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モンスター・テイマーズ  作者: 阿玉やな
1/1

モンスター・テイマーズへようこそ

「ログインに成功しました。モンスター・テイマーズの世界へようこそ」


 無機質な機械音声が聴覚を刺激する。白く果てのない世界に半透明なウインドウが浮かんだ。

 慣れた手つきで指を滑らせ、プレイヤーネーム、初期装備を選択していく。


「名前はピーネ、見た目はランダム三回、初期装備は槍っと」

「キャラクターメイクが完了しました。それでは良い旅を」


 ピーネの独り言に反応したわけではないだろうが、キャラメイクが完了したことを知らせるシステム音が響く。

 真白の世界に色が出現し、視界を埋め尽くしていく。現実から仮想への跳躍。この感覚は何度経験しても慣れない。最高に心が躍る。

『モンスター・テイマーズ』は今日からサービスが開始されるモンスター育成型MMORPGだ。プレイヤーはゲーム開始時に卵を与えられ、その卵から孵るモンスターを育成することがゲームの主目的となる。いかなるモンスターであっても初期ステータスはすべて共通で、モンスターを倒したり、クエストをクリアしたりすることによって育成アイテム『魔結晶』が手に入る。それを食べさせることでステータスの上昇、スキルの習得が可能だ。


「待ってろよモンスター・テイマーズ!遊びつくしてやる!」





 虚構のトンネルを抜けた先は淡い光で満たされた教会だった。何かを祀っているらしい祭壇の前には、神官服を着た男が立っている。五感を確かめるように体を動かし、手を開閉させた後に前に進む。


「お待ちしておりました。旅人よ」


 威厳に満ちた、それでいて包容力のある声が光の間を抜けてくる。空気を読んで膝をついてみる。


「面を上げられよ旅人、汝らは何物にも縛られぬ存在。それはこの教皇にとて例外ではありません」

「はは、かしこまりました」

「けれども礼節ある立ち居振る舞い、感謝します」


 教皇と名乗る人物は笑みを浮かべ、祭壇の前を譲るように横に移動した。


「では卵産の祭壇にて祈りを捧げ、汝の相棒を授かり給え」


 男の言葉通りに祭壇の前に立ち、両手を組んで祈りをささげる。


(あたりモンスター来い!あたりモンスター来い!)


 祈りが届いたかどうか定かではないが、アイテム獲得を知らせるファンファーレが鳴り、ウインドウが開かれる。同時に目の前に群青の卵が現れる。ピーネはそれを慌てて抱えた。


【相棒の卵を手に入れた】


「無事に授かれたようですな、では旅人よ。その扉から旅立ちなさい、そなたの旅路に幸福があらんことを」


 穏やかな翁の声を背に受け、光で構成された扉をくぐる。世界を渡る音が鼓膜を打った後、視界が切り替わる。

 旅の始まりに相応しい壮大な音楽が流れ、大きな文字が視界に表示される。


【イルテンション〈プローパー〉】


 マップの名前だろうかと考えを巡らせるうちに文字が消えていく。開けた視界には、風を受けて波を打つなだらかな草原が広がっていた。

 仮想の世界とは思えないリアリティである。


「よっしゃー!来たぞモンスターテイマーズ!話には聞いていたけど超リアルでやべー!これ開発費いくら使ったんだよ!」


 街中で見たら人によっては通報されそうなテンションで騒ぐピーネ。しかしそれも無理はない。これまでピーネはいくつかのVRゲームをプレイしてきたが、ここまで見事な映像美を実現しているものに出会ったことはなかったのである。そしてそれは多くのプレイヤーにとっても同じであった。ピーネと同じようにいかにも初期装備といった面々がそこかしこで歓声をあげている。それを見てピーネは我に返った。


「そうだ感動してる場合じゃなかった、急げー!」


 ピーネはこのゲームでの目標があった。それは常に攻略最前線にいること。ゲーマーであればそこまで珍しい目標ではないだろう。その証拠にピーネと同じように走り出しているプレイヤーもいた。ピーネは彼らとは逆方向に駆け出した。


(始まりの町になんて誰が行くかよー!)


