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ガネス公爵令嬢の変身

私、コンラッド殿下のことが好きだったみたい。


気付いたきっかけは赤と青の2色で作られた組紐へ愛おしそうに唇を落とすコンラッド殿下の姿。無自覚だった恋心に気付いた私は、同時に失恋もしたようです。


今日は年に一度の剣術大会。10歳から参加している殿下へお守りの組紐を渡したのも今年で6回目となりました。

作る人の瞳の色と、渡す人の瞳の色、2色の糸を組み合わせて作る組紐はわが国では定番の勝利のお守りなのです。


紫の瞳の私が青い瞳の殿下に渡したのは紫と青の組紐。

公爵家の跡取りとして日夜厳しい教育を施されている中で少ない自分の時間を削り作るそれは、年を重ねる毎に複雑な組み方に挑戦してました。6本目になる今年の組紐は、今までになく複雑な柄を組み込んだ自信作です。


誰から見ても簡単には作れないとわかる出来栄えでしたが、それでもコンラッド殿下は、いつも以上の素っ気なさで「嬉しいよ」とだけ言いながら受け取り、いつも通り目に付く所に付けてはくれませんでした。

大人しいと言われる私に輪をかけて無口で反応の薄い殿下のことだからと、付けてくれなくても仕方ないと去年までの私は思っていました。


でも、本当に嬉しい組紐ならば、手首へ巻き試合の前に口づけを落とすのですね。


私が渡した紫と青の組紐は今どこにあるのでしょうか。ひょっとすると捨てられてるのかも。ふと、コンラッド殿下の執務室のゴミ箱に捨てられた紫と青の組紐を想像してしまい、胸が引き裂かれるように痛みます。


勝手な想像で傷つくなんて愚かです。どうにか前向きに考えたいのですが、堂々と赤と青の組紐に口づけをするコンラッド殿下が、紫と青の組紐をポケットの中に忍ばせてるとは到底思えないのです。


私は筆頭公爵ガネス家の1人娘、マロリー・ガネス。コンラッド殿下は、王太子殿下が結婚し後継も生まれた後に生まれた第三王子。同い年の私たちですが婚約はしておらず、2人の関係を表現するなら幼馴染という言葉が一番近いかもしれません。


王妃様は晩年に生まれた第三王子のコンラッド殿下をガネス公爵家に婿入りさせたいと考えているのですが、陛下とお父様は絶対に認めません。王妃様のご実家によるガネス家の乗っ取りを危惧しているためです。王妃様のご実家は娘が王妃になり、跡取りが宰相になったことで驕り高ぶり、何かと王妃の生家を優先させるようにと口を出すことで王宮で厄介な存在になっているのです。


陛下とお父様が認めない限り、コンラッド殿下がガネス家に婿入りすることはありえません。けれど王妃様は諦めておらず、コンラッド殿下が幼い頃から「ガネス公爵令嬢と仲良くするように」と執拗に言い含めていたのです。


私がコンラッド殿下を求めたとしても、お父様やひいては陛下がお認めにならなければ婚約などありえません。コンラッド殿下を使って私を懐柔するよりも、王妃様ご自身が陛下を説得する方がよほど可能性があると思うのですが、王妃様は自身が尽力することは選びませんでした。


そのため、コンラッド殿下は7歳の頃から週1回の頻度でガネス家へ通ってるのです。


3歳で母を亡くし、多忙で満足に会えない父と2人きりの家族だった私にとって、週に1回会える男の子が大きな存在となるのは必然でした。

無口で落ち着いているコンラッド殿下と大人しくて何事も控えめな私とでは盛り上がる様な出来事は起こりません。それでも、一人ぼっちの私にとっては、コンラッド殿下が一緒にいてくれるだけで満足だったのです。友達であり、時には兄であり、時には弟であり、と王妃様の思惑通りコンラッド殿下に親愛の情を持つまでになってました。


中々お会いできないお父様とお話しできた時には、「コンラッド殿下とは婚約させられない」「距離を取る様に」と再三注意をされていたのです。それでもコンラッド殿下の方から勝手に家に遊びに来るのだと言い訳をし、寂しさに勝てずに殿下を拠り所にしてました。

大人しく滅多に我儘を言わない私の静かな反抗に、お父様は寂しい思いをさせていると分かっている負い目からかきつく戒めることができなかったのです。


それでも、コンラッド殿下への思いは家族に対するような気持ちだと思っていました。

遠目で見ても拙い、不出来な赤と青の組紐に愛おしそうに唇を落とすコンラッド殿下を見て痛む私の心は、確かに恋する気持ちがあるのだと主張してます。


あんな優しいコンラッド殿下のお顔、初めて見ます。最近のコンラッド殿下は様々な表情をするようになりました。でも、それらは私へ向けたものではありません。振り返れば、コンラッド殿下が私へ見せていたお顔は口元のみ薄く笑っている表情だけでした。


今までのコンラッド殿下と私との関係は、殿下にとっては王妃様に言われてしかたなく私の相手をしていただけなのかも。後ろ向きな考えが心の中でぐるぐると渦巻いてます。


「コニー様!頑張ってー!」


隣で出された大声にびっくりし、コンラッド殿下の試合へ意識が戻ります。


母親である王妃様ですら呼んでないコンラッド殿下の“コニー”という愛称、たった1人そう呼ぶことを許されているこの令嬢。名はダビネといい、つぶらな瞳の色は“赤”。ふわふわのピンクの髪の毛を揺らし、華奢な身体を精一杯大きく見せる様に大きく手を振って応援してます。

絶妙なバランスで配置された美しい顔、黙っていれば人形の様な美しさがありながら少しでも話し始めるととたんに野原に咲く名も無い花のような素朴で温かな印象になるちぐはぐさで誰しもを引きつける美少女です。


紫色の瞳にストレートの銀髪、平均より背が低く実年齢よりもずっと幼く思われてしまうような私には無い、ハツラツとした少女の魅力で溢れています。


「まぁ、何かしらあの大声、貴族としてありえないわ。きっと作法を軽んじるお家なのね」

「第三王子殿下のことをコニー様などと呼んで、信じられない」

「あぁ、彼女、例のガネス公爵の愛人の子よ。本当に公爵と同じ赤い目をしてらっしゃるわ」


周りにいる令嬢がこちらを見て声も落とさずに話しているのが聞こえてきます。応援をしている彼女はそんな声が聞こえてないのか、それとも聞こえた上で無視しているのか、気にせず声援をかけ続けてます。


「きゃー!コニー様が勝ったわ!お姉様!コニー様が勝ちました!」


思わず言われなくても見てた、と言いたくなる私は狭量でしょうか。そして、何度言われても認めるわけにいかない言葉の間違いは毎回正さないといけません。無視することで認めたことになりかねないからです。


