p.23 「エルシーの婚約者だ」
ブレイクにもう一度挨拶をして部屋の外に出ると、ルーベンが待っていた。
「ブレイクと中で話を?」
「ああ。少し世間話をね。僕はもう少しここにいようと思うのだけど……」
「私はこのあと少し用がありますので、これで失礼いたします」
「ああ。案内してくれてありがとう、ルーベン司教」
「いえ、殿下のお役に立てたのならばなによりです。殿下とエルシー様に神のご加護があらんことを」
そう言ってルーベンはお辞儀をし、出口の方へ向かっていく。
その後ろ姿を少しだけ見送り、ダリルはルーベンが去ったのとは逆方向に進む。
『なにをするつもりですの?』
「なに、少し見学をするだけさ。こういう場所には縁がなかったからね、今後の参考のために学ばせてもらおうと思って」
『まあ。素晴らしい心掛けですこと』
そう言いながらエルシーは疑いの目でダリルを見る。
本当はなにが目的なの、と目で問いかけてくるエルシーに気づかないふりをして、まずはシスターを探すべく進む。
エルシーに言ったことは本当のことだ。ダリルは孤児院へ寄付をしに訪れたこともないし、慰問も兄たちの役目である。
孤児たちがどのような生活をしているの興味があった。
それに──
(もう少し情報がほしい。他の幼い子たちはともかく、あのベランカやマックスはなにか気づいたことがあるかもしれない)
現状でわかったことといえば、エルシーがなにかに悩んでおり、なにかを調べていたこと、男性と会っていたことくらいである。
それが今回の件に関係があるのかどうかすら判断しようもない。圧倒的に情報が足りないのだ。
聞けばエルシーは子どもたちともそれなりに親しくしていたようだ。子どもならではの視点で気づいたことがある可能性がある。
少し先に進むと、ベランカが部屋から出てきて、ダリルを見ると「あ」という顔をした。
そのすぐあとにマックスも顔を出し、同じように「あ」と顔をした。
ダリルはすぐに笑顔を作り、「やあ」と片手をあげて挨拶をする。
「あなたはさっきの……」
「司教と一緒にいた、いけすかねーやつ!」
「マックス!」
ベランカが声を荒げ、マックスの脇を肘で打った。
マックスは「いっ…つぅー……!」と悶絶する。その横でベランカが「ごめんなさい、失礼な人で……」と謝った。
そんな二人のやりとりを新鮮な気持ちで眺めていたダリルは、笑みを浮かべて「いや、構わないよ」と答える。
「なにすんだよ、ベランカ!」
痛みから復活したマックスがベランカを睨む。
ベランカはマックスの腕を掴み、二人揃ってダリルに背を向けた。
「あんたが失礼なこと言うから悪いんでしょ! 院長先生のお客様なのに」
「あのじじいの客なんざ、大したことねーだろ」
「バッカ! あんた本当になんにもわかってない! あのね、この人はダリル王子よ! 名前くらいは知ってるでしょ」
「ダリル王子ぃ? それって確か、エルシーさんの厄介な婚約者だったか……?」
「そう、そのダリル王子よ。王族なのよ、あの人。本来ならわたしたちなんかと話すらできないような人なんだから! ちゃんとした言葉遣いをしないと失礼だわ。下手をしたら捕まって、牢屋に入れられてしまうかも……」
二人は小声でダリルに聞こえないように話しているつもりなのだろうが、すべてダリルの耳に届いている。
いくら不敬なことを言われて怒ったとしても、牢屋に入れるような横暴なことはしないし、子ども相手にそんなことをするほどダリルは狭量ではない。
もっとも、ダリルにそんなことをできる権限もないのだけれど。
どうしようかなあとダリルが考えていると、ベランカはくるりと振り返り、にこりと笑顔を向けた。
「……すみません、この人ちょっと頭がアレなので」
「あぁ⁉︎ アレってなん」
「そんなことより! どうかされましたか? ルーベン司教とご一緒だったお客様ですよね?」
ベランカはマックスを無視することに決めたようだ。
マックスが苦悶の表情を浮かべているところから、なにかしら裏で攻撃しているのだろう。逞しい子だ、とダリルは感心する。
「ああ。司教は用事があるそうでね、さっき別れたんだ。せっかくだし、エルシーが良くしていたこちらの見学をさせてもらいたくて、シスターを探していたところなんだ。……ああ、そうそう。名乗り忘れていたね。僕はダリル。エルシーの婚約者だ」
よろしく、と二人の会話が聞こえていない風を装い、にっこり笑みを浮かべる。
そんなダリルを見て、二人は惚けたような顔をした。




