p.29 オーウェン
気を取り直したダリルは席に座り、オーウェンにも席に座るように促す。
そして早速本題に入るべく、口を開く。
「君に用があったのは他でもない、エルシー嬢のことで――」
「いやあ、殿下は噂以上に麗しいですね! エルシーからも聞いていたけど、想像より遥かに美しい。オレが女だったら惚れてたな〜そんな殿下の婚約者になれたエルシーはすごい幸運の持ち主だというのに……! エルシーに殿下のことを聞いてもつれない回答ばっかりで! 本当に薄情ですよね!」
ダリルが口を開くとオーウェンも喋る。それもダリル以上に喋る。
少し顔が引き攣ったダリルだが、その話の内容に気をよくして「うんうん、そうだとも」と笑顔で頷く。
「本当に薄情で、高飛車で……どうしようもない幼なじみなんですけど、まさかあんなことになるとは……」
そう言ってオーウェンは俯く。
やはり彼なりにエルシーのことを心配していたのだろう。エルシーは『そんなことありえない』と笑っていたが、この様子からいってそれが間違いだったことは明白だ。
「……まさか、まさか階段から落ちて意識不明なんて……それはないだろ、エルシー……」
そう呟くオーウェンを、エルシーは無表情で見つめている。いや、僅かではあるが、不審そうな目をしている。『なにを企んでいるの?』と言わんばかりだ。
「エルシーはもっと……もっと殿下のファンからすごい嫌がらせを受けたものの、見事ざまあをして幸せに暮らせそうなところで地獄に突き落とされる――くらいの人生を歩むと思っていたのに……まさか階段で……」
どんな人生だ、とダリルは内心でつっこむ。
どうやら先ほどのダリルの考えは間違っていたようだ。そしてエルシーの言っていたことが正しい。
オーウェンはエルシーの心配はしていない。
「……ま、あいつのことだし、すぐに目を覚ますでしょ。そしてすぐに精力的に動いて犯人捕まえるんじゃないかな〜」
目を覚ます前から精力的(?)に動いている。
さすがは幼なじみなだけはある。エルシーの行動パターンはすでに把握しているようだ。
「オーウェン、君は彼女が怪我をする数日前に、彼女と会ったそうだね? そのとき、なにを話したのか教えてほしいんだ」
ダリルがそう切り込むと、オーウェンはアーモンドのような形の目を少し細めて「……へえ?」と言った。
「オレはてっきり殿下はエルシーに興味がないのかと思っていたけど……違ったみたいですねえ。エルシーに興味がなければそんなこと知るはずもない――いや、興味を持たざるを得ない状況に陥った、とか?」
(す、鋭い……さすがはシモンズ商会の跡取り……)
冷や汗が出そうなのを気合いで止めて、笑顔を保つ。
この程度の顔芸はダリルにとって朝飯前だ。
「婚約者のことを知りたいと思うのは当然のことだろう?」
「ふーん……まあ、オレとしてはエルシーと仲良くしてくれた方がいいんで、そういうことにしておきます」
「それで、エルシーと話したことを教えてくれるかい?」
そう尋ねたダリルに、オーウェンはにんまりと笑う。
「――殿下、オレは商人ですよ? ほしいものがあるのなら、それに見合った対価をいただかないと」
「……」
そう来たか、とダリルは思った。




