p.20 子どもたち
「シスターソフィアがこの孤児院の運営をしているのかな?」
「い、いえ。私はただお手伝いをしているだけですわ。孤児院を運営しているのはブレイクさんという方です。ブレイクさんは今、買い出しに出掛けておりますので、その間、子どもたちを見ているのです」
「ブレイクという人はいつ頃戻る予定で?」
「もうそろそろ帰ってくる頃だと思いますわ」
「そうか……では、戻って来られるまでここで待たせてもらってもいいだろうか?」
「え、ええ。狭いところで恐縮ですが、ここでよければ……」
明らかに困惑しているソフィアに気づかないふりをして、ダリルは「ありがとう。では待たせてもらうよ」と図々しく居座ることにした。
ブレイクという人物はエルシーの悩みについてなにか知っているかもしれない。少し待てば戻ってくるのなら待つべきだとダリルは考えた。
「ところで……シスターソフィアはエルシー嬢とは親しい間柄なのかな?」
「親しい間柄とまでは……ですが、会えば雑談程度の会話をする仲ではあります。エルシー様にはとてもよくしていただきました。子どもたちと遊んでくださったり、たくさん相談にも乗ってくださったり……あの事故の日もマドレーヌの差し入れをわざわざ持ってきてくださって、本当に素晴らしい方でした……そんな人がなぜあのような目に……」
そう言って涙ぐむソフィアを見て、エルシーは慕われていたのだなと思う。
そして日記に書かれていた『マドレーヌ』の用途も彼女の台詞からわかった。
チラリとエルシーを見ると、複雑そうな顔をしてソフィアを見ていた。
「……お見苦しいところを申し訳ありません。エルシー様が一日でも早くお目覚めになるよう、毎日神に祈っております」
「ああ、ありがとう。僕も毎日祈っているよ」
もっとも、ダリルが祈るのはソフィアとは違う理由からだが。
少しでも早く透明な姿のエルシーから解放されたい――ただその一心である。
「ところで、事故の日にエルシー嬢が差し入れを持ってきたと言っていたけれど、その日エルシー嬢にシスターは──その、彼女を発見する前にという意味だけど──会ったのかな?」
「いえ、お会いしておりません。ちょうど司教様からの頼まれて、別の教会に薬草を届けに行っておりましたので」
ルーベンはソフィアの言葉に頷く。
「ええ、確かにソフィア君におつかいを頼みました」
「なるほど……」
ルーベンはメモにそのことを書き留める。
すると突然ドアが開いて子どもが入ってきた。
「シスター、トビーが転んじゃったよー!」
「シスター、あそぼー!」
突然二人の子どもがそう言ってソフィアに向かって突進していく。
それをソフィアは受け止め、二人の視線に合わせて屈む。
「アビー、ボブ、お客様の前ですよ。きちんとご挨拶をなさい」
「ごめんなさーい」
「はーい」
二人はくるりと振り向き、ニコーッと笑顔を浮かべた。
「こんにちは!」
「こんちは!」
元気な子どもたちにダリルも笑みを浮かべる。
「こんにちは」
「おにいさんだれ? インチョー先生に用事?」
「おにいさん、王子様みたいなおかおだねー」
人懐っこく、興味津々に話しかけてくる子どもたちにダリルはたじろぐ。
家族を除く小さな子どもに接する機会があまりないダリルはどうすればいいのかわからず戸惑う。
それを見かねて、ソフィアがやんわりと子どもたちを嗜める。
「一気に質問してはだめですよ。一つずつ、順番に、ね?」
「はぁーい」
素直に返事をしたものの、キラキラしたら目で子どもたちはダリルを見ている。
これはまた質問攻めにされそうだな、とダリルは苦笑いをした。
子どもたちの相手をするのも大変なんだね、とルーベンに話しかけようとして、思い止む。
なぜならルーベンの子どもたちを見る目が悲しそうで──しかし、どこか冷めたように見ていたからだ。
ダリルがルーベンに話しかけると、いつもの穏やかなルーベンの顔に戻り、子どもたちにも同様に接した。
(見間違い……?)
あの穏やかそうな司教があんな目をするはずがない。そうは思うのだが、あの目がいやに脳裏に焼きつく。
(……ひとまず、頭の片隅に置いておこう)
「ねえねえ、おにいさん! あたしたちとおままごとしましょ!」
「えー! ずるいよアビー! おれもおにいさんとあそびたい! おにいさん、おれたちとうらにわのブランコしようよ」
「ええっと……」
二人の子どものケンカに挟まれ、ダリルは右往左往する。
人気者は辛いな、なんて現実逃避のように思っていると、ルーベンが助け舟を出してくれた。
「アビー、ボブ。トビーがどうとか言っていませんでしたか?」
「あっ、いっけない! シスター、トビーのけがの手当てをしてあげて!」
「血がでてるんだよ」
「まあ、大変。急いでいかなくちゃ」
ソフィアは二人を連れて庭の方へと出ていく。
アビーとボブがいなくなって内心ダリルはホッとした。
「申し訳ありません、殿下。騒がしい子たちで……」
「いや……子どもは元気が一番だよ」
――自分に絡んでこなければ。
という一言を飲み込んで笑顔で答える。




