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p.11 元に戻る実験


『どうしたの?』

「いや……一度体に戻れるかどうか試したらどうかなと思うんだけど」

『体に……? やるだけ無駄な気がするけれど……』


 そう言いつつ、本人も体に戻れるのなら戻りたい気持ちはあるようで、大人しく自分の本体に近づく。

 しかし、それから変化はなく、彼女は半透明のまま、宙に浮かんでいるだけだった。


『……やっぱりだめみたい……そもそも、どうやって戻ればいいのかもわからないのよね……』

「そうか……それは残念だ……」


 考えてみれば、この件を解決したからといって、半透明のエルシーが本体に戻るとは限らないのでは、ということにダリルは気づいてしまった。

 今まで、この件がなんとかなればそれと同時にエルシーもなんとかなると信じ込んでいたわけだが、その根拠はなにもない。


 考えてみれば当たり前なこと。しかし、ダリルにとっては絶望でしかない。

 できればこんなこと気づきたくなかった――ダリルはそう心から思った。


 気づかないままの方が幸せなこともあると言ったのは誰の言葉だったか。

 その意味を今、ダリルは痛感した。


「も、戻れないものは仕方ない……うん、仕方ない……今はエブリンとミリーに話を聞くことだけを考えよう……」

『殿下、それは独り言かしら? それともわたしに言っているの?』

「いや、気にしないでくれ……」


 半透明のエルシーが戻れるかどうかのことは一旦忘れることにした。それを考えていると無駄な時間を浪費するだけな予感がプンプンする。


 なんとか気を持ち直したダリルは執事を呼び、エブリンとミリーと話がしたいと伝えた。

 執事は不思議そうな顔をしたが、エルシーのことを想ってのことだと勝手に勘違いしてくれた。すぐに呼んでくると出て行ったが、一人の侍女を連れてきただけだった。


「ダリル様、こちらがお嬢様付きの侍女のエブリンでございます」

「エブリンと申します」

「エブリン、急な呼び出しをして申し訳ない」

「いえ、お嬢様のためですから……私でお力になれることがあれば、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ありがとう。ではさっそく……と行きたいところだけれど、もう一人は?」


 ダリルがそう尋ねると、執事とエブリンは顔を見合わせた。

 二人とも芳しくない表情をしており、嫌な予感がした。


「もう一人のミリーは、お嬢様のことで責任を感じているようで……酷く落ち込み、食事や睡眠もままならない状態のため、医師と相談して一時実家に帰ることになりましたので、今はこちらにはおりません」


 エブリンが淡々と答える。

 それを聞いたエルシーが『ミリーが……』と口を手で塞ぐ。


 考えてみれば、その日エルシーに付いていた侍女が責任を感じるのは当たり前のことだ。自分のいないところで主人であるエルシーが大怪我をしたのだから、真面目な者なら余計に自分を責めるだろう。

 そしてその結果、寝込んでしまうこともありえることだった。


「そうだったのか……彼女のためにも、エルシー嬢が一日でも早く目が覚めてくれればいいのだけど……」

「はい……私もそう祈っております」


 チラリと半透明のエルシーの方を見ると、彼女はなにかを堪えるような顔をしていた。

 今のエルシーの気持ちを考えるとやるせない。

 もし本当にエルシーの言う通り、これが誰かの仕業なのだとしたらミリーのためにも、一日でも早く犯人を突き止める必要があるだろう。

 それでミリーの気が楽になるとは限らないが、少なくとも自分のせいで、と責める度合いは下がるだろう。


「では……エブリン、話を聞かせてもらってもいいかな?」

「はい、もちろんでございます」


 エブリンは気丈な顔をして頷く。

 おそらく彼女もミリー同様、自分を責めているのだろう。しかし、それをおくびにも出さず、毅然としているところは素晴らしいと心から思う。


「ここ最近、エルシー嬢の様子に変わったところはなかった?」

「少し悩んでいるご様子ではありましたが、私どもの前ではいつもと変わらないお嬢様のままでした」

「その悩みに心当たりは?」

「いえ、私はまったく……口止めをされていましたが、お嬢様はたびたび嫌がらせを受けておられ、それに頭を抱えていることはございました。しかし、最近のお嬢様の悩みはそれらいつものものとは違うようでした」


 エルシーの侍女が言うくらいなのだから、確かにエルシーはダリルのファンに嫌がらせを受けていたのだろう。

 もちろん、エルシーの言葉を疑っていたわけではないのだが、改めて確認が取れた。エルシーの意識が戻ったときは、この件は必ず対処しようとダリルは胸に誓う。


「私もお嬢様がなにかにお悩みなのは気づいていたのですが、声をかけても『大丈夫。力を借りたいときはちゃんと言うから』とおっしゃるのでなにもできずじまいで……」


 執事からの証言も出てきた。

 これはエルシーがなにか悩んでいたことは間違いないようだ。


「そうだったのか……僕は彼女が悩んでいたことにすら気づけなかった……なんて不甲斐ない婚約者だろうか……」


 悔やむように言ったダリルに、執事もエブリンも慰めの言葉をかける。

 それにお礼を言いながら、ダリルは頭の中で違うことを考える。


(エルシーがなにかに悩んでいた。だけど、侍女にも執事にも相談できないでいた……僕のファン関連のことならエブリンに相談か、愚痴は零しただろう。侍女や執事にも相談できない悩み……まさか、道ならぬ恋をしてしまったとか……?)


 相手は絶対に手が届かない相手。妻帯者、または婚約者がいる人。もしくは隣国の王族や、ダリルの兄弟かもしれない。

 それならば、エルシーのあの噂が流れるのも頷ける。


 密かに想い合った二人は禁断の恋の焔に身を燃やし、それに苦しんだエルシーは思い誤って身を投げた――。


(……いや、それはないな)


 そこまで想像して、ダリルはすぐにそれはありえないと否定した。

 あのエルシーにそんな情熱的な一面があるとは考えられないし、なによりこの美しいダリルを差し置いてそんな愚かな過ちを犯すはずもない。


(となると……なにか、親しい相手の裏の一面を知ってしまった、とかかな)


 それが一番あり得そうな線だ、とダリルは思う。

 生真面目なエルシーのことだ。親しい相手が悪いことをしていると知ったならば問い質し、罪を償うように言うだろう。それで口論になり、エルシーは階段から突き落とされた。


 もちろん、エルシーの言う通りにダリルのファンのうちの誰かの仕業かもしれないし、侯爵家の見解通りただの事故かもしれない。

 まだなにも証拠らしい証拠は出てきていないのだ。


「ところでエブリン、最近、エルシーは誰か異性と会ったりしていなかったかい?」

「いえ、そんな記憶は…………あ」


 エブリンはなにかを思い出した顔をした。

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