「何度も言いますがあなたは私の妹ではありません。お姉様と呼ばないで下さい」


「お姉様……」


途端に、まるで私に酷いことを言われたかのように悲しそうにし目に涙を溜め出します。先ほどまであれ程はしゃいでいたというのに。

この反応はいつも通り。そしてこの後、誰かしら男性陣に私が注意を受ける、まるで様式美のようなやりとりになってしまってます。


「マロリー嬢、こんな時にまでダビネに辛く当たらなくても良いのでは」


案の定一緒に試合を観戦していたコンラッド殿下の側近で宰相の三男、スカイラー様から注意されました。

辛く当たっているのではなく間違いを正しているのですが。本人にもその周りの男性陣にも伝わらない虚しさを覚える様になってもうすぐ1年になりそうです。


その時、見学席の入り口の方からざわめきが起こり、こちらに向かって人の波が割れ出しました。その割れ目の中心、こちらに向かって歩いて来るコンラッド殿下が見えます。


剣術大会を見学して今年で6回目ですが、試合の終わった殿下が見学席まで来たのはこれが初めてです。


「ダビネ!ダビネの声が聞こえて頑張れたんだ。ありがとう」


コンラッド殿下が笑顔で駆け寄ってきます。もちろん私の元へではありません。ダビネのすぐ横に私もいることに気づいてすらないかもしれません。


艶々と輝く黒い髪に海のような澄んだ青い目をしたコンラッド殿下は、華やかさと気品を備えた優雅で麗しい容姿をしております。しかも今は満面の笑顔、いつも控えめな殿下にはありえないことです。滅多に表情を崩さない殿下の笑顔を見た周りの令嬢たちがうっとりとため息を吐いてます。


私がここにいることには気付かないコンラッド殿下ですが、赤い瞳を濡らす涙は見逃さないようです。


「ダビネ、なぜ泣いている」

「なんでもないのです。コニー様、至らない私が悪いのです」


コンラッド殿下はその青い目を鋭く細め、冷え冷えとした視線をこちらに向けました。私の存在に気付いていなかったのではなく、無視していただけのようです。

コンラッド殿下からの冷たい視線に思わず涙がにじみますが、殿下は私の涙には心を砕くことはありません。


状況がわからない段階で悪いのは私だと思う程に、コンラッド殿下から疎まれているようです。


厳しい公爵家当主教育の合間、ひと編みごとに殿下の勝利を願い組紐を編みながら思い浮かべる殿下の顔は幼いころの殿下ばかりでした。最近はこのような冷たい顔や白けたお顔しか見せてくれないのですから仕方ありません。


「マロリー嬢が公衆の面前でダビネへ妹では無いと言い募ったのです」


横からスカイラー様が報告します。それを聞いたコンラッド殿下は冷えた視線から無理やり気持ちを押し込め、無表情で私へ話しかけてきます。


「ダビネが公爵家へ迎え入れられてもうすぐ1年。なぜ妹だと認めない?公爵令嬢なのに古いドレスを着まわしているあなたとは違い、ダビネはこの1年会うたびに違うドレスを着ている。最新のドレスを山ほど買い与えられているダビネが公爵に溺愛されているのは明らかだ。それに何よりダビネのこの美しい赤い目はガネス公爵と同じだろう」


“古いドレス”に“あなた”。これが殿下の本音なのでしょう。

私のドレスは、亡くなったお母様が私の年頃に着ていたドレスを丁寧に直したものです。私がお母様のドレスを着ることはお父様からの要望でもあります。そのことは殿下にもお話ししてましたが、殿下にとっては“お母様のドレス”もただの“古いドレス”だったようです。


しかもダビネが沢山のドレスを持っていることを知ってる位に、何度もダビネと会っているのだと、公衆の面前で宣言してます。


「愛妻家と言われていた公爵に1歳差の異母妹がいた事実が認められない気持ちはわからなくもない。だが、それは母を亡くしたばかりで傷つき悲しむダビネをそれ以上に傷つけてまで貫かねばならないことではないだろう。ダビネに辛く当たるのは八つ当たりではないのかな」


まるで聞き分けのない子供に諭すように言い募る殿下に反論する気力が出てきません。


コンラッド殿下の中の私は、突然現れた異母妹に父親の愛情を奪われてその異母妹に八つ当たりをしている幼子のようです。最近、コンラッド殿下から冷たい視線を向けられるようになった理由がわかりました。


「コンラッド殿下、先日差し上げた組紐を返していただけませんか?」


想像していた返事と違ったのでしょう。コンラッド殿下は一瞬ポカンとし、眉を寄せました。


「話を逸らさないで貰いたい」


私は組紐を受け取るためにそっと手のひらを差し出します。


「今、お持ちでは無いのですか?」


自分でもなぜ組紐を返して欲しいなどと言ってるのか分かりません。もしかしてコンラッド殿下の胸ポケットから組紐が出てくることを望んでいるのでしょうか。そんなことありえないとわかってるのに。


「もうよい。ダビネ、スカイラー、私の休憩室に案内しよう」


コンラッド殿下は私の手を振り払い、公衆の騒めきに私1人を残し、ダビネとスカイラー様を連れて行ってしまいました。


私は振り払われた手を見つめ、しばらく動けませんでした。


振り払われたこの手、この手が今よりもっと小さい時、ひとりぼっちだった私の前に現れて手を差し出してくれた素敵な男の子。その男の子は私の手を振り払い、違う女の子の手を取り行ってしまいました。


ざわざわと周りの貴族たちの囁く声が聞こえてきます。私はこれでも公爵令嬢です。このまま情けない姿を晒すわけにはいきません。

まだコンラッド殿下の試合は残ってましたが、私は騒めく群衆の中を1人、帰宅しました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「コンラッド殿下っ。今、少しだけよろしいですか?」


あの剣術大会から1週間。学園の放課後、帰宅直前のコンラッド殿下に話しかけました。

この学園は15歳の貴族子女が通う王立学園です。私と殿下は学園の1年生です。スカイラー様とダビネは1歳下のため学園にはいません。2人の入学は2ヶ月後です。


殿下の脇にはスカイラー様とは別の側近、魔法師団長の次男モーリス様がいらっしゃいます。


「何かな」


私より頭一つ以上に背の高い殿下は、何の感情も読み取れない目でこちらを見下ろし、用件を促します。私から声をかけた時、1年前までだったら、マロリーと名前を呼び、淡い笑顔で答えてくれていたのに。殿下の背が伸び目線がさらに上がったとはいえ、こんなにも無の表情で見下ろされたことはありませんでした。


この1年の変化とはいえ未だに冷たくされることに慣れない私は、殿下に対してオロオロとしてしまうようになりました。


「あっあのっ、そろそろ毎年恒例だったマーガレットのお茶会だと思ったのです。いつもなら王妃様へ朗読する詩を決めている時期「あなたは招待されていないよ」だから……」


マーガレットのお茶会とは、毎年2月、王妃様の好きなマーガレットが満開の時に開くお茶会です。王妃様が選んだ親しいひとしか招待されないそのお茶会。コンラッド殿下と私は、毎年余興として、2人で詩を朗読しておりました。

7歳から毎年、1月になると殿下と詩を選び詩の読み合わせをするのを楽しみにしていました。もう2月に入ったというのに詩の選定をしていなかったので、どうするのかと殿下に聞きにきたのです。


「っ!そ、そうなのですね」


招待されていない。私は招待されていない。招待されないなんて考えもしてなかった。


つまりこの状況は王妃様も認めているということ。最近の殿下の変化を受け、なぜ今年も変わらず招待されると思い込んでいたのでしょう。


「もういいかな」


殿下はそう言い、無言でこちらを窺っていたモーリス様を連れ行ってしまいました。


昨年のお茶会ではモーリス様がおすすめしてくれた詩を朗読したのでした。朗読の練習中、「もうすぐ始まる学園でうまく過ごせるか不安」と言った私へ、コンラッド殿下は「私やモーリスがいるから大丈夫」と言ってくれたのです。学園の入学直前、ガネス家にダビネが現れたことで、その言葉は無かったこととなりました。


