p.38 そして彼女はいなくなった
――しかし、それから三日後、なんの前触れもなく、突然半透明なエルシーは姿を消した。
朝起きたら、いつも挨拶をしてくれるエルシーの姿がどこにもなかったのだ。
戸惑ってエルシーを探したダリルだったが、ふと我に帰る。
(なぜ僕がエルシーを探さないといけないんだ)
そもそもエルシーは勝手にダリルに付きまとっていたのだ。それを迷惑に思いこそすれ、ありがたいなんて思ったことはない。
むしろ、毎日早くエルシーがいなくなりますようにと祈っていたくらいだ。なにかと口うるさいエルシーにうんざりしていた。
そう、うんざりしていたはずなのだ。
なのに、なぜいなくなったらいなくなったで、胸に穴が空いたような喪失感があるのか。
(……きっと彼女の口うるささに慣れてしまったんだ。ああ、エルシーに毒される前にいなくなってくれてよかった!)
ダリルはそう納得し、久しぶりの一人を満喫した。
どこでなにをしてもエルシーに小言を言われない! なんて開放感だろうか。一人は素晴らしいな、と鼻歌を口ずさむ。
しかし、わざとらしく上機嫌に振る舞っている自分に気づき、なにをやっているのかと肩を落とす。
エルシーの怪我についての調査をするため、ダリルの予定は今日もない。
窓から空を見上げれば、雲一つない快晴だった。
それを忌々しく思いながら、ダリルは立ち上がる。
「殿下、お出かけですか?」
ちょうどダリルの私室にやってきた従者のウォーリーが声をかけてくる。
それにダリルは頷く。
「ああ。我が婚約者殿の様子を見に。花の手配は?」
「そろそろ来る頃だと思います。殿下もマメですねえ、毎日お見舞いに行くなんて。とても良いことかと! エルシー様もさぞお喜びでしょう」
「そうだといいのだけどね……」
むしろどうして来たのかという顔をされそうである。
毎日お見舞いに行くのは、ダリルとエルシーの仲を疑わせないためだ。仲のいい婚約者という印象をさらに植え付けるためにもこれは必要なことなのだ。
滞在時間にも気を配らなれけばならない。あまり短すぎればただの仲良しアピールの工作だと思われかねず、ある程度の時間は留まる必要がある。
とはいえ、悔しいことに突然いなくなったエルシーのことが気になるのも事実。
半透明のエルシーがいなくなったのだから、もしかしたら彼女が目を覚ましたのかもしれない。
そんな淡い期待を抱いてエルシーに会いに行ったが、相変わらず彼女は眠ったままだった。
ダリルがいない間に目を覚ましたということもないようだ。
では、あの半透明のエルシーはどこへ消えたのか。
(……バカバカしい。考えるだけ無駄だ)
あのエルシーがいったいなんなのか、もう知る術はない。
瞼を閉ざしたままのエルシーを見ると、髪の毛が一本顔にかかっているのを見つける。
気になったダリルはそっとその毛を払った。そのとき、微かにエルシーの頬に触れた。
「……温かいな……」
考えてみれば当たり前なことなのだが、なぜか感動する。半透明な彼女としばらく一緒にいたからだろうか。
「早く目を覚ましてくれ。君が寝たままだと、僕の夢見が悪くなりそうだ……」
ずっと寝ているエルシーを見ているのはなんとなく落ち着かなかった。
ダリルはその日以降、毎日エルシーの見舞いに訪れた。
それはダリルがエルシーのことを大切に思っているというアピールでもあったが、それ以上に半透明のエルシーの行方が気になっていたからだ。
半透明のエルシーが消えて本体が目を覚ましたのなら、彼女は元の場所に戻ったのだと納得できる。
だが、半透明のエルシーが消えて三日が経つが、いまだに本体の方のエルシーが目を覚ます気配はない。
あれはエルシーの怨念が生んだものだったのでは……とオカルトな思考に陥りそうになるたびに、本体のエルシーの胸が小さく上下していることを確認して安心していた。
「うん、生きている」
生きているのだからあのエルシーが幽霊であるはずがない。そう言い聞かせ、ダリルは一人で勝手に話し出す。
「聞いてくれ、エルシー。僕はきちんと君との約束を果たしたぞ。君に嫌がらせをしていた僕のファンにちゃんと『もう君に嫌がらせをするな』と言ったからな。目を覚ましたら僕に感謝することだね」
その件に関しては妹にも協力してもらったのだが、まあそれは割愛しよう。これでもうエルシーが彼女たちから嫌がらせをされることはないはずだ。