 心の中で叫びながら走っていく。そんなピーネを見てか追随する者たちもいた。


(似たような考えのやつもいるわな、こうなったら全員引き離したらあ!)




「ベイシス・ランス!」


 槍スキルレベル1『ベイシス・ランス』を受けて蛇型モンスター『リトル・リザード』が光の泡となって世界に溶け行く。


「おっとと、槍が地面に突き刺さっちまった」


 地面を攻撃した場合武器が突き刺さる仕様になっているらしい。そんなところまでリアルにしなくてもと思いながら槍を抜く。

 モンスター・テイマーズではスキル名を叫び、特定の構えをとれば自動的に技が繰り出される仕組みとなっている。この場所にいたるまでに十数回繰り返された動作は、凄腕の槍使いと言っていいほど洗練されていた。あくまでもベイシス・ランスに限った話ではあるが。

 ピーネは片手に抱えていた卵を確認し、しっかりと抱えなおした。卵はインベントリに入れることも可能だが、絆レベルという表記が気になった。察するに多く相棒モンスターと触れ合うことで何らかのボーナスがあるのではなかろうか。


「早く生まれて来いよ、相棒」


 まだ見ぬ相棒に語り掛け再び走りだす。

 ピーネはスタート地点から北東に向かって一時間ほど走り続けていた。道中の村々を無視し、敵NPCも極力回避してひたすら走っていた。気づけば敏捷スキルレベルが3まで上がっている。ピーネと共に駆け抜けていたプレイヤーたちも途中の村やフィールドにつられて消えていった。残っているのはピーネともう一人だけ。時には追い抜かされ、抜き返し、二人きりの突進劇は未だに続いている。

 モンスター・テイマーズにはスタミナは存在せず、HPとスキルのクールタイム、ATK、DEF、AGL,いわゆる攻撃力や守備力、敏捷性の要素しかない。すなわちどちらかが諦めて先頭を譲る以外にこのデッドヒートを終わらせる術はない。ちなみにレベル5まで上がったピーネはステータスポイントのすべてをSPDに振っていた。

 あたりは草木のない丘陵地帯で、今は谷底を走っている。両サイドを崖に挟まれ、容易に登ることはできなさそうだ。草原の多いイルテンションを抜け、現在のエリア『ビルダニア』に着いたのは三十分前のことだった。


「おいおい、うそだろ」


 隠しステータスとしてのどの渇きや空腹があるらしく、先ほどから腹の虫が鳴りやまず、かすれた声しか出ていない。そんな極限状態のピーネを待ち構えたのは、断崖絶壁であった。どうやらこの谷底にはかつて川が流れていたらしく、前方の絶壁には滝が流れていたようだ。ピーネと共に走ってきた唯一のプレイヤーは言葉を失い立ち尽くしている。それを見てピーネは崖の岩肌に手を伸ばした。ここで進めば、己が最前線であると。


「やってやらあ!」


 仮想の世界であっても少なからず痛覚が存在し、ピーネを苛む。ろくに手をかけられそうなくぼみも見つからず、いつ落ちても不思議ではない。モンスター・テイマーズには落下ダメージがあったはずなので、高所から落ちれば即死だろう。しかし、それらはすべてピーネを止める理由にはなり得なかった。ピーネを突き動かす原動力は、ここまで死闘を繰り広げてきたもう一人のプレイヤーに勝ちたい、勝って自らが攻略最前線であると誇りたいというものであった。


「ふっ、よっ、ほっ。うおっ!」


 右手を伸ばしてつかんだ突起の岩が崩れ落ち、体勢が崩れて落下していく。とっさに背中に固定していた槍を抜き、崖に突き刺す。止まるかどうか確証はなかったが、フィールドに干渉できるのは先ほど槍が地面に突き刺さっていたことからわかっていた。果たしてくぼみに槍が突き刺さり、落下死を防ぐことに成功する。


「危ねえ・・・」


 下を見ると、もうすっかり地面は遠くなっていた。この高さから落ちればリスポーンは避けられないだろう。そうなれば一時間かけて走ってきた道程が無駄になってしまう。戦々恐々としながら下を見ていると、それまで立ち止まっていたもう一人のプレイヤーが動き出した。今までの停滞が嘘であったようにするすると崖を上り、ピーネに追い付かんばかりの勢いだ。下にいながら効率的に進めるルートを模索していたようである。