お茶会に呼ばれていないショックから抜け出しやっと帰宅した私は、王家の馬車に気づきました。まさか、と思いながらはやる足を動かし、気づかれないようにひっそりと応接スペースを覗くと、同じソファへ座り肩を寄せ合いながら詩を朗読し合う殿下とダビネがいました。


容姿端麗な2人のその姿はまるで絵画のよう。仕事の手を止めうっとりと眺める使用人が出るほどです。


愛の詩に照れながらたどたどしく朗読するダビネを、殿下は慈しむ様な目で見ております。


去年まではそこに私がいたのに!なぜ?なぜ?と激しい嫉妬心がぐらぐらと煮詰まり、おかしくなりそうです。


ダビネの朗読が終わり、次はコンラッド殿下の最近さらに低く響くようになった声が聞こえてきます。その声に被せる様に私の頭の中へ「本当にここが去年まで自分の場所だったと思ってるのか?」という幻聴が聞こえてきました。


わかってます。私はあの場所にいたことなんてない。私とコンラッド殿下は同じソファに座ったことなんてない。肩を寄せ合うなんてしたことない。愛の詩なんて選んだことない。あんな楽しそうな顔で詩を読む姿なんて見たことない。


私がコンラッド殿下と過ごした7歳からの思い出と、ダビネが殿下と過ごしたこの1年、どちらが殿下の心を占めているのかなんて一目瞭然。


今更嫉妬してもしかたないのです。


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「私は殿下の初恋を応援してますよ」


当主教育で必要な資料を探していると、スカイラー様の声が聞こえてきました。


ここはガネス公爵家の別宅の図書室。本宅は3年前から改修工事のため、この別宅は本邸完成までの仮住まいです。仮住まいと言っても公爵家の別宅。3年前からコンラッド殿下に相伴するようになったスカイラー様、モーリス様、騎士団長の次男のキアン様の3人はこの別邸がガネス家の本邸だと思い込んでしまっている位の豪壮さなのです。


今日はコンラッド殿下の訪問の日だったようですね。最近は私への先触れなく訪問されるのです。先触れの相手が私からダビネへ代わったとも言えます。


でも、まさかコンラッド殿下、スカイラー様、キアン様の3人が図書室に居るとは思いませんでした。

秘蔵の書物があるため、ガネス家以外の者はガネス家の人間の許可なく図書室へ入れません。ここは別邸なので秘蔵書物は無いですが、本邸と同じ決まりで運営しております。

もちろん私はこの3人の入室許可を出していません。公爵家や国の仕事で忙しいお父様が図書室の入室許可などという瑣末なことをしたとは思えません。まだ私に気づいていない3人。この事態をどう対処しようかと考えてるうちに3人の会話は進んでいきます。


「初恋って、ダビネ?うーん、俺、殿下の初恋はマロリー嬢だと思ってた!」


無邪気なキアン様の言葉に思わず心臓がドキッと跳ねます。コンラッド殿下の返答で私への気持ちがわかるかもしれない。ドキドキと胸が騒がしいです。


「マロリーが初恋など冗談でも言わないでくれ。マロリーに阿るようにと母上から言われ続けて、王子の私が公爵令嬢の機嫌取りだ。毎週マロリーとどうすごしたのかと報告までさせられ、本当にうんざりする。マロリーへ好きだと嘘をつくのだけは嫌だと拒否していたら、マロリーが私を婚約者にと公爵へ言ってくれないせいで婚約までいかずに困っていたんだ。ダビネでも良いと母上から許された今、婚約していなくてよかったと初めてマロリーの愚鈍さに感謝しているよ。自分の気持ちの通りに過ごせる今は、マロリーから解放された気分だ」


公爵令嬢の機嫌取り……うんざりする……好きだと嘘をつく……婚約していなくてよかった……愚鈍……解放された。


何度も何度もナイフで胸を刺されたかのような痛みが走ります。


お父様が帰宅するまで起きていられないと相談した後に殿下にもらった絵本、仕事で行けなくなったお父様の代わりに行ってくれた満開のラベンダー畑の香り、一緒に雪だるまを作った時の手の冷たさ、ダンスの練習で殿下と踊っていた時の伴奏曲、殿下からもらった異国の珍しいお菓子の味。


殿下の言葉のナイフが開けた心の穴からは、大切に心に刻んでいた殿下との思い出がこぼれ落ちてきます。


全部、全部、私の独りよがりだった。私はずっとコンラッド殿下から疎まれていた。


真っ暗な闇の中に1人でいるような、そんな気分です。


「そっか。殿下の気持ちに気づかなくてごめんごめん。まぁ、そもそもマロリー嬢って小さすぎてまだ子供みたいだから恋愛対象として見れないよなー。でも、好きになったのがダビネで本当良かったね。庶子とはいえダビネもガネス公爵令嬢なわけだし」


「ダビネならガネス公爵家への婿入りもできて、しかも殿下の初恋も叶う。まさに運命でしょう。子供にしか見えない根暗な公爵令嬢に阿るようになどと命令され苦い思いをしていた殿下には幸せになっていただきたいです」


殿下ほど付き合いは長くないですが、スカイラー様やキアン様とも仲良くできていると思ってましたが私の自惚れだったようです。側近の方々との間にあると思っていた友情は幻だったようです。


「でも、さすがに正当な出自のマロリー嬢を差し置いて母親が平民のダビネを跡取りにすることはないんじゃないの?」


3人の会話はまだ続いてます。


「いや、最近のガネス家を見ているとその可能性はあると思えます」


「使用人の中にダビネが跡取りになると予想し行動している者が出てきている位だ」


思わず拳を握り締めます。そう、最近、ダビネを尊重し私を蔑ろにする使用人が出始めました。


「そういえば、俺、ダビネが廊下に活けた花を片付けろとマロリー嬢に言われたのに無視した使用人を見た!」


キアン様の言葉でその時のことを思い出します。

ダビネが宝物庫の壺を勝手に持ち出し、野草の花を活けていたのです。ダビネが宝物庫に入れたこと、慎重に取り扱いしている貴重な壺に水を入れたこと、他の調度品との調和も考えていない配置、全てがありえないことでした。


「それら使用人のマロリー嬢への無礼を家令が諌めていない、つまり公爵が黙認しているということです」


スカイラー様は我が家の使用人の動きをよく見ているのですね。

最近、ガネス家の使用人へ上から目線で声をかけるスカイラー様が目につくようになりました。1年前までは考えられなかったことです。

彼は宰相の息子とはいえ今はただの伯爵家の三男です。コンラッド殿下がガネス家に婿入りすると信じている彼は、自分はガネス家の家令になると思っているのが透けて見えます。


「マロリーには母上に良い縁談先を見繕ってもらってる。マロリーが他家に嫁ぐと決まらないと私がダビネと婚約できないからな」


「えー!殿下まだダビネに好きとも言ってないじゃん。この前、ダビネから“コニー様は私のことどう思ってるんだろう”とか言われて俺すごいびっくりしたんだから!マーガレットのお茶会で愛の詩を読み合ってたくせに!婚約とかの前に言うことがあるだろー」


「そうですよ。まずはダビネと思いを通じ合わせるのが先です。来月にはダビネと私とキアンも貴族学園に入学ですし、学園で2人がいい感じになれるように私とキアンも応援しますから」


