p.30 取引
エルシーの話ぶりからして、オーウェンが曲者であることはわかっていた。
王子であろうと一国の王であろうと庶民であろうとも、同じように対価を求める。忖度は一切せず、ただ利益だけを求める――それがシモンズ商会だ。
その跡取りであるオーウェンがその意志を継いだとしても、なにもおかしくはない。
「……僕になにを望む?」
「おや、本当に知りたいんですね、あいつのこと。ちょっと意外だったなあ……まあ、それはいいや。実はオレ、今留学中でして。その留学先っていうのが、オモルフィ王国なんです。あの有名な世界一美しい女王ヴィクトリアが治める美の国! いやあ、オモルフィの王都ではみんな美しさを追い求めているせいか、美男美女ばっかりで。オレみたいな凡庸な容姿だと逆に目立ってしまうんですよ〜」
突然、留学先の話をし出したオーウェンに戸惑いつつも、オモルフィ王国に興味があったダリルはそれに食いついてしまう。
「美しさを追い求める国だとは聞いていたけれど……国民全体がそうなんだね」
「ええ、そうみたいですね。老若男女問わず、小さな頃から化粧水を使っているんですよ〜。庶民は手作りしている家が多いですね」
「手作りの化粧水か……」
その発想はなかったな、とダリルは思う。
ダリル自身も美しさには拘りがあるため、化粧水や乳液はいろいろ試してみたりしている。
しかし、この国に流通している化粧水の種類は僅かだ。ダリルとしてはもう少し保湿力の高い化粧水がほしいのだが、あいにくその要望に見合った物はこの国にはない。
「服装も拘っているようで、みんなお洒落ですよ。オレも服にはすごく気を遣いました」
「そうなんだね。一度行ってみたいけれど……」
「おや、二年前にあったヴィクトリア女王の戴冠式には出席なさらなかったので?」
「父の代わりに兄が参加したよ。僕は留守番だった。本当は行きたかったんだけどね……」
その頃はちょうどエルシーと婚約したばかりで、披露パーティーだの、挨拶だのと、とにかく忙しかった。そのため、泣く泣く諦めた記憶がある。
「ヴィクトリア陛下とは昔一度お会いして以降、お目にかかる機会がないのが実に残念だよ。陛下は昔からお美しい方だったけれど、今はその頃以上の美しさなのだろうね……」
「ご結婚されて幸せそうですからねえ。幸せな女性はやっぱり輝きが違いますよ。オレが今までお会いした中でも、ヴィクトリア陛下とダリル殿下の美しさは別格です。お二人とも美しさの種類が違うので、比べようもないのですが……」
さすがのダリルもヴィクトリアと張り合って自分の方が美しいなどとはとても言えない。
オーウェンはヴィクトリアとダリルの美しさは比べようもないと言うが、実際のところ、ヴィクトリアの方が美しさは上だとダリルは思っている。
同じ『美しい』ことで有名な二人はなにかと比べられることが多い。しかし、その論争は大抵はヴィクトリアの方が美しいという結論になるのだ。
ヴィクトリアを前にしたらさすがのダリルも霞む。
会ってみたいが、並んで写真などを撮るのは絶対に避けたい。なぜなら、ヴィクトリアの方が目立つからだ。
そこまで考えたところでハッとする。
話の本筋からだいぶ離れてしまっている。
「お世辞でもありがたく受け取っておくよ。それで、君は僕になにをお望みだい?」
「世辞なんかじゃないんですけど……まあ、いいや。オレがオモルフィに留学している間、化粧水を販売している店を回って、そのうちの何軒かとうちが提携することになったんですよ。いやあ、口説き落とすの苦労したなァ……まあ、そんことはどうでもいいか。その店の化粧水をうちで仕入れてて卸すんですけど、殿下にその化粧水をいくつか試してもらい、気に入った品物には『あのダリル殿下も愛用している!』なんて宣伝文句を使わせてほしいんです。殿下は新しい化粧水が試せてハッピー。オレは殿下ファンの顧客ができてハッピー。互いにウィンウィンな取引だと思いません〜?」
「……ウィンウィンというものがなんなのかはよくわからにないけれど、確かに僕にとっても悪くない話だ」
オモルフィの化粧水には興味があるし、実際に試せて気に入った物にだけダリルのお墨付きという文句がつくだけ。
ダリルに実害はほとんどなく、それでいてエルシーとの会話の内容も教えてもらえるのなら、この話に乗らないという選択肢はない。
だが、オーウェンは曲者だ。
なにか他にも狙いがあるのではないかと、疑うようにオーウェンを見つめると、彼は傷ついた顔をする。
「疑うなんて酷いなぁ。別に殿下をとって食おうなんて思ってませんよ? これを機に殿下のお近づきになりたいって気持ちはありますけどね!」
あっけらかんとオーウェンは笑顔で言う。
つまるところ、オーウェンはダリルの名前を使いたいのだ。
ダリルのこの国の知名度は高く、好感度も高い。そんなダリル御用達などと謳って商品を販売すれば売れることは間違いない。
ただし、その賞品が粗悪品だとダリルの好感度が下がるというリスクがある。だが、シモンズ商会の品物ならばその点は間違いないだろう。
「……僕は君のような自分に正直なタイプの人は嫌いじゃない」
「それはどうも」
「わかったよ、オーウェン。君の取引に応じよう」
「本当ですか! これで売れることは間違いないぜ」
どれくらい売れるかなぁと笑うオーウェンにダリルは言う。
「ただし、僕の名を使う商品は一度僕に試させること。僕の許可なく僕の名を使わないこと。これらの条件が記載された契約書を作成することが条件だ」
「もちろんですとも。商売では契約書は必需品ですから。あとで契約書を作成して届けるんで、確認してください」
「わかった。それで……君はエルシーとなにを話したんだい?」
だいぶ話が逸れたが、ようやく本題に入れる。
ダリルたちにイライラしていた様子のエルシーも、真剣な顔をしてオーウェンを見つめる。