「負けていられねえなー!」


 心に対抗心という薪がくべられ、四肢に熱が再燃する。卵を落とさないように抱えなおし片手で登っていく。下からはすさまじい速さで登ってくる音が聞こえる。しかしピーネは振り返らず、ただ上を見て登り続けた。


「よっこら、せっ!」


 とうとう崖の頂上に指がかかり、最期の力を振り絞って体を引き上げる。勢いを殺し切れずに前転し、崖の上に大の字に横になってしまう。

 もう一人のプレイヤーを気にする間もなく、ファンファーレとホップアップが開かれた。


【サウス・トラウディア〈マウクス〉】

【称号『サウス・トラウディアの先駆者』を獲得しました】


「よっ、しゃあー」


 力の抜けた声で空に手を伸ばしガッツポーズをする。手を下ろして横を見ると、これまで競争してきたプレイヤーも寝ころんでいた。


「くっそー、負けたかあ」


 件のプレイヤーと目が合う。小さじほどの口惜しさと、それに勝る充足感をはらんだ顔をしている。きっと自分も似たような顔をしているだろうとピーネは思った。

 

「あんた、名前はなんて言うんだ?」

「ランティーグだよ、そういう君は?」

「ピーネだ、よろしく」


 初対面ではあったが、ここまでの旅路で奇妙な友情が育まれていた。インベントリに残っていたなけなしの水と食料を分け合い、地面に座って向き合った。


「ランティーグ、よかったらフレンド登録してくれないか。お前とやるゲームは楽しそうだ!」

「喜んで」


 フレンド申請が完了し、互いのプレイヤーネームが表示される。ピーネはこのゲームで初めてのフレンドに感慨を抱きランティーグを見る。


「いやー、それにしても悔しいな。あと一歩で一番乗りだったのに」

「ふっふっふ、ご照覧あれいランティーグ。これが攻略最前線の証だ!」


 そう言ってピーネはプロフィール設定の称号を操作し、先ほど入手したサウス・トラウディアの先駆者に設定した。

『サウス・トラウディアの先駆者』

エリア「サウストラウディアに初めて到達したプレイヤーに与えられる称号。


「ぐわー、まぶしい!」

「はっはっは」


 ノリの良い奴だと嬉しく思いながら胸を張るピーネ。ふとランティーグの手元を見ると、ピーネと同じように卵を抱えていた。その色はピーネの群青の卵とは違い新緑に輝いている。


