p.16 噂の発信源
「おや……バレてしまったか」
深く被っていた帽子のつばを軽くあげ、サングラスを外してにっこりと笑ってみせる。
青年はわっと声をあげそうになったのを自らの口を押さえることで堪え、キラキラした目でダリルを見つめる。
「あ、あの! サインください!」
「ぼ、ぼぼぼくも!」
「お安いご用だとも」
ダリルはさらさらと二人にサインを書いてあげ、お礼を言う二人を見送り、再びしっかり帽子とサングラスを着用して新聞のコーナーを見つめる。
「エルシーはなにを調べていたんだ……?」
図書館で調べるくらいだから、きっとつい最近に起こった出来事ではないのだろう。
ここならば時系列ごとに整頓されている。自分で手に入れるよりもここで調べた方が早く済むと思ったのか。
(まあ、こちらはあとで調べてみるか……もしオーウェンが戻ってきているのなら、なにか知っているかもしれないし)
新聞は貸し出しができないため、閲覧記録も残らない。この膨大な新聞記事の中から、エルシーが読んでいた記事を探し出すのはほぼ不可能だろう。
ちらりと宙に浮くエルシーを見ると、彼女は難しい顔でなにか考えているようだった。
人目がある場所で話しかけるわけにもいかず、とりあえずダリルは移動することにした。
図書館の外に出て、人目につきにくい場所に行くとエルシーに話しかけた。
「なにか思い出した?」
『いえ……なにも……』
少し申し訳なさそうにエルシーは答えた。
もともと彼女の記憶が戻ることに期待していなかったので、「そうか」とだけ答えておく。
『わたしはなにを調べていたのかしら……』
「なにを調べていたんだろうね。その調べものと君の件はなんらかの関わりがある可能性が高いとは思うけれど」
『どうして?』
「仮に君が事故ではなく、誰かに突き落とされたのだとしよう。なぜ君は突き落とされたのか。それはおそらく、君は犯人の知られたくないことを知ってしまい、それを犯人に告げた。そこで口論になり、犯人は君を突き落とした――もしくは、突き落とすつもりはなかったけれど、なんらかの弾みで君を突き飛ばしてしまったのかもしれない」
『……そうね。それが一番可能性が高そうだわ』
エルシーの肯定にダリルが気分良くすると、「本当にダリル様だわ。間違いない!」と甲高い声が背後からした。
今の話を聞かれたかと、ダリルが少し焦りながら振り返ると、そこには貴族令嬢らしき人物と、彼女の背後に先ほどダリルがサインをした青年たちが居心地悪そうな顔をしていた。
しっかり巻いた金髪の髪を揺らし、派手で濃い化粧をした彼女は嬉しそうにダリルに駆け寄る。
「ダリル様!」
「君は……ええっと」
彼女の顔に見覚えがあった。何度か会話もしたことがあったたはず。その記憶はあるのだが、肝心の名前が出てこない。
「アマンダ・グリフィンですわ! グリフィン伯爵の長女です」
「……ああ、そうだったね。思い出したよ、アマンダ嬢」
そう言って笑ってみせる。
しかし、彼女と過去になにを話したのかなど、彼女やその父に関する記憶がまったく出てこない。
墓穴を掘る前に、とダリルは不思議そうな顔を作る。
「アマンダ嬢、どうして君がここに?」
「ダリル様と同じですわ」
「僕と?」
彼女はエルシーの友人で、エルシーのことを調べるために来たのか。そう考えて半透明のエルシーを見ると、彼女は嫌そうな顔をしていた。
(……エルシーの友人ではなさそうだな……彼女の反応を見る限りだと、むしろその逆そうだ)
厄介な存在に捕まったなと、ダリルはひっそりため息を漏らす。
「はい! ダリル様もあの噂をお聞きになられて、こちらに来られたのでしょう? わたくしの情報では、エルシーさんはここで逢瀬を重ねていたようですわ」
(ああ……エルシーが影で僕以外の男と逢引きしていたというあの噂のことか……)
確かに図書館の受付からもエルシーが男性と一緒にいた姿を見たという証言もあった。なるほど、あの噂の現場はここであったらしい。
「その噂は本当なのかな……? 僕には信じられないよ、あのエルシー嬢がそんなことをするなんて……」
「ああ、殿下。心中ご察しいたします。ですが、残念ながら噂は本当ですわ……だって、わたくしがこの目でしっかりと見てしまったのですもの……!」
(……彼女が例の噂の出所か……)
貴族令嬢である彼女がこんなところにいる時点でおかしいとは思った。証拠はないが、エルシーに数々の嫌がらせをしていたのも彼女ではないだろうか。
エルシーに嫌がらせをしようと跡をつけ、例の現場を目撃し、ここぞとばかりにエルシーの悪い噂を流した――おそらくこんなところだろう。
エルシーをチラリと見ると、彼女もダリルと同じ結論に至ったようで、ものすごい目をしてアマンダを睨んでいた。
関係ないダリルもゾクゾクするくらい、怖い目だった。なので、ダリルは見なかったことにした。