「えー!俺もなの?」


この方達は何を言っているのでしょうか。

私が幼い頃から毎日休みなく厳しい公爵家の跡取り教育を受けていることは彼らも知っているはずです。勉強が辛くて落ち込んでいる時、努力は報われると励ましてくれたのはなんだったのか。


そして、私の縁談を決めるのはお父様です。決してコンラッド殿下や王妃様ではありません。私のことだけではなくガネス公爵家やガネス公爵であるお父様のことを軽視している殿下や王妃様に憤りを禁じえません。


悲しい気持ちが怒りに変わるにつれ、すーっと殿下への気持ちが冷めていくのがわかります。


図書室の入り口からドタバタと貴族令嬢としてありえない足音が聞こえてきました。ダビネが来たようです。


「私からお勉強を一緒にして欲しいって頼んだのに!遅れてごめんなさいっ!」


どうやら、彼らはダビネと図書室で待ち合わせしていたようですね。図書室への入室許可の件もわかりました。私は見つからないように本棚の陰に隠れ、別の出口から退出しました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


学園の授業が終わった午後のひと時、中庭で満開を迎えたコスモスを楽しもうとご令嬢達とお茶会をしていたところにお誘いしていない5人の方々が乗り込んで来ました。


本日のお茶会に招待したご令嬢達は、皆、私と同じで入婿を迎えないといけないのにまだ婚約者が決まっていない令嬢達です。同じ立場での悩みの共有やお互いの状況を探り合うため、この中で一番家格の高い私が定期的に開催している会です。


そのお茶会へ乱入してきた方々は、ダビネ、第三王子のコンラッド殿下、宰相の三男スカイラー様、騎士団長の次男キアン様、魔法師団長の次男モーリス様の5人。男性達は皆次男や三男など婿入りも視野に入れている方々です。お茶会の令嬢たちの婿候補にも入っていると思われますが、彼らはそれに気づいているのでしょうか。


貴族学園の2年生になって4ヶ月経ちました。1歳下のダビネが貴族学園に入学してきて4ヶ月とも言えます。


ダビネは入学前、貴族学園へ入学するか、ガネス家の行儀見習いになるか、どちらが良いかと家令から確認されました。ダビネはそれを、ガネス家で使用人扱いをされそうになっているのだとコンラッド殿下に嘆き、私の嫌がらせだと思い込んだ殿下方達とひと悶着ありました。

その一件の後、2年生になってから私とコンラッド殿下達とは周りにもわかるほどに距離ができております。毎日同じ教室に通っていますが、話さないどころか目も合いません。


そして学園へ入学してきたダビネは、案の定、周りから腫れ物扱いをされております。ダビネはその理由をガネス公爵の愛人の子だからだと思い込んでいるようですが、貴族の通うこの学園、実は庶子はそこまで珍しくありません。

現に、今年の入学者の中には入学直前まで平民として暮らしていた男爵家庶子のご令嬢もいます。そのご令嬢は入学当初はクラスで浮いていたらしいのですが、4ヶ月経った今ではなんとか表面を繕いクラスに馴染める位には貴族の暗黙の了解や礼儀作法を身につけていると聞きます。


ダビネが腫れ物扱いされる理由は、公爵家へ来てから1年4ヶ月も経つのに未だ礼儀作法が身についていないこと、あからさまに貴族の不文律を軽視していること、そして何よりも、麗しく高貴で女生徒に人気のある4人の殿方を独り占めし侍らせていることが原因です。


高位貴族の令息からダビネは、“明るく、優しく聖女の様に心を砕き、時には無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公”と言われているようです。


“わざとらしいほどに”明るく、“爵位の高い殿方にだけ”優しく聖女の様に心を砕き、時には“あざとく”無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公“をなぞっているようで気色が悪い”。これが女生徒や爵位の低い男子生徒からのダビネの評価です。


とある容姿の良い侯爵子息が珍しい動物の本を読んでいたらダビネ嬢に話しかけられた。「前からその動物に興味があった」と言われた侯爵子息は、この本はたまたま借りていただけだからと、その本を貸してくれた男爵子息をダビネ嬢に紹介した。ダビネ嬢はその男爵子息には話しかけずに去っていった。


このようなダビネの性悪話が、登場人物や内容を変えて数えきれないほどに聞こえてきます。


噂が本当かどうかは知りませんが、妙に信憑性を持ってしまうのは、コンラッド殿下やその側近達と一緒にいる時のダビネが優越感を隠しきれてないからでしょう。

幼い頃から様々な感情を殺し表情に出さない様にと訓練されている貴族の子女たちにとって、その教育が完璧ではないダビネが隠そうとしている優越感など察するのは容易いことです。

むしろ、皆、ダビネの下種な本性に気づいていないと思われるコンラッド殿下とその側近の方々に呆れているほどです。


入学式の1ヶ月後、新入生歓迎パーティーで殿下のエスコートを受けたダビネは、パーティーの最中に「去年はお姉様がエスコートをされていたのに、ごめんなさい」と他の生徒が見ている前で謝ってきたのです。

エスコートなく1人で入場した私の元へわざわざ殿下達を連れて来て謝るダビネ。それを見た殿下や側近方が「ダビネは優しいな」と言っているのが聞こえてきた時は思わずぞっとしました。

たまたま近くにいた子爵令息や男爵令息達が「どう考えても優しさとは真逆の典型的なマウントだろ」「あまりにも尊い身分だとわからないのか?」などと囁き合っていたのが忘れられません。


コンラッド殿下と距離ができ、客観的に見られる様になって気付いたのですが、ダビネが現れずに王妃様から言われるまま私へ阿る殿下のままだった場合、ひょっとして今ダビネが受けているあの女性達からの妬み嫉みは私が受けていたかもしれません。それだけはダビネに感謝しています。


お茶会に乱入してきた失礼な方達でも、その中に王族のコンラッド殿下がいらっしゃいます。私を含むお茶会に参加していた10名程の令嬢は皆立ち上がりカーテシーの体勢を取りました。


「楽にしてくれ。……マロリー・ガネス、私はあなたが開くお茶会にダビネを招待して欲しいと頼んだはずだ」


庶子だからと遠巻きにされているダビネは入学してから令嬢が開くお茶会に一度も招待されたことがないと悲しんでいる。まずはきっかけとして姉であるあなたがお茶会に招待して欲しい。


2週間前、そんな内容の手紙が殿下から届きました。その内容のくだらなさもですが、同級生で毎日同じ教室にいるにもかかわらずのお手紙に脱力したものです。


私が開くお茶会にダビネが招待されていないことに怒り乱入してきたようですね。お茶会に呼んだご令嬢達はコンラッド殿下達が私の方を見ているためか、隠すことなく呆れた顔をしております。私もそちら側に行きたいです。


周りの側近はコンラッド殿下を止めなかったのかとスカイラー様、キアン様、モーリス様を見ましたが殿下と同じ様に憤った顔をして私を見ております。この3名にはダビネを好きな気持ちを抑えてコンラッド殿下の初恋を応援している、という噂があります。その真偽は不明ですが、そんな噂が流れる位にはダビネに傾倒している姿を周囲に晒してしまってます。


コンラッド殿下を含むこの方達、ダビネが来るまではここまで浅はかではなかったと思うのです。恋愛感情一つでここまで判断力が下がるのかと恐ろしくなります。


「試験の順位表に名前が掲載されたら招待します、とお返事いたしました」


この学園では試験の教科ごとに40位までの生徒の名前を張り出す慣習があり、そして、“王族と公爵家の子女が参加するお茶会や会食は、試験の順位表の5教科以上に名前が掲載されている者のみとする”という不文律があるのです。