「それがランティーグの相棒か?プレイヤーによって色が違うみたいだな」

「ああ、まったく可愛い相棒だよ。早いとこ動き回る姿が見てみたいな」

「全くもって同感だ」


 ここまでの道のりで卵を持ったまま移動することの不便さを痛感している二人は、深くうなずきあった。少しの間情報交換をした後、ランティーグが立ち上がる。


「さてと、そろそろ行くよ」

「おお、ランティーグはこのまま他のエリアに向かうのか?」

「ああ、誰かさんに称号を持っていかれちゃったからね」

「ははは、じゃあここでお別れだな。俺は先駆者としてこのエリアを攻略し尽くすとするぜ」


 軽口をたたき合い、去っていくランティーグの背を見送る。


「さてと、攻略再開だ」


 崖から離れ奥へ進むにつれて、針葉樹の木々が増えてきた。心なしか気温も下がっている気がする。


「こりゃ雪でも降るんじゃないか?なあ相棒」


 まだ見ぬ相棒に話しかけながら林を抜けていく。しばらく進んでいると何かが風を切る音と金属音が聞こえてきた。


「イベントフラグのにおいがするぜ」


 音のなる方向に進んでいくと、二つの人影が目に入った。一人は赤を基調とした鎧に身を包んだ大柄な者で、もう一人は比較して随分と頼りない皮鎧を着た小柄な人物であった。

 ピーネの視界の先で大きな人物が剣を振りかぶっているのが見える。走っても間に合わないと判断したピーネは、手に持っていた槍を投擲した。

 槍スキルレベル2と投擲スキルレベル1によって補正された槍はいくらか勢いを増したが、難なく剣ではじかれてしまう。

 しかし狙いはダメージを与えることではなく注意を引くことなので問題はない。


「やいやい、そこな鎧人間。武器も持たないやつに斬りかかるなど騎士の風上にも置けねえな!大した義理はないが助太刀いたす!」


 芝居がかった言い回しで飛ばされた槍を拾いながら乱入するピーネ。相手は挑発にも乗らずじりじりとにじり寄ってくる。見るからに厄介な相手だ。


【クエスト:氷龍騎士の里が受注されました】


 このクエストを初めて受けるのは自分であるという事実に僅かな興奮を覚えつつも敵から目を離さないピーネ。

 瞬間、敵の姿が掻き消えた。


「ー-っ!」


 槍と剣がぶつかり合う金属音が響く。動体視力の良さには自信があるピーネだったが、完全に敵を見失っていた。防げたのは運が良かったとしか言いようがない。


「くっ、よっ、ほっ、ぐぬう!」


 今度の斬撃は目で追えるが、槍で防御しても勢いよくHPバーが削られていく。一撃で5%といったところか。槍での防御は捨て、かわすことに専念する。


「あたら、なければ、死ぬことも、ないっ!」


 防御を捨てるということは、もし攻撃が当たれば大ダメージを食らうということである。おそらく弱点、首や心臓に直撃を食らえば一撃でHPを持っていかれるだろう。


「このバカみたいな難易度は、さてはお前、負けイベ、っか?」


 一部のクエストではおおよそ勝利不可能な戦闘が発生することがある。俗にいう負けイベである。世の中にはそんな負けイベを四苦八苦して攻略しようとするもの好きがいる。ピーネもそのような人種であった。


「難しいほど燃えるってもんだよなー!」

「おい、やめろよ!戦士と戦士の戦いに入ってくるな!」


 一人燃え上がるピーネに冷や水を浴びせるように、この場で一人戦闘に参加していない小柄な者が叫ぶ。声からして少年だろうか。けれどもその程度で消化される火をピーネは持ち合わせていなかった。


「ガキは黙って寝っ転がっときな!死に急ぐのは、俺が死んでからでもっ、遅くねえぞっ!」

「んな、俺はガキじゃない、もう一人前の戦士だ」

「とても、そうはっ、見えねえなっと」


 まだ納得していない様子の少年との言い合いを切り上げ、ピーネは敵を見やる。攻撃をよけ続ける乱入者にしびれをきらしたのか、一度手を止め、剣を大きく振りかぶっている。


「これはまずい、大技の予感」


 高威力の技が発せられる特有のためを察知したピーネは体を360度回転させて逃げ出す。


「んなっ、てめー卑怯だぞ!」


 ある程度距離をとってから振り返ったピーネが見たのは、少年に向かって大技を放とうとする敵の姿だった。考えてみれば初めから敵の狙いは少年であった。


「ま、に、あ、えー!」


 敏捷スキルを最大限に使い少年に手を伸ばす。しかしこれは、無理だ。届かない。掲げられた剣に赤い光が宿り、炎が噴き出る。焔は大気を焼き、冷えた空気を犯していく。


「ぐうっ!」


 咄嗟にピーネが取った行動は、少年と敵の間に割り込むことだった。かろうじて防御姿勢をとったが代償は大きい。剣を防いだ槍は中ほどから切断され、もはや武器としての機能を十全に果たすことは不可能だろう。HPも8割近く削られ、わずかに残ったそれも延焼の状態異常によって削られていく。もはや万事休すか。


「二度もかばわれるなんて、戦士の恥だ。もはや生きていけない、そこをどけ!意地汚く生きるくらいなら死んだ方がましだ!」


 前方には油断する気配もなく近づいてくる敵。後方には死を望む少年。文字通りに迫ってくる死神の足音に、ピーネは四肢の熱が奪われていくように錯覚する。それでもなお、だからこそピーネは吼えた。


