す。
ルーベンは素直に警察の聴取に応じていること、教会には新しい司教が派遣されることになったこと。
「シスターソフィアと君が揉めていたという子どもたちの証言……あれは勘違いだったみたいだね。ブレイクと君が子どもがいなくなった件について話をしているのをたまたま見てしまった彼女は、ブレイクと君が男女の仲なのではと疑った。試しにブレイクに聞いてみてもはぐらかされた。これは怪しい……婚約者がいるのに、なんてふしだらな! ……という具合に勘違いし、詰め寄ったらしい。君からの説明を受けてすぐに勘違いだと気づいて謝罪したようだけど」
これはダリルの想像だが、おそらくシスターソフィアはブレイクに気があるのだ。本人に自覚があるかは怪しいところだが、だからこそ変に勘繰ってしまったのだろう。
「……そう、そうだ。オーウェンなんだけどね、留学先に戻ったよ。起きている君に会えないのを残念がっていた。まあすぐに会えるからいいかとか言っていたけれど……なんのことだろう? ……まあ、それはいいか。彼はなんていうか……商人魂逞しいね。彼への借りを作ったことを少し後悔しているよ……」
君の言った通りだった、とダリルは項垂れる。
オーウェンから「早速ですが、借りを返していただきます」と、台紙にサインを百枚以上書かされたのだ。売り出したい化粧水の抽選プレゼントに使いたいのだとか。
お陰で腱鞘炎になりかかった。今も少し手首が痛む。
手首を軽く動かしてほぐす。
しばらくはペンを握りたくもない。
「バカ、ね……」
耳に入った微かな声に手首を動かすのを止める。
ハッとエルシーを見ると、彼女の緑色の瞳がダリルを見ていた。
「だから、言った、でしょ……」
「エルシー! 目が覚めたんだね」
「あなたの、声が、うる、さくて……おちおち、眠っても、いられ、ない、わ……」
「なんだって……?」
目覚めて一番に嫌みを言うとはなんということだ。
カチンときたダリルだったが、すぐにケンカを買っている場合ではないと、部屋から出て人を呼ぶ。
侯爵たちが慌てて駆けつけ、目覚めたエルシーを見てよかったと涙を流す。使用人たちも皆安堵の表情を浮かべていた。
それから少しして医者が診察に駆けつけた。
そして体力さえ戻ればもう大丈夫だと診断がされ、侯爵家は歓喜に沸いた。
喜びに満ちた侯爵家をダリルはそっとあとにする。
とりあえず、エルシーの無事は確認できた。そしてあの半透明になっていたときの記憶もありそうだ。
エルシーから話を聞くのは明日以降でもできる。今は侯爵たちと過ごす方が彼女にとっていいだろう。
なにはともあれ、エルシーが目覚めてよかった、とダリルも安堵したのだった。




