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p.10 日記=メモ

 執事が部屋から出ると、「さて」と呟く。


「エルシー嬢、君の日記はどこに?」

『どうしてそんなこと……まさか、わたしの日記を読む気なの?』

「ここ最近のものしか読まないさ。他人に日記を見られなくない気持ちはわかるつもりだ。だけど、君がどうしてこんな目に遭ったのかを解明するためには、日記を読むことが一番の近道だと思わないか?」

『それはそうかもしれないけれど……でも、そうね……わたしの記憶がおぼつかない以上、読むしかないわよね……』


 エルシーはなんとか折り合いをつけたようで、『こっちよ』とダリルを導く。

 彼女が案内した先には本棚と机があった。そのうちの机をエルシーは指さす。


『机の二番目の抽斗にあるはずだわ』

「わかった。では失礼」


 ダリルは言われた抽斗を開ける。そこには日記帳が一つだけ入っていた。

 それを手に取り、後ろのページから開いていく。


「これが最新の日記かな……日付も三日前になっている。では、読むよ?」

『声に出す気? それはさすがにやめてちょうだい……』


 エルシーがものすごく嫌そうな顔をしたので、ダリルは大人しく黙読することにした。


『10月26日 晴れ

 •明日、話を聞きに行かなければならない

 •ナルシストの誕生日プレゼント

 •マドレーヌ 』


 四行で終わった日記をダリルは二度見する。

 もしや、なにか隠し文字があるのではないかと、上かざしたり、下にして光を当ててみたり、持ってきた虫眼鏡でじっくりノートの一ページを見てみたりしたが、なにもない。


 エルシーを見ると、眉間に皺を寄せて日記をガン見していた。

 心なしか、顔が赤いような気もする。半透明なので気のせいかもしれないが。


「……君の日記は……とてもシンプルだね……」

『良いように言ってくれてありがとう。わたし、日記なんてメモ程度しか書いていないことが多いの……』


 それは果たして日記というのだろうか。

 ダリルは首を傾げ、ふと気づく。


「エルシー嬢……この『ナルシストの誕生日プレゼント』というのはもしかして……」

『もしかしなくてもあなたへのプレゼントのことよ。きっと探しに行こうとしていたんじゃないかしら。なにか文句でも?』


 キレ気味に言うエルシーにダリルは首を横に振る。

 この調子だと、エルシーの日記ではダリルのことはすべてナルシストと書かれていそうだ。「ダリル」や「殿下」、「王子」と書いた方が短くていいのではと思わずにはいられない。


「え、ええっと……一番上の『明日、話を聞きに行かなければならない』という文章が一番気になるな」

『ええ、そうね。わざわざ日記に書くくらいだもの、なにか大切なことを聞きに行こうとしていたんだわ』

「しかし、肝心のその相手が書かれていない」

『おそらく……日記であっても、その人の名前が残ることが嫌だったのだと思う。名前を書いていないことからして、その人にとって都合の悪い……いえ、わたしにとっても都合の悪いことを知って、聞きに行こうとしていたのかもしれない』

「相手にとっても君にとっても都合の悪いこと、ね……ということは、相手は君と友好的な関係性を築いていた人物ということか」

『そうなるわね……でも、まだその人物とわたしの事件が関わっているとは限らない……そうでしょう?』

「その通りだね」


 ダリルは頷きなら、頭では違うことを考える。


(でも果たして、彼女が倒れた日の前日に書かれた意味深な文章と彼女が怪我をしたことが偶然だなんてことがあるだろうか? 可能性としてはあるにはあるだろうが……もしも、エルシーの言う通り、なにか相手にとって不都合なことをエルシーが知ってしまったのだとして、それを相手に伝えたときに衝動的に階段から突き落としてしまったという可能性もある……)


 そこまで考えて、それも憶測でしかないと思考を一時停止させる。

 侯爵家が考えた通り、単にエルシーが足を滑られて怪我をしてしまった可能性だってあるのだ。


(ただ怪我をしただけにしては、エルシーの噂が悪く流れ過ぎている気もするけれど)


 エルシーの噂については、ダリルの家族の耳にも入っていた。

 侯爵家も当然火消しに動いているだろうが、それもいつになることか。人の噂は一度流れたらなかなか消えないものだ。


(あとで噂の出所は探るべきかもしれない)


 そう考えながら、ダリルは日記をさらに一日遡る。

 一日前はなんの変哲もない一日だったようで、特に気になるようなことは書かれていない。

 さらにエルシーの記憶がある日までの日記を読み、その中には気になることがいくつか書かれていたが、具体的にはなにも書かれていなかった。


 ただ一つわかったことは、エルシーはそのことで悩んでいたようだ、ということだけだった。

 当の半透明な本人は首を捻っていたが。


『なにに悩んでいたのかしら、わたし……』

「それはこちらが知りたいんだけどね……」


 この先のことは本人も覚えているようだし、読む必要はないと、日記を元の場所に戻す。


「ところで……一番新しい日付の日記に書いてあった『マドレーヌ』にはどんな意味があると思う? 単に食べたいと思ったとか、そんなことじゃないだろう?」


 そうダリルが尋ねると、エルシーはもちろんと頷き、考えるように頬に片手を添える。


『そうね……手土産のお菓子のことかもしれないわ。あの日、わたしはどこかにマドレーヌの差し入れをしたのかも』

「手土産のお菓子ね……」


 どこかに屋敷を訪ねたときに、手土産として菓子を持っていくことはよくあることだ。


「誰かの好物とか?」

『さあ……マドレーヌが好物という人に心当たりはないわ。……甘味全般が好物の人なら知っているけれど』

「なるほど」


 じとっとダリルを見つめるエルシーに気づかないふりをしてダリルは頷く。


「なにかヒントになるかと思ったんだが……まあいい。ここにはもうなにか手掛かりになるようなものはなさそうだ。次は君付きの侍女エブリンとミリーに話を聞こう」

『ええ、それがいいと思う』


 エルシーの同意を受け、部屋を出ようとエルシーの本体が眠るベッドの横を通り抜けようとし、足を止める。

 それをエルシーは不思議そうに見つめる。


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