「うるせえ!てめえに生きる気があろうがなかろうが知ったこっちゃねえ!いいか、俺には泣きべそかいてる子供を見捨てる選択肢も、そんな子供を殺そうとするやつを好きにさせる気もさらさらねえんだよ!」

「んなっ!俺は泣いてなんか」

「良いから、俺に任せとけ。お前は絶対に死なせない」


 なおも騒ぎ立てる少年の頭に手を置き、先ほどまでとは打って変わって穏やかな口調で頭をなでる。その落差に困惑したのか、少年は言葉を失う。折れた槍を握り、卵を地面に置く。大口を叩いてはみたものの、突破口は見つからない。HPは残り二割弱にまで減り、ピーネの視界は赤く染まっている。今もなお、延焼によってHPが削られている。こうなれば回避し続ける戦法も取れず、かといって折れた槍で戦いを続けることもできないだろう。


「もはや勝負はついた、そこをどけ。今なら見逃してやる」

「やっと喋りやがったな鎧野郎が」


 今まで沈黙を貫いていた敵が、初めて口を開いた。もはやピーネに勝ち目はないと判断したのだろうか。気に食わない。露ほども自身の優位を疑わないその様が。ピーネがどいた後に少年を襲うであろう凶刃が。よって、ピーネが取る選択肢はただひとつ。


「くだばれ」

「・・・さらばだ、戦士よ」


 ゲームにおいて、プレイヤーの命は軽い。死してもすぐによみがえる。そうであるならこの死を嘆く存在はいないのか。いるとすればただ一つ。生死を共にする相棒である。群青の卵にひびが広がる。失われんとする命をこぼさぬように、新たな命が世界に芽吹く。

 かの者は万物を切り裂く鋭い爪を持っていた。悠々と空を駆る翼を持っていた。敵を薙ぎ払う尾を持っていた。かの者の咆哮は敵に恐怖を、味方に勇気を与えた。すなわちその名は龍である。

 卵から飛び出した童龍は小さな体で大地を蹴り、相棒の敵に突撃した。予想外の攻撃に、姿勢が崩れる。初めて見せた明確な隙。その隙を見逃すピーネではなかった。

 折れた槍を中段に構え、敵を貫く決意を口にする。


「バーバリック・スピア!」


 槍は群青の光を纏い、高速の二連撃が突き刺さる。鎧の隙間を塗って繰り出された攻撃は、的確に急所を貫いた。それでもなお。


「一割も減らねえのか」


 万事に力を尽くしても、届かぬ圧倒的な壁。理不尽さを感じるとともに、どこか満たされていた。


「神ゲーだぜ、まったく」


 ここまで熱くなれるゲームには久々に出会った。少年を助けられなかったのは残念だが、やれるだけのことはやった。そんな諦観を含んだ言葉だった。

 体勢を立て直した敵が再び剣を構え、一言。


「見事」

「うるせえ」


 笑みを浮かべたピーネの眼前に、剣が振り下ろされる。寸前。


「グングニル!」


 白い光を纏った巨大な槍が、敵を貫いた。立っていられないほどの衝撃波に襲われて、ピーネは尻餅をつく。敵は吹き飛び、光の泡となって消えた。


「ーーっ、無事か小僧!?」

「あ、ああ」


 背後の少年はどうやら無事らしい。


「相棒も無事か、さっきは助かったぜ」

「クルルルゥ!」


 生まれ落ちたばかりの相棒は先ほどの攻撃に巻き込まれることはなく、ピーネのそばに避難していた。子犬ほどの大きさに、未成熟ながらも翼、爪、尾を持ち、群青の鱗で覆われた姿はまさしくドラゴンだ。これはかなりの当たりを引いたのではないか、と喜ぶ間もなく相棒が唸る。


「グルルルウ」

「そうだ、この槍はいったいどこから飛んできやがった」


 味方か、敵か。あるいは他のプレイヤーか。とはいえ、ピーネがあれだけ苦戦した相手を一撃で屠れるプレイヤーがいるとは思えない。そして現在もピーネと少年に危害が加えられていないことから推測されることは。