王族や公爵家と社交をするためには勉強が必須なのです。といっても1学年100人弱の中の40位まで、全15教科のうち5教科なので努力したら手の届く範囲だと思いますが。

これは、王族や公爵家の子女に関わる生徒を最低限でふるいにかけ、素行の悪い生徒を弾くためと言われています。


もちろん今このお茶会へ招待した令嬢達は、皆、その条件を満たしている方々です。


コンラッド殿下へのお返事ですが、本来なら“5教科以上”のところを“名前が掲示されたら”、つまり“1教科でも良い”とまで譲歩しました。明確に文章化されたルールではなく暗黙の了解だということを口実にし、王族であるコンラッド殿下の希望を叶えるためにした最大限の譲歩です。

それなのに、先週の試験、全教科でダビネの名前が掲示されることはありませんでした。ダビネ以外で入学直前まで平民だった例のご令嬢は魔法科学と数学の2教科で名前を確認できたというのに。これには正直驚きました。


「そんな暗黙の了解など無視してもよかろう。現に私は関係ないものとしている」


コンラッド殿下はダビネと昼食を一緒にするためだけに、ダビネの入学からこの不文律を無視するようになりました。ダビネと、その時々にダビネが仲良くしている貴族子息は、試験順位に5教科以上名前が掲示されていなくてもコンラッド殿下と一緒に昼食を共にしているのです。


1学年の時、殿下の目に留まりたいと必死に努力していた生徒達は、私欲でルールを無視した殿下に落胆を隠せませんでした。

コンラッド殿下は、ダビネが絡んだこのような出来事が積み重なり、評判が徐々に下がっていることに気づいていないのでしょうか。


試験の順位表に名前の掲示されていないダビネは本来ならコンラッド殿下と関わることはできません。ダビネと関わっていなかったら、コンラッド殿下はここまで周囲の人望を失うことはなかったはず。

正直くだらないと思うこともある貴族の暗黙の了解や不文律でも、ちゃんと意味があることもあるのだなと感心いたします。


「私には必要なことだと思ってます。本当は“5教科以上”という所も譲歩したくなかったくらいです」


私の反論が気にくわないのか、コンラッド殿下はイライラとした調子を隠すことなく言い募ります。


「あなたが令嬢達を先導してダビネをお茶会に呼ばないようにしていると噂されているのに気づいているのかい?」


(噂をしている張本人が何を言っているのでしょう)


「なんだと!」


思わず声に出てしまった本音に、殿下から大声で怒鳴られました。今まではまるで子供に諭すような言い方ばかりだったため、このように怒りを直接ぶつけられたのは初めてです。

そもそも怒鳴られるという経験自体少ない私は思わずビクリと体を震わせてしまいました。


そんな情けない私の姿が面白かったのでしょう。殿下の後ろからこちらの様子を窺っていたダビネが出てきました。


「コニー様、お姉様がかわいそう」


かわいそう、ですか。本当、この方は何様なんでしょうか。

しつこくも“お姉様”と呼ぶのをやめないダビネ。このやり取りにもうんざりですが、他家の令嬢達の前で流す訳にはいきません。


「何度も言いますがあなたは私の妹ではありません。お姉様と呼ばないで下さい」


このように物覚えが悪いと試験結果に名前が掲載されないのも納得ですね。と声が出そうになるのをぐっと堪えます。ダビネはいつも通りの悲しそうな顔。本当に悲しんでるとは微塵も思えませんが、これはお約束ですものね。


「本当にあなたは!」


今回の注意はモーリス様でした。彼らの中でこの役割当番でも決めているのでしょうか?


「コニー様、もう良いのです。私には皆さまがいます。意地悪な女生徒達に仲間はずれにされても平気です!私のせいでお姉様はお父様もコニー様もいなくなってしまったんですもの。私が悪いのです。かわいそうなお姉さまを許してあげてください」


“私が悪い”と言ったそばから“お姉さまを許してあげて”と言う矛盾。支離滅裂すぎて真面目に相手をするのが馬鹿らしいです。


「ダビネがそう言うなら、もう良い。ダビネ、ダビネを妹と認めない姉などもう諦めよう。どうせ将来“私は姉なのだから”と取り入ろうとしてくるよ」


「今は悲しいですが、いつかお姉様の方から歩み寄ってくれるのを待ちますね」


「いや、優しい君が許しても私は決して許さない。そんな時はこないよ」


2人はお互いを見つめ合い体を寄せ合い出しました。周囲に人がいることを忘れてしまったのでしょうか。


この4ヶ月、コンラッド殿下に避けられていた私は、殿下とお話しする機会がありませんでした。お茶会に呼んだ令嬢達も一緒にいますし、今後について言質を取るなら今しかありません。

盛り上がっているところ悪いですが割り込みさせていただきます。


「コンラッド殿下。先日、殿下とダビネは裏庭で口づけを交わしていたそうですね。殿下はダビネとの今後をどのようにお考えなのですか?」


「なぜそれを知っている!」


なぜそんなにびっくりされるのでしょうか。裏庭で殿下が告白しその後キスしていたことなど今や公然の秘密なのですが……。

知られていないと思っていたこと、王族が情報に疎いと周囲に窺われる反応をしている浅慮さ、むしろこちらがびっくりです。


恋は盲目とは言いますが、過去の私、あまりにも盲目すぎでは?それとも今の殿下が恋は盲目状態なのでしょうか。


「ダビネは私の運命、そして幸いなことにダビネも私のことを運命だと言ってくれた。私たちは真実の愛で結ばれているのだ。すぐに婚約し、ダビネの学園卒業を以て結婚する。すでに王妃の了承は得ている。陛下とガネス公爵へはこれから伝え許可を得るつもりだ。ダビネに勘違いして欲しくないから言わせていただく。私が幼い頃からあなたと交流していたのは王妃に言われてしかたなくしていたにすぎない。私はあなたとの婚約を望んだことは一度もない。ダビネへ見当違いな嫉妬はしないように」


釘を刺すようなこの言葉。コンラッド殿下は私自身無自覚だった恋心に気づいていたようです。私の恋心に気づいている上であの冷たい態度だった思いやりのなさに失望しかありません。


コンラッド殿下に振られている私に対し、ダビネは私にしか見えない角度から笑っております。こんな女を選ぶコンラッド殿下の人を見る目のなさに更にがっかりさせられます。


半年前の剣術大会で失恋し、図書室で殿下の本音を盗み聞きした時、私はコンラッド殿下との思い出にけりをつけました。もう殿下の言葉で悲しむ段階は終わっているのです。


「そうですか。私は父から“コンラッド殿下と婚約することは絶対に無い”と言われていました。私も殿下との婚約を考えたことは一度もありません」


コンラッド殿下との関係に幕を下ろしましょう。


「それでも、大きなお屋敷に一人ぼっちだった私と一緒にいてくれたコンラッド殿下との交流は、私にとって掛け替えのないものでした。たとえその時コンラッド殿下が心の中で私にうんざりしていたのだとしても、その時私が感じていた幸せは本物です。コンラッド殿下、今までありがとうございました」


