p.35 私は不幸ではない
「私が不幸……?」
ルーベンは一瞬困惑した顔をしたが、すぐに笑みを取り戻す。
「なにをバカな……私は不幸ではありません。娘が生きているだけで幸せなのです」
「それは嘘だ。あなたが良心なんてものを持っていないのなら、その言葉は真実なのだろう。でも、あなたには良心があり、自分の犯していることに強い嫌悪感と罪悪感を抱いている」
「ですから、それは見当違いです。私は罪悪感など抱いていません」
頑固にそう言い張るルーベンにダリルは息を吐く。
「見当違い、ね……まあ、今はそういうことにしておこう。それで、あなたがエルシー嬢を突き落としたんだね?」
「さあ、どうでしょう。私がエルシー様を一番に見つけたのは確かですが」
「あなたはエルシー嬢に裏稼業のことを知られてしまった。その口封じのため咄嗟に彼女を突き落としてしまった――惚けたところで、エルシー嬢が目を覚ませばあなたの罪は暴かれるんだ。素直に認めたらどう?」
「……それもそうですね」
ルーベンは諦めたように目を閉じる。
そんな彼にダリルは問いかける。
「あの日、あなたたちの間にいったいなにがあったんだい?」
「……先ほど殿下がおっしゃった通りです。あの日、エルシー様は私の罪を知っている、どうか罪を認めて償ってほしいと言われました」
ポツポツとルーベンは語り出す。
「私の娘のことも知っている。できる限り支援をするから、罪を認めてほしいと、エルシー様はおっしゃりました」
ルーベンの肩が震える。
「――ふざけるな……! 今さら支援をするだと……? 私が一番困っていたときになにも手を差し伸べてくれなかったくせに!」
感情を露わに声を荒げたルーベンに、ブレイクもソフィアも驚いた顔をしている。
ルーベンはいつも穏やかな人だ。叱ることはあっても怒ることはないと聞いている。
傍にいるエルシーも驚いた顔をしていた。
「あなたたちはいつもそうだ! 自分に都合が悪いことが起これば、すべて金で解決しようとする! エルシー様も自分が支援している孤児院に関わる司教が罪を犯していると都合が悪いからそんなことを言ってきたんだろう!」
『違うわ! わたしはそんなこと……!』
今までずっと黙って成り行きを見守ってきたエルシーが耐えかねたように口を開く。
しかし、彼女の声はダリル以外には届かない。
「もっと早く気づいてくれたら! そうしたら――私はこんな罪を犯さずに済んだのに……!」
ルーベンの悲痛な叫びだった。
やはり彼は裏の仕事をやりたくてやっているわけではなく、金のために仕方なくやっているだけなのだろう。
ルーベンの言葉にエルシーが涙を零す。
きっと彼女は彼の言葉に自分を責めたはずだ。
もっと早く気づいていれば、彼はこんな罪を犯さずに済んだかもしれない――。
ダリルは黙って涙を零すエルシーの肩を軽く叩く。
ダリルを見たエルシーに対して頷き、ダリルはルーベンにゆっくりと近づく。
「確かに、僕たち権力者は都合の悪いことはすべてお金の力で解決しようとする傾向にある。それは認めよう。そしてあなたの娘さんのような人たちを救う手立てすら考えていないことも事実だ。お金があれば大抵のことは解決できるような仕組みになっていることもその通りだと思う」
「そうだ……この国は正しくない……!」
そう言って歪な顔でルーベンは笑う。
そんなルーベンをダリルはじっと見た。
「――だけど、それとエルシー嬢になんの関係がある?」




