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p.36 権力者の娘


「それは彼女は貴族の娘で、権力者の娘だから……」

「エルシーは貴族の娘、その通り。でも、貴族の娘には権力なんて与えられていない」

「そんなわけがないだろう! 彼女は教会や孤児院に多額の寄付をしてくれている! 少なくともその金を動かす力が彼女にはある!」

「勘違いしているようだけど、彼女は侯爵の代理として寄付をしているだけで、実際にお金を動かす力を持っているのはエルシーではなく、彼女の父親だ」

「では、なぜ私の娘を支援するなんて言ったんだ! それくらいできるからじゃないのか!」

「そうだね。できると思ったからエルシー嬢はそう言ったんだろう。でも、先ほども言った通り、彼女に侯爵家のお金や権力を使うことはできない。ではなぜ、あなたの娘を支援するとエルシー嬢は言ったのか」


 貴族の娘にできることなんて、限られている。自分に力がなく親に力があるのなら、親に頼むしかない。


 だが、いくら娘に甘い侯爵といえども、ただの庶民の娘一人をなんの理由もなく支援することはしないだろう。


 貴族の世界は庶民が思い描くような優雅なだけのものではない。ほんの少しの油断で足元を掬われることなんて日常茶飯事。庶民一人を支援することは造作もないことかもしれないが、それによってあらぬ疑いをかけられる可能性が出てくる。そんなリスクを犯してまで、赤の他人を救うことは決してしない。


 だが、そのリスクを上回る利があるのなら、侯爵は動く。それをエルシーはよくわかっている。


「これは僕の憶測でしかないけれど、父親を動かすために、彼女はなにかしらの条件を提示するつもりだったんじゃないかな。侯爵は利益がなければ動かない人だからね。いくら愛娘の頼みでも、見ず知らずの他人のために多額のお金は動かすことはない」


 父親である侯爵を動かすためには、なにかを犠牲にしなくてはならない。それがたとえエルシーにとって耐え難いことであっても、彼女はそれでルーベンが救えるならそれも耐え忍ぶ。

 それがダリルの知ったエルシー・マルティネスという人物だ。


「彼女は自分を犠牲にしてでも、あなたを救いたかったんだよ」

「……そんな、はずは……」


 狼狽するルーベンにダリルは畳み掛けるように言う。


「僕の婚約者はなんて慈悲深いのだろうね。僕なら絶対にそんなことはしないけれど。あなたの言っていることに頷けるところは多少あれども、あなたが罪を犯したことをエルシーのせいにするのは逆恨みだ。そもそも、なぜあなたは周りの人に娘のことを相談したかった? なにをしてでも娘を救いたいと言いながら、なぜ周りに頼らない? ――答えは簡単だ。あなたはプライドを捨てることができなかった。罪を犯すことよりもあなたのプライドを守る方が大切だったんだ」


 そう言い切ったダリルをルーベンは一瞬ぽかんと見つめる。しかし、すぐに反論するために口を開いた。


「そっ、そんなことはない! 私はただ、周りに迷惑をかけまいと……」

「自分の周りに迷惑をかけるのだめで、自分の知らない人になら迷惑をかけてもいいんだね? あなたのせいで人生を狂わされた人が大勢いるというのに」

「それは……」


 ルーベンは反論の言葉を探しているようだった。

 しかしそれは見つからなかったようで、握りしめていた両手の拳を緩め、だらりと手を下ろした。


「いいかい。声を上げないと、その声は誰にも届かない。もしもあなたがこの国の在り方をおかしいと思うのならば、まずは声をあげるべきだった。それによって圧力をかけられたり、苦しい思いをすることもあるかもしれない。それでも、あなたの声を聞いた誰かがあなたの言葉に賛同し、力になってくれる人もいるはずだ。……いや、あなたはそれ以前に、もっと周りにいる人たちを信頼するべきだった。プライドなんか捨てて、助けてほしいとあなたの周りいる人――ブレイクやシスターソフィアに言うべきだったんだ。二人ならあなたのためになんとかしようと動いてくれたはずだ。なぜ気づいてくれないと駄々をこねるよりも、彼らに助けを求めた方がよほど有意義だと僕は思う」


 ダリルがそう言い終わると、ブレイクとソフィアはルーベンに近づき、その手を取った。


「殿下のおっしゃる通りですわ。お金を用意することはできませんけれど、それ以外で力になれることがたくさんあるはずです」

「水臭えんだよ。困っているならきちんと言いなさいって、昔あんたが言った台詞だぜ?」

「シスターソフィア、ブレイク君……」


 ルーベンの目から涙が零れる。

 彼なりに葛藤していたのだろう。子どもたちを見るときのあの目もその現れだったに違いない。


 根本的にルーベンは『善人』だ。罪を犯すことをとてつもない後ろめたさを感じながらも、仕方ないのだと自分を誤魔化してきたのではないだろうか。

 そしてその後ろめたさゆえに余計に周りへ相談できなくなる――その悪循環でここまできた。


 本当は彼も罪悪感や後ろめたさから解放されたかったのかもしれない。だからこそ、エルシーに留めを刺さず、第一発見者のふりをしたのではないか。


 そこまで考え、余計な詮索だとダリルは思考を止めて振り返る。

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