私はカーテシーではなく深く頭を下げお辞儀をしました。正直、貴族令嬢としては不恰好ですが、その分お礼の気持ちが伝わればいいなと思ったのです。


「帰る」


私がお辞儀をしている間にコンラッド殿下達は中庭から去って行きました。コンラッド殿下がどんなお顔だったのか見られなかった私には、私のお礼をどの様に受け取ったのかはわかりません。でも、わからないままで良かったような気がします。


その後、お茶会を再開しましたが、たった一言しか発してなかったモーリス様や黙りだったスカイラー様とキアン様は、令嬢達の婿候補の順位を大幅に落としてしまったようです。


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あのお茶会の一件以降マロリーとは言葉を交わすことがないまま学園は夏休みに入った。そして夏休み明け、マロリーは学校から姿を消していた。隣国へ留学に行ったらしい。お茶会でのあの言葉はマロリーからの決別だったようだ。


留学に気づいた私は、声もかけずに出国したマロリーにショックを受け、そして、ショックを受けてる自分にびっくりした。ダビネと出会って以降マロリーへ冷たい態度を取り続けていたのだから当然だと思いながらも、マロリーが私を見限る時など来ないとどこかで思っていたらしい。


ダビネと出会ってからマロリーとの時間を取らなかったとはいえ、ガネス家には訪問していたし、学園では同じ教室に通っていた。マロリーは常に私のそばにいたのだ。


マロリーが留学に出てもうすぐ1年。こんなにも長く存在を感じないのは初めてのことだった。


ラベンダーの香りがすれば一緒にラベンダー畑を見に行ったこと、積もった雪を見れば一緒に雪だるまを作ったこと、とある曲が聞こえてくれば公爵邸でダンスの練習をしたこと、マーガレットを見れば詩を朗読し合ったこと、日常を送っているとふとマロリーとの思い出が浮かぶのだ。


一国の王として働き私的な時間など少ない父、気性が激しくて父と折り合いが悪く私には命令するばかりの母、年が離れもう自分の家庭を持っている長兄、王妃と折り合いの悪い側妃を母に持つために交流の薄い次兄、そんな家族達より余程マロリーと過ごした時間が多かったのだと今更ながら気付く。


私はなぜあんなにもマロリーとの時間を軽んじていたのだろう。


大人しい性質で、同い年とはまるで思えないあの小さい身体のマロリーがひとり隣国へ行ったのだと思うとさすがに心配だが、マロリーはもう私からの心配など必要とはしていないのだろうな。


ダビネと私はまだ婚約していない。


あのお茶会のすぐ後、父上に許可を取りに行った。父上は「1年後にまだ婚約したいと思っていたのなら認める。なぜ私が1年待つのか理由を考えて欲しい」と言い、婚約は1年保留となった。

父上の言葉を、一時的な恋愛感情では無いと証明するためと解釈し、婚約は1年待って欲しいとダビネへ伝えてからもうすぐ1年が経つ。


マロリーが留学しダビネだけになったガネス家の別邸はこの1年ですっかりスカイラーが掌握している。母方の従兄弟であるスカイラーは私がガネス家に婿入りしたらガネス家の家令になる予定で動いているのだ。マロリーの留学と共にいなくなった家令や使用人はスカイラーが領地や別荘にでも移動させたのだろう。


正直、ダビネへの情熱はすでに冷めている。それでもマロリーと決別した今、ガネス公爵家に婿入りするにはダビネと婚約するしかない。気持ちが冷めていることをダビネに気づかれないように関係を続けている。


陰気な幼子にしか見えないマロリーとは違い、輝くような美貌で天真爛漫なダビネ。マロリーが去り、ダビネだけと正面から向き合えば、すぐにその天真爛漫さはただの傍若無人だと気づいた。夢見がちで思い込みが激しく一旦思い込むと考えを改めない。そんなダビネが段々と疎ましく感じるようになっていった。


マロリーと結婚するしかない哀れな自分の前に現れた運命の相手だと思ってたというのに。


「コニー様は私の王子様なのだから」


これはダビネの考える王子様像から外れた時に出る言葉。「王子様はココアを飲まない」「王子様は行列に並ばない」「王子様はカフェを貸切にしないといけない」「王子様はプレゼントの値段など気にしない」ダビネの思う王子様像を押し付けられる度にダビネへの思いがすり減っていく。


その上、最近、ダビネは出会った当初の際立った美しさが無くなってしまった。今でも美人ではあるが、容姿が整っている者が多い貴族の中では際立って美人とはもう言えない。


出会った頃は子供と大人の間のアンバランスさの中で絶世の美しさを誇っていたが、その美しさは成長途中の短期間限定だったようだ。この1年で顎ががっしりと成長し面長になってしまった。ダビネの母親は平民。何代も美人の血を取り込んできた貴族と平民では顎や歯、骨格が違うのだろうか。


そして、ダビネの赤い瞳はこの1年で赤茶まで退色した。


ガネス公爵と同じ赤い瞳とはもう言えなくなったダビネ、婚約を1年保留した父上、ドレスや宝飾品を買い与える以外ダビネとの接点が見えない公爵。


もうすぐ父上との約束の1年。ひどく嫌な予感がする。


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コンラッド殿下がダビネとの結婚宣言をしたお茶会のすぐ後、私はお父様より命じられて隣国へ1年間留学しておりました。1年の留学を終え、今日から元の学園へ復学です。


今日は夏休み明けの始業式。始業式の行われる講堂で1年ぶりに仲の良かった令嬢に声をかけられました。


「もしかして、マロリー様ですか?」


疑うのもわかります。何故なら留学前140センチを切っていた私の身長は、今や160センチ。この1年で20センチ以上も伸びたのです。

この遅くて急激な成長期はガネス家の特徴なのです。お父様や叔父様、叔母さま、お祖父様、それ以前のご先祖様も皆もれなく17歳前後で幼児体型から成人まで急成長していたと聞いています。


長期休暇にガネス家へ帰宅するたび、大きくなる私を見たお父様は「マロちゃんの成長過程を漏らさず全部見たかったのに」と嘆いておりました。隣国への留学はお父様の指示だというのに、難儀なものです。


「お久しぶりです。急に大きくなったのでびっくりさせてしまいましたか?」


「まぁ!あの天使のようにお可愛らしいマロリー様がたった1年でこんな艶やかな女神様になったなんて!なんて素敵なの!お母様から“ガネス公爵家の変身”のお話は聞いてましたが私も実際に見ることができて嬉しいですわ」


“ガネス公爵家の変身”とは言い得て妙です。きっとそのお母様は、私のお父様の急成長に驚かされた方なのでしょう。そして、天使から女神はさすがに言い過ぎです。


始業式のために集まってきた他の生徒達も私を見てびっくりしているのがわかります。その中にコンラッド殿下もいらっしゃいました。


「マロリー?なのか?」


王族に話しかけられたので無視するわけにはいきませんね。


「お久しぶりですコンラッド殿下。マロリー・ガネスです」


そう言いながらカーテシーをしてる時もずっと、全方位から注目されているのがわかります。


コンラッド殿下は1年前までと同じように側近の3名とダビネの5人で固まっておりました。ですが、殿下達とダビネの間に距離があるように見受けられます。1年前は所構わず腕を組み常に見つめ合う熱愛ぶりだったというのに。“運命で真実の愛”もその情熱は1年と持たず冷めてしまうのでしょうか。