「見事な戦いぶりだった。アスピレイを助けていただき感謝する」

「やっぱり味方か。はー!助かったー!」


 木々の奥から白銀の竜、ワイバーンだろうか、に乗った男が現れる。男は地面に飛び降り、ピーネに向けて一礼した。ピーネは緊張の糸が切れ、脱力して地面に倒れこむ。その上に小さな影が飛来し顔を嘗め回してくる。未だ小さき相棒だ。


「はは、くすぐったいぞ」

「きゅるるる」


 甘えるような鳴き声に応え、頭をなでてやる。ひんやりとしていて、鱗に覆われた硬い感触が手に広がる。なで心地が良いとは言えないが、喜ぶ姿を見ていると無限になでていたい気持ちに襲われる。


「に、兄さん・・・」

「アスピレイ」


 そんなピーネをよそに、兄と呼ばれた男が少年、アスピレイに近寄る。少年は目を伏せておびえている、否。どこか気まずそうな表情をしている。


「その、あの・・・」

「いろいろと言いたいことはあるが、まずは何より、無事でよかった」

「ー-っ、・・・ごめっ、ごめんなさい」


 男がアスピレイの頭をなでながら優しい声音で語り掛けると、嗚咽を押し殺しながらアスピレイが男に抱き着いた。見知った相手の腕に抱かれ安心したのか、大きな声をあげて泣き出した。


「ほら見ろ、やっぱり泣いてるじゃねえか。なあ?」

「きゅるる?」


 ピーネに頭をなでられたまま蒼龍は首をかしげる。それを見てピーネはほほ笑んだ。

 しばらくして気持ちが落ち着いたのか、アスピレイは泣き止んだ。目元がすっかり赤く腫れている。どこかバツが悪そうに斜め下を向いている。


「お見苦しいところを見せてしまった。改めて感謝を、旅人よ。私はグングニル・ドラグーン。竜騎士の姓を預かる者だ」

「いや、こちらこそ助けられた。ありがとう。俺はピーネ。こっちは相棒の・・・。ブレイブだ」

「そうか、ピーネ。ブレイブ。勇敢なる戦士と幼龍よ。改めてお礼がしたい。我らの里までご同行願えないだろうか」

「おお、そいつは願ってもない。さっきの技についても教えてくれよ」

「グングニルか、もちろん構わないとも。弟を救ってくれた礼もある。・・・そうだ」


 グングニルは傍らのアスピレイに目線を合わせて言った。


「アスピレイ、助けていただいた御仁らにお礼を」

「で、ですが兄さま。僕は戦士の決闘をしていたのです。それを邪魔された相手にお礼など」

「確かに戦士の決闘に介入することは無礼とされる。だがな、それ以前に人間として、命を助けられた相手に礼も言わない方が無礼だとは思わないか?」

「・・・。助けていただき、ありがとうございます。礼を失した言動、申し訳ありません」

「あいよ、子供は少し生意気なくらいが可愛げがあるわな。ドラグーン殿?」

「寛大な言葉に感謝を。ピーネ殿」


 軽口をたたきながらもピーネは感心していた。まさしく高潔なる武人といった立ち居振る舞いをするグングニル。彼とは仲良くできそうだ。


「そういえば、あの鎧野郎はいったい何だったんだ?」

「話せば長くなる。里へ向かう道中でお話ししたいのだが、いかがだろうか」

「了解。それで構わねえぜ」

「ではご案内しよう。我ら氷龍騎士の里へ」




 

 


『氷龍騎士の里』

謎の騎士との対決 → 一定時間耐久する →NEXT

         ↓

         → HPが全損する  →?


『ピーネ』

レベル5

HP 108 

ATK  1

DEF  3(+2皮鎧)

AGL  9


 1レベル上がるごとにステータスポイントが1付与。5の倍数ごとに5ポイント付与。HPはポイント付与とは別にレベルごとに1、5の倍数ごとに5増加。


スキル

槍  レベル2 ベイシス・ランス バーバリック・スピア

敏捷 レベル3 ダッシュ+2

投擲 レベル1 

登攀 レベル1


『ブレイブ』

レベル1

HP 100

ATK  1

DEF  1

AGL  1

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