p.03 死んでも死にきれない
「は? なんで僕が……」
『このままだとわたし、死んでも死にきれないわ。わたしをこんな目に遭わせた犯人を見つけて、きちんと罰を与えたいの。もちろん、法に則った罰を、よ? けれどわたしは今こんな状態で、殿下以外には認識すらされない……そこで、殿下にわたしの代わりとして犯人探しをしていただきたいの』
「いや、だからなんで僕がそんなことをしなくちゃならないんだ?」
『だって、殿下はわたしの婚約者ですもの』
当たり前のようにそう言ったエルシーに、ダリルはそうか……と納得しかけて、ハッとする。
「そんなの理由になっていないだろう!」
『あら、バレた? 残念』
そう言う割にはまったく残念そうではない。
(くそ……僕をからかっているな……)
『でも、わたしがこうなった原因がわからないのは殿下だって困るはずだわ』
「なぜ?」
『だって……もし、これが誰かの仕業だとしたら、次に狙われるのは殿下かもしれないもの』
「僕が狙われる……?」
『その可能性は否定できないでしょう? だって殿下はわたしの婚約者……わたしを襲った犯人がいるのなら、わたしの次に狙うのは殿下……という可能性もあるでしょう?』
「それはそうだけど……」
第三王子を狙ってなにになるというのか。
ダリルが命を落としても、別に困らないのだ。ダリルがいなくなったところで、マルティネス家は別の婿を迎えるだけだし、王家としても特に損害はない。
(ああ、でも……あえて僕自体に価値はあるか……王族という価値が)
王族の血を取り入れたい家はたくさんあるだろう。血は繋がりだ。王族と血縁というだけで、いろいろな面が優遇されるのも確かだ。
そういう意味では、確かにエルシーを狙う理由がある者はたくさんいるだろう。
それと、マルティネス家の婿を狙っている者からすれば、ダリルは確かに邪魔な存在だ。だからダリルを狙う理由がある者もいる。
なるほど、確かにエルシーの言う通りかもしれない。
もしもエルシーのこの怪我が事故ではないならば、調査は必要だろう。そして犯人を捕まえるのことができれば、ダリルの身の安全は保証される。
「……仕方ない。君の願いを聞こう」
『ありがとう、殿下』
にっこりと満足げに笑ったエルシーに対し、ダリルは不満いっぱいの顔を向けた。
☆
「まずは怪我をする前の君の行動から洗おう」
ダリルはポケットから手帳とペンを取り出し、エルシーに言った。
調べるにしても、当日のエルシーの動きがわからないとどうしようもない。そもそも、エルシーがどうやってこれほどの大怪我を負ったのかも聞いていない。それは本人、もしくは医者や侯爵に聞くとして、どういう状況下にエルシーがあったのかを把握しなければならない、とダリルは考えた。
『それなのだけど……実はわたし、ここ一週間くらいの記憶がないの……』
「……は? 記憶がない……?」
こくりと首を縦に振るエルシーにダリルは言葉を失った。
(記憶がないのに大怪我を負わせた犯人がいるって言っていたのか……? とんだ被害妄想では……?)
エルシーがどこかで階段を踏み外しただけという可能性が高くなってきた。
いや、でも、なんの根拠もなく犯人を探せなんていうはずがない。
ダリルはそう信じて、エルシーに問いかけた。
「どうして犯人がいると思うんだ?」
『……実はあなたには黙っていたけれど、あなたの信奉者から嫌がらせを受けているのよ、わたし。直接脅しとかはされていないけれど……陰口だけなら可愛いもので、虫の死骸を送られたり、汚物を行く先々にばら撒かれたり……まあ、たいした被害はないから別にいいのだけれどね』
「……」
そんなことをされていたのか、とダリルは愕然とした。
(言ってくれれば……いや、相談されたところで僕は取り合っただろうか……)
取り合わなかった気がする。気のせいじゃない、と片づけそうな自分に嫌気がさした。
自己嫌悪に陥りそうになりながら、ダリルはメモをとる。
「君のその嫌がらせについての対処は君が回復してから考えるとして……つまり、君は僕のファンたちが君を妬んで大怪我をさせたと考えているんだね?」
『それが一番可能性が高いと思っているわ』
「なるほど……今まで君はその嫌がらせを苦にしていなかった。それが悔しくて嫌らがらせをエスカレートさせた結果、君に大怪我を負わせてしまった、と」
『そのあたりが妥当じゃないかしら』
もしもダリルのファンたちがエルシーに大怪我を負わせたのだとしたら、それはそれで厄介だ。ダリルにも批判が殺到し、最悪の場合は婚約解消なんてこともありえるかもしれない。
「……でもそれは、ただの君の〝予想〟であって、なんの証拠もない」
『それは……! 確かにそうだけれど……!』
「ありえなくはないけれど、まだそういう可能性がある、程度のものだね。他にも可能性はあるかもしれない。たとえば……君に怪我を負わせることで利益のある人物とか」
『それは……誰のことを言っているの?』
「さあ? そういう人物がいるかもしれない、という話だよ。ともかく……君が怪我を負ったときの状況を知らないと話にならないな」
当日の記憶のないエルシーと話していても、これ以上なにも進展しないだろうとダリルは考えた。
(そうだな……まずは侯爵家の執事に話を聞いてみるか)
さっそくダリルは執事を捕まえ、話を聞いてみた。
ちゃっかりと半透明になったエルシーもついてきている。
「お嬢様が怪我を負われたときの状況、でございますか……?」
「ああ、もし事故でなかったとしたら、また狙われる可能性があるだろう? 僕としても、我が婚約者が何度もこんな目に遭うのは看過できない……だから、エルシー嬢が倒れていたという現場の状況を詳しく教えてほしいんだ」
「そこまでお嬢様のこと……! ありがとうございます、殿下。私でわかる範囲でよろしければ、お答えいたします」
執事は嬉しそうにお礼を言ったあと、いつものポーカーフェイスに戻って話をし出した。
「当家といたしましても、お嬢様の事故の件については調べておりますが……状況からして事故だろう、という判断をいたしました」
「へえ。それはどうして?」
「お嬢様が発見されたのは、お嬢様が通われている教会内でした。お嬢様はそちらの教会に熱心に通われており、司教様とも親しいご関係でした。というのも、その教会の隣にある孤児院にお嬢様は定期的に寄付をされておりまして、なにか必要なものはないかと司教様によく尋ねられていたのです」
そうなの、と確かめるように半透明のエルシーを見ると、エルシーは頷いた。
どうやら執事の言っていることに間違いはないらしい。
「その教会はあまり人気がなく……決まった時間に近所の住民が訪れる程度のようで……お嬢様が事故に遭われたときも、教会内に人はおりませんでした。お嬢様が怪我を負われたのは二階へ続く階段下です。階段の一部が腐食していたようで……それでバランスを崩し、落ちたのだろうというのが当家の見解です。近くで子どもが行方不明になる事件もあり、それとの関係も調べましたが、特に関係はないとの我が家も警察も結論いたしました。お嬢様と親しくしている教会でのことですし、お嬢様も望まないだろうとのことで、教会には厳重注意をするだけに留めております」
「なるほど……」
ダリルは執事から聞いた話を素早く手帳に書き留め、手帳を閉じるとにっこりと笑う。
「貴重な話を聞かせてくれてありがとう、助かったよ」
「いえ、殿下のお役に立てたのなら幸いでございます」
執事はそう言って深く一礼をする。
ダリルはそのまま侯爵家をあとにすることに決めた。これ以上、侯爵家に留まる必要はない。