「えっお姉様?」


まだお姉様と言ってくるのかと呆れた目線をダビネへ向けました。あら。私の身長と同じようにこの1年でダビネの顎も成長したようですね。顎周りがガッチリしたことでかつての美しさは見る影もありませんが、それでもまだ美人の範囲内には収まっているのではないでしょうか。


コンラッド殿下とダビネの間に距離ができたのはダビネのこの容姿のせいでしょうか。殿下の真実の愛の薄っぺらさに呆れます。


さて、ダビネはいつもの姉妹を否定する言葉を言われた時のために悲しい顔の準備に入っていると思われますが、実は昨日ダビネの事情について箝口令が解禁になりました。もう我慢しないでも良いんですよね。


「あなたは私の妹ではありません。お姉様とは呼ばないで下さいと言うのもこれで最後です。明日以降は罪となりますので本当に注意してください。……ダビネ・バートリさん、王家からの命令で3年前より当ガネス家であなたをお預かりしておりましたが、昨日でその任務が完了いたしました。3年前に説明した通り本日からガネス家とあなたは関係がなくなります。バートリさんはガネス家の行儀見習いのお話もお断りされましたし、私とバートリさんの間に親交はございません。今からは公爵令嬢とただの子爵令嬢となります。これからはそれをわきまえてくださいね」


周囲の生徒達が一斉に黙り、私たちのやり取りに集中します。そろそろ始業式が始まる頃合いかと思うのですが、教師の方々までこのやり取りを窺っているようです。これが終わるまで始業式は始まらなそうです。


「えっ?お姉様、バートリとか子爵令嬢とか意味がわからないのですが。何をおっしゃってるの?」


「だから、二度とお姉様と言わない様にと言ってます。あなたの名前はダビネ・バートリ。本当の父親は昨日重要な任務より帰還したバートリ子爵です。その任務の守秘のために当家でバートリさんをお預かりしていたのです。昨日バートリ子爵が公爵邸へお礼に来ましたが、そのピンクの髪と赤茶色の目がバートリさんとそっくりでしたよ」


バートリ子爵は抜け目無い印象のギラギラとした中年でした。顔の造形はダビネと似てませんでしたので、ダビネは母親似のようです。どうでも良いですが。


これを機会にガネス公爵家と関わりを持とうと意気込んでいたバートリ子爵ですが、この3年間のダビネについて話を聞いた後は、意気消沈し消え入りそうな状態でダビネを引き取らずに帰って行きました。昨日の予定だったダビネの引き取りは本日に変更になりました。


「昨日公爵邸に来た?昨日どころかこの1年お姉様は公爵邸にいらっしゃらなかったわ。すぐ分かる嘘はやめてください」


「あぁ、バートリさんは別邸のことを公爵邸だと思っているのですね。ガネス公爵家の本邸は4年前から昨年まで3年ほど改装工事をしていました。バートリさんは本邸工事中仮住まいにしてた別邸しか知らないからしょうがないのかしら?でも、私が留学してすぐに本邸の改装工事が終わり、この1年はお父様や主力な使用人は本邸に戻り別邸に行くこともありませんでしたし、私も長期休暇では本邸へ帰宅していました。当主も嫡子も家令すらいない屋敷が本邸のはずないのに、なぜ気づかなかったのですか?」


こちらの様子を黙って見ているスカイラー様のお顔が青くなっております。ダビネのことが絡むと浅慮なところも見られましたが、元々は賢い方でした。私の言葉で事態を察したようですね。


「ちなみに、今別邸に残っている使用人はバートリさんをお預かりした時にバートリ子爵から派遣された者、ガネス家の外に情報を漏らした者、スカイラー様の命令に従うようになった者、バートリさんに請われるままガネス家の規則を破った者、主人である私を蔑ろにした者などです。近日中に別邸は改装しガネス騎士団の訓練施設になります。今別邸に残っている使用人は今月いっぱいでガネス家から解雇する者達なので、来月からはバートリさんかスカイラー様が雇ってあげたら良いと思いますわ」


お母様が亡くなってお父様が気落ちしていた時、王妃様と宰相の実家の手の者と思われる使用人がその隙を狙い入り込みました。約4年前、コンラッド殿下からガネス家への定期訪問に宰相子息のスカイラー様を相伴すると言われたお父様は、すぐに本邸の改装工事を決め、別邸へ拠点を移しました。お父様はスカイラー様を使い使用人を見極め、本邸の改装工事のどさくさに紛れて不要な使用人を一掃することにしたのです。間者達は中々尻尾を掴ませなかったようですが、当初計画に入っていなかったダビネが良い働きをし、さらにダビネのことでスカイラー様が調子に乗ったことで首尾よく一掃が済みました。


「私はガネス公爵の子よ!同じ赤い目をした公爵が孤児院まで迎えに来てくれたもの!孤児から公爵令嬢になった私は王子様と結婚して幸せになるのよ!」


ダビネが喚き立ててます。隠してきたその荒い気性を晒してしまうほど思い詰めてるのでしょう。

公爵令嬢にはなれませんが、王子様と結婚して幸せになることはまだ可能性が残っていると思うので、何がそこまで不服なのかわかりません。


ダビネは父親が誰か知らないまま平民の母親と2人で市井で暮らしていたそうです。

ダビネが13歳の時、母親が病気で亡くなり孤児院に預けられました。人を使い密かにダビネ母娘を守っていたバートリ子爵は王家の極秘任務で国外におり、任務が完了する3年後までは帰国できませんでした。

バートリ子爵から母を亡くした庶子の存在を聞かされた陛下は、孤児院では任務の状況次第で誘拐され人質に取られる可能性があるし、バートリ子爵家に連れて行ったら子爵不在中の子爵夫人に暗殺される可能性があるし、任務を秘匿しておくためには王家で直接囲うわけにいかないしと、悩みました。悩んだ末に陛下は、その極秘任務には関わりがないガネス家へ、目眩しになるようにダビネを預かってほしいと頼んできたのです。


そしてダビネは、孤児院に迎えに来た、自分と同じ赤い目をした美しいガネス公爵を自分の父親だと思い込んでしまったのです。


「『詳しいことは事情があり説明できないけど本当の父親が迎えに来れないためにガネス公爵家で預かることになった、ガネス公爵家では3年預かるだけ、3年経てば本当の父親が迎えに来る、ガネス家と養子縁組はしていない、本当の父親から侍女・護衛・家庭教師が派遣されるので貴族の常識や礼儀作法を彼らから習うように、買い物は立て替えるだけで代金は後でまとめて本当の父親に請求する、15歳で貴族学園に入る場合はガネス家の遠縁と偽りダビネ・レーと名乗ることになるが本当の父親が戻ってきたら学園の途中で元の名前に戻ることになる、ガネス家への行儀見習いになり貴族学園へ行かないという選択肢も用意する』バートリさんがガネス家に来た日にガネス家当主であるお父様から説明いたしました。そしてバートリさんが何か勘違いしていると思われる言動をするたびに家令からも改めて説明しておりました。本当に何度も何度も家令に説明されているバートリさんを見かけていたから私まで内容を覚えてしまいましたもの」


私が数えきれないほど「お姉様と呼ばないで」と言わされたように、家令も何度も説明しておりました。それでもダビネは一旦思い込んだ考えは絶対に改めないのです。どこから極秘任務の事情が漏れるかわからないためにバートリ子爵の名前は明かせません。「ガネス公爵は父親ではない」と何度言い含めても考えを改めないダビネの話の通じなさに恐怖を感じることもありました。


