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p.34 ルーベンの告白

 この場にいる全員がルーベンを見つめる。

 そんな中で、ルーベンはただ一人、常と変わらない顔をしていた。


「なぜ私に聞くのでしょう?」

「惚けても無駄だよ。君が裏の売人と接触していることはわかっているし、それを見たという証言もある」

「うそだろ……」

「そんな……司教様、いったいなぜ……」


 呆然とした顔をするブレイクとソフィア。

 ブレイクとソフィアの視線から逃れるようにルーベンは目を閉じる。


「あなたのような人がなぜ裏の者と付き合い始めたのか。そしてあなたが裏でなにをしているのか――その答えこそが、最近増え出した行方不明者だ。ルーベン司教、あなたはその立場を利用し、人身売買を行っている闇の商人に売っている。最近いなくなったという孤児院の子どもも彼に売り飛ばされたんだろう」

「なんだって……?」


 ブレイクが驚いた顔をし、ルーベンに詰め寄る。


「それは本当なのか⁉︎」

「私にはなんのことなのかさっぱり……」


 困り顔をして惚けるルーベンにダリルは言う。


「惚けても無駄だよ、ルーベン司教。あなたが怪しげな男と会っていたという証言もあるんだよ」

「これはこれは……認めざるを得ないようですね。──ええ、そうです。私が売り飛ばしました」

「っ……! てめえ……!」


 開き直ったかのようにあっけらかんと言ったルーベンに対し、ブレイクが怒りで顔を赤くして殴りかかろうとする。

 それをソフィアが慌てて止める。


「お、落ち着いてください、ブレイクさん! きっと司教様にはなにか事情があって……」

「うるせえ! どんな事情だろうが、人を売っていいはずがねえだろうが!」

「その通りだとも、ブレイク。どんな事情があろうとも、彼のしたことは許されないことだ。だけど、ルーベン司教には悪事に手を染めてでも早急にお金が必要だった……違うかい?」

「ダリル殿下……まさか、ご存じなのですか……?」


 初めて動揺した様子を見せたルーベンにダリルは頷く。


「おおよそはね」

「……そうですか……ならば問いましょう、殿下。この国は本当に正しいのでしょうか?」

「どういう意味だい?」

「私は司教という立場です。なので、よくいろんな方に相談をされます。お金が足りなくて薬が買えない、子どもに食べさせるものがない……貧困に喘ぐ民たちの声は、あなた方のような上の立場の人には決して届かない……いえ、聞こえないふりをしている」


 ルーベンの言葉にダリルは眉間に皺を寄せた。

 それが事実だからだ。


「我々が病気になったらなにをするかわかりますか? ――神に祈るのです。薬が買えず、食べ物も買えず、神よ、どうかお救いくださいと、ただ祈ることしかできない者も多いのです。当然です。国に助けを求めてもただあしらわれるだけ。周りにいるのは今日を生きるので精一杯な人ばかり。誰かを助ける余裕なんてない」


 皮肉げにルーベンは笑う。


「神に祈ったところで、奇跡など起こるはずもない。金がなければ病気を治すこともできない。世の中すべて金なのだと、私はある日悟りました。人の善意や神の慈悲など、期待するだけ無駄なのだと」


 そう言い切ったルーベンの顔は絶望が漂っていた。

 瞳は濁り、光を失ったかのようだ。


「――私には早急に金が必要でした。そんな困り果てた私に救いの手を差し伸べてくれたのは、裏の世界の住人でした。彼らの指示通りにすれば、普通では考えられないような額をくれる……だから、この身を悪魔に捧げることにしたのです」


 そう言ったルーベンに、怖い顔をしたブレイクが一歩近づいて問いかける。


「金のために子どもを……メイソンを売ったのか⁉︎」

「ええ、そうですよ。彼らが子どもがほしいと言うので。あの子たちは親のない嬰児……いなくなったところで、誰も困りはしないでしょう?」

「てめえ……! 落ちぶれやがって……!」

「私は元々こういう人間です。あなたが本当の私を知らなかった、ただそれだけのことですよ」

「ルーベン……!」


 ブレイクの拳が怒りで震えている。

 今にも殴りかかりそうな彼にダリルは声をかける。


「ブレイク、気持ちはわかるけれど少し押さえて」

「たけど!」

「まだ肝心なことを彼は話していない。なぜ、早急に多額のお金が必要になったのかをね」

「それは……確かに」


 ダリルの言葉でブレイクは拳を引っ込める。

 それに内心安堵しつつ、ダリルは話を続けた。


「ルーベン司教、あなたには娘がいるそうだね。そして彼女は――数年前に難病に罹り、今なお治療を続けている」

「え……」


 ブレイクもソフィアも驚いた顔をしてルーベンを見つめる。

 それを見て、ダリルはやはりそうかと思った。

 ルーベンは二人に愛娘の病気のことを話していないのだ。


 ルーベン司教の娘が罹った病気は現在の医療技術では完治することはない。治療は症状を抑え、少しでも病の進行を遅らせるために行われる。

 その治療に必要な薬は高価で、何年も払い続けることは並大抵の家庭では難しい。

 しかし、ルーベンはもう何年も払い続けているという。


「あなたは愛娘の治療のためにお金が必要だった。彼女の病気は治療をやめれば病気の進行が早まり、寿命が縮まってしまう。誰にも相談できずに悩んでいたあなたに彼らは近づき、いい話があると持ちかけてきた」

「……その通りです。私は娘のために金が必要だった。しかし、私の給料では治療費を払い続けることはとてもできない……いろんなところに相談してもどうにもならないと言われるばかりでした。絶望感に打ちひしがれていたそんなときに彼らと出会ったのです」


 そう言ったルーベンの瞳はどこか虚だった。


「これが法を犯すことだと、神に背くような行為であることなど、百も承知です。ですが、法も神も娘を救ってはくれない。たとえわずかに延命できるだけであっても、私は娘に少しでも長く生きてほしかった。信じる神を裏切っても、私を信頼してくれる信者の方々を裏切ってでも、私は娘に生きてほしいと、そう願う私は間違っているのでしょうか?」


 その問いにブレイクもソフィアも答えられないようだった。

 確かにルーベンには同情できるし、ダリルが同じ立場になったならば、やはりルーベンと同じように願ってしまうだろう。

 だけど、ここで彼を肯定してはいけない。


「――間違っているとも。僕は何度だって言う。あなたは間違っている。なぜならば、それによってあなたが不幸になっているからだ」

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