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p.18 教会にて


 エルシーが定期的に訪ねていたという教会は、聞いていた通りに人気がまったくなかった。

 中に入っても人の姿はない。奥の方にシスターや司教の姿もない。どこかの部屋でなにか作業をしているのだろうか。教会の定期業務にどのようなものがあるかはまったく知らないのだが。


 入ってすぐに上へと続く階段があった。しかし、規制線が張られ、立ち入り禁止の簡素な看板が掛けられている。おそらく、ここがエルシーの発見場所なのだろう。

 階段をよく見れば、上の方の底が抜けているようだった。近くで見ていないのでなんとも言えないが、この場から見る限りだと、腐食しているようにも見えた。


 なるほど、確かに腐食した床を踏み抜き、それが原因で体のバランスを崩して転落したと結論づけるのもわかる。

 階段には手すりもなく、咄嗟に身体を支えることも難しそうだ。上の方から落ちれば大怪我をしてもおかしくはない。


 だが、ダリルには解せない点があった。

 それはなぜエルシーはわざわざ二階に行ったのか? ということである。

 おそらく誰かに用があったのだろう。大抵の場合、司教が書類作業などをする部屋は二階にあるものだ。司教を訪ねたのだろうという警察や侯爵家の見解も確かにと頷ける。


 しかし、エルシーは数日前に司教に会っているはずなのだ。教会を訪れる日は決まっていて、エルシーは確かにその決まった日に教会を訪れている。

 それはエルシーの日記からも侯爵家の人たちからの話からして間違いない。


 数日前に会ったばかりのこんな小さな教会の司教に、エルシーはなんの用があったというのだろう。

 隣接する孤児院のことで話があったのか。それとも別の用があったのか。


 チラリと隣に立つ半透明のエルシーを見ると、彼女は無表情で階段を見つめていた。

 なにを思っているのかダリルには見当もつかない。けれど、なにか思うところがあるのだろうなと、そっとしておくことにした。


 とりあえず、ダリルは探偵のように立ち入れる範囲をじっくりと眺めた。

 なにか手がかりに繋がりそうなものはないか、懸命に目を凝らす。


 それに気を取られていたせいか、背後から近づく存在に気づかなかった。

 とんとんと肩を叩かれ、「うわぁああ!」と情けない悲鳴をあげた。


「だ、誰だ!」

「それは私の台詞なのですが……当教会に何用で? そこは少し前に事故で階段が破損しているため、二階には上がれませんよ」


 司教服を着た壮年の男性が穏やかな口調でそう言った。

 おそらく彼が司教だろう。


「……これは失礼。あなたがこちらの教会の司教殿かな?」

「ええ。私が司教のルーベンです。失礼ですが、あなたは?」

「名乗り遅れてすまない。僕はダリル。我が婚約者のエルシー嬢がこちらの教会と懇意にしていると聞いているよ」

「ダリル殿下……! 申し訳ありません、殿下とは気づかず……」

「いいんだ。気づかれないように変装をしているのだから、むしろ気づかれたら変装した意味がなくなってしまう」


 そう言ってダリルは笑う。


『……学生二人とアマンダには気づかれていたくせに……』


 ボソッと言ったエルシーの言葉は聞かなかったことにする。

 ダリルの変装を見破られたのはこの美しさであれば仕方ないことだ。しかし、逆に気づかなかったと謝られたのは、なぜかショックだった。

 この美しさに気づかないなんて、と内心悲しかったが、それを表に出さないくらいの分別はダリルにもある。


「寛大なお言葉、ありがとうございます。そしてエルシー様の件につきましては、私どもの管理不足でこのようなことになってしまい、誠に申し訳ございません……エルシー様には孤児院共々とてもよくしていただいたのに……まさか恩を仇で返すことになるとは……悔やんでも悔やみきれません……」


 首から下げたロザリオに触れ、そう言ったルーベンになんて声をかけるべきかダリルは悩む。

 そして無難に「エルシー嬢が早く目を覚ますことを神に祈ろう」と言うことにした。


「その通りですね。神はきっとエルシー様を救ってくださるでしょう……」


 そう言ってルーベンは祈ったあと、ダリルを見る。


「ところで……殿下はなにをしにこのような場所にいらしたのですか?」

「ああ……少し前にエルシー嬢がここに来たときのことを教えてもらいたいんだ」

「それは構いませんが……しかし、いったいなぜ?」

「あのエルシー嬢が階段から踏み外すとは考えられなくてね。なにか考え事をしていて、それに気を取られていたのではないかと思っているんだ。もしも彼女がなにかに悩んでいてそのせいで怪我をしたのだとしたら、彼女が目を覚したときに心置きなく療養に専念できるように、その悩みを解決してあげたいんだよ」

「なるほど……」


 ダリルの言葉にルーベンは納得したようだった。

 咄嗟に考えた言い訳にしては上手くできたと、ダリルは自己満足する。

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