私は、ダビネはそのことを認めたくないだけで理解していたはずと思っています。

なぜならダビネはダビネ・レーという名前で入学したのに、勝手にダビネ・ガネスと名乗り、ダビネ・レーの名前は必死に隠していたようなのです。試験結果の掲載に名前がなかったのは、ダビネ・レーという名前が掲載されないようにわざと試験の手を抜いていたのでしょう。1年以上1教科も40位以内に入ったことが無いなんてさすがにありえません。


ドレスなどの購入に関しても、ダビネがドレスや宝飾品などを購入する際は、“一旦ガネス家で立て替えるが3年後にまとめて請求する”という旨の書類に毎回サインをしていたのです。後で聞いていないとは言わせないように、家令は書類の読み上げまでしていたと聞いてます。


その自分で購入したドレスを、ダビネは周囲に「ガネス公爵から買ってもらった」と言いふらしていました。その理由がわからず困惑する私に、家令が「自分の都合の良いように妄想した物語の通りにしたいのだと思います」と言ってくれましたが、それを聞いても私には理解できませんでした。


「先ほど『王家からの命令』と言っていたのは本当か?」


狼狽しているダビネを気にもかけず、コンラッド殿下が問いかけてきました。


「はい。バートリさんが当家に来た際、“王家からの命令で預かることになった”と父に言われました」


にっこりと笑ってそう答えると、元々は優秀な方達です。それだけで事情を察したのでしょう。コンラッド殿下と側近の方々が絶望したお顔になっております。


ダビネは王家からの命令でガネス家で保護されていたバートリ子爵の庶子。


ガネス公爵と同じ赤い目をしているバートリ子爵令嬢のダビネがガネス公爵の庶子と勘違いされると分かっていながら陛下はガネス公爵に預けた。ガネス公爵もそれを分かりながら受け入れた。

陛下と公爵の権力を以てして、ダビネがガネス家に来てから出た“ガネス公爵の愛人の子”という噂が消えなかった。すなわち2人はその噂を消さなかった。


そして、コンラッド殿下と王妃様がダビネをガネス公爵の庶子だと勘違いしていても、陛下はその勘違いを正さなかった。


つまりは、陛下とガネス公爵の目的は、コンラッド殿下と王妃様にダビネがガネス公爵の子だと思い込ませることだった。


「王命で預かった」という言葉で、コンラッド殿下のガネス公爵家婿入りを防ぐために、陛下とお父様がダビネを利用していたことに気づいたのでしょう。


事前に孤児院で観察すればダビネの性格や性質など簡単に把握できます。孤児の平民から貴族令嬢になり王子と出会う、まるでおとぎ話のような展開です。夢見がちなダビネが出会った王子様に恋をするのは私でも予想できます。


きっと陛下は自分の息子が面食いなのを心得ておられ、あの美貌のダビネに狙われれば恋仲になるとお考えになったはずです。現にコンラッド殿下はダビネと出会って10日と経たずに私へ冷たい態度を取り始めました。


ダビネがガネス家に来る直前、お父様は私と家令に「バートリ子爵令嬢がガネス家の令嬢だと認める言動をしてはいけないし、バートリ子爵令嬢から間違ったことを言われたら必ず否定する姿を周囲に示すように」と指示しました。

ダビネがバートリ子爵令嬢だと露見させた際に、ダビネがガネス公爵の愛人の子などとはガネス家が認めたことはないし周囲が勝手に勘違いしていたのだと示すためです。


“コンラッド殿下とバートリ子爵令嬢を公然たる恋仲の関係として周知させる”

“マロリーのコンラッド殿下への思いを断ち切る”

“面食いのコンラッド殿下がバートリ子爵の任務終了までに成長後のマロリーを見ないように留学させる”

“留学先でマロリーと婚約者候補の相性を見る”

“ついでに、不要な使用人を一掃する”


これが留学直前にお父様から打ち明けられた計画です。お父様は私の恋心に気づいており、どうにか失恋させようとしていたのです。それを聞いた日はお父様の身勝手さにとても腹が立ちましたが、結婚できないコンラッド殿下のことを好きなままでいるよりは無理やりでも失恋させられた方が良かったのだと、今では思ってます。


留学の理由も、私が成長したところでコンラッド殿下が私を好きになることはないから留学しなくても良いのではと思いましたが、親の欲目の前では何も言えませんでした。


ダビネの散財を聞いて意気消沈していたバートリ子爵ですが、約5年ぶりに会う子爵夫人に庶子を引き取ることと、その庶子が公爵家で散財した代金を支払わないといけないことを言わねばならないからでしょう。ダビネをきっかけに公爵家と縁を持てていればまだましでしたが、それもありません。

コンラッド殿下とのご縁はありますが、陛下と折り合いの悪い王妃様に逆らえない殿下の気質と、ダビネの異母兄の嫡男がいるバートリ子爵家ではコンラッド殿下の婿入りはありえないこと、王子妃になるための持参金を子爵家では払えないことなどから旨味がないと判断したのでしょう。

お父様曰く、バートリ子爵夫人はダビネを暗殺しかねないと判断される程度には気性の激しい方らしいです。バートリ子爵は今頃、ひどく絞られていると思われます。

ダビネの散財による代金の支払いの件ですが、長年の極秘任務の報奨金にその分の金額を上乗せするからバートリ子爵に損は無いとお父様から聞いております。昨日それをバートリ子爵へ言わなかったのはただのお父様の嫌がらせでしょう。お父様はダビネより私を可愛がっていることが露見しないよう、人前で私と距離を取っていたことに相当な鬱憤を溜め込んでいたようです。


ダビネは思い込みが激しく性格と成績が壊滅的に悪かっただけ。罪になることはなにもしておりません。王家とガネス家としては企みに利用したことで取り返しがつかないほどの汚名を着せてしまったお詫びにと、今日までの不敬を不問とし、散財していたドレスや宝石をそのままダビネのものとしました。

あのドレスや宝石程度で賄える汚名だとは思えませんが、ガネス家に来た際に事情は説明され、その後も私と家令から指摘され続けたというのに、ダビネが無視したことでできた汚名です。致し方ありません。

明日からは公爵家と関係のない子爵家の庶子となるだけです。明日以降もコンラッド殿下と愛を育んでも特に問題ないのです。

喚くのに疲れたのか意気消沈して佇むダビネは昨日見たバートリ子爵にそっくりです。


こちらの様子を見ていた学園長ですが、もう大丈夫と判断したようです。始業式が始まりました。


始業式中、コンラッド殿下が私の方を見つめていることには気づいてます。もう私と殿下の道は違えたのです。私はコンラッド殿下の視線を無視し、明日予定している婚約者候補とのデートに思いを馳せました。


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[良い点] 典型的なクズ男と思い込みMAXの勘違い女のザマァでしたね良かった主人公幸せにおなり(≧▽≦) [気になる点] 新しい婚約者がちょっと気になりました [一言] ザマァ大好きなんですありがとう…
[良い点] 読みやすかったです。また読み返したくなります。ダビネは思い込み強すぎ&おバカすぎですけど(強く生きろ…)、それを見抜けないどころか利用してた貴族男子諸君のヤバさが際立ちました…(特に家令に…
[一言] 何故この手の話の馬鹿男は、その力があるのに事実確認を怠って思い込みが強いんだろうか。 ヒロインもいつまでも未練がましくて、いつになったら吹っ切れるんだろうとモヤモヤしてしまいました。 最終的…
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