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p.17 一芝居


 ともかく、彼女から少しでも情報を引き出すために、ダリルは一芝居打つことにした。


「そんな……まさか、エルシー嬢が……なんてことだ……」

「ああ、ダリル様……なんておいたわしい……わたくしで力になれることがあれば、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ありがとう、アマンダ嬢……とても心強いよ」


 そう言ってはにかんで見せると、アマンダはポッと顔を赤くする。

 これが普通の反応だとダリルは満足しつつ、アマンダに顔を近づける。


「で、でで殿下……?」

「――早速なのだけど、エルシー嬢が会っていたという人物の特徴を教えてくれないかな」


 頼むよ、とダリルが眉を下げると、アマンダは顔を真っ赤にする。

 そしてエルシーが会っていた人物の特徴を、少し噛みながら答えた。


「た、確か……中肉中背の、エルシーさんと同じ歳くらいの男性で……髪の色は黒で、瞳の色は珍しいオッドアイでした……なんだか猫のような方でしたわ」

「そうなんだね。貴重な情報をありがとう。助かったよ」

「殿下のお役に立てて光栄ですわ……!」


 アマンダはうっとりした目でそう言う。

 さらに笑顔を向けると、アマンダは声にならない悲鳴をあげて倒れた。それを見た彼女の従者と侍女らしき人が「お嬢様ー⁉︎」と叫んで介抱する。

 彼女が倒れたのを見て、学生の二人は「僕たちはこれで……」と言って逃げるように去っていく。


 ダリルはアマンダのことを彼女の従者たちに任せて、自身もその場から離れる。

 そして待たせていた車に乗り込み、シモンズ商会に向かうように指示する。


『……わたしがオーウェンに会っていたのは間違いなさそうね……』


 エルシーが怒りを堪えるように言う。

 先ほどのアマンダの言動に腹を立てているのだろう。もしもあの場にエルシーがちゃんとした状態でいれば、笑顔で反撃をしたに違いない。その薄寒い光景を想像してしまい、ダリルはブルリと体を震わせた。


「……そ、そうだね。彼女の証言と受付から聞いた話、それから君の覚えているオーウェンの特徴とも一致している。まず間違いなくオーウェンと君は会っていた」

『わたしの知るオーウェンは金髪だったけれど。まあ彼は気分で髪の色を変えたりするから……』


 気分で髪の色を変える。

 それはいいアイデアかもしれない、とダリルは思った。このプラチナブロンドはダリルとしても気に入っているが、たまには変えてみたいと思うこともある。

 鬘を被ろうかとも思い、買おうとしたこともあったが、なかなか気に入る物がなく諦めたのだ。


(……でも、元に戻らなかったら嫌だしなあ……)


 悩ましいと思ったところで、エルシーがジトッとした目でこちらを見ていることに気づく。


「……なんだい?」

『わたしの話、聞いていて?』

「もちろんさ。オーウェンが気分によって髪の色を変えるという話だろう?」

『……違うわ』

「なんだって……?」


 どうやら考え込んでいる間にエルシーの言葉を聞き逃したらしい。人の話はきちんと聞こうと決めたばかりなのに。反省しなくては、とダリルは思いながらキリッとした顔をする。


「……申し訳ないが、もう一度話してくれるかい?」

『もう一度話すような大した話ではないのだけど……オーウェンはどこか一つに留まっていることはあまりないわ。店に行ったらどこか場所を指定して、彼を呼び出した方がいいと思う。……来てくれるかどうかはわからないけれど』

「大した話じゃないか!」


 そんな大事な話を聞き逃していたとは。

 自分の世界に入るのは一人のときだけにしようと心に決めた。


『来てくれるかどうかわからないのよ。彼、気まぐれだから。だから、待っていてもその時間が無駄になるかもしれない。むしろ、その可能性が非常に高いわ……だから聞き逃してくれても別に構わなかったの』

「そういうことか……」


 オーウェンはいったいどのような人物なのだろう。ものすごい曲者な予感がするのだが、どうかこの予感が外れますように、とダリルは天に祈った。

 曲者なのはこの半透明な婚約者だけで十分だ。それ以上はお腹いっぱいなのである。


 案の定、シモンズ商会に寄ってみたが、オーウェンと会うことは叶わなかった。

 伝言を一応頼んだが、店の店員からも期待するなと言われてしまった。オーウェンとはどれだけ奔放な人物なのか。


 これでダリルのアテはまったくなくなってしまった。

 このまま帰るのも締まらない。どうしたものかとダリルは悩み、とある推理小説の言葉を思い出した。


「……よし。君が倒れていたという教会に向かおう」

『教会に? きっと現場は警察も我が侯爵家も調べ尽くしているわ』

「それはもちろんわかっているさ。でも、『現場百遍』という言葉がある」

『ああ……聞いたことあるわ、その言葉。現場にこそ解決の糸口があるから何回も足を運びなさいっていうような意味でしょう?』

「概ねそれで合っているけれど……確かに警察も侯爵家の物もその道のプロだ。だが、どちらも君の事件は事故とだと決めつけている。その思い込みが原因で重要な手がかりを見落としているという可能性もあるだろう? 逆に僕たちのような素人が大事な手がかりを発見することだってあるはずさ」

『可能性の話をするならその通りだと思うけれど……』

「とにかく行ってみよう。ダメで元々だ」


 ダリルはエルシーにれ有無を言わさず、運転手にエルシーが倒れていた教会に向かうように指示をする。

 なにか言いたげなエルシーを見て、ダリルは配慮に欠けていたかもしれないと思い直した。


 エルシーにとっては怖い目に遭った場所。たとえそのときの記憶がなくても、行くのを嫌がって当然だ。


(現場に行くことでエルシーの記憶が戻る可能性もあるけれど……だからと言って無理強いはよくないな)


 レディーファーストを信念にしているダリルは気遣うようにエルシーに話しかけた。


「現場に行くのが怖いなら、ここで待っていてくれても構わない。現場は僕一人で調査しよう」


 念押しするが、ダリルはエルシーに気を遣ったつもりだった。

 しかし、ダリルの思惑とは裏腹に、なぜかエルシーは目を釣り上げた。


『……なんですって……? わたしがいつ怖いなんて言ったかしら? 怖くなんてないわ! もちろん、わたしもついていくわよ!』


 いったいなにがエルシーの琴線に触れたのか、ダリルにはわからず戸惑った。


「そ、そうかい? まあ……無理はしないように」

『無理なんてしていないわ。見くびらないでちょうだい!』

「ご、ごめん……」


 なぜダリルは怒られているのだろう。

 腑に落ちないが、これ以上エルシーを怒らせるのも得策ではないと、ダリルは口を噤んだのだった。

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