09
「二人ともちょっとごめんなさいね」
「あぁ、構わないよ。私はもう終わるところだ」
「私もここに全部あるので大丈夫です」
ユキが持ってきた桶の中には持ってきた全ての衣服が入っていた。
ハリー夫人は持ってきた服を川へ放り投げた。
流れがゆっくりな川なので勢いよく流れていくことはなく、たゆたうように流れている。
「〈水よ、渦巻け!〉」
ハリー夫人の前に光り輝く、急いで書かれた荒っぽい丸が現れる。
その丸の中に雫を想像させる形が浮かび上がる。
それは魔方陣だった。
途端、先ほどまで静かだった川の一部が渦を巻き始め、ハリー夫人が投げた衣服がその渦に巻き込まれる。
しばらくしてハリー夫人が口を開く。
「〈解除〉」
その一声で魔方陣は消え、荒れ狂っていた川はいつもの穏やかさを取り戻した。
「〈風よ、舞い上がれ!〉」
次もまた同じように荒っぽい丸が浮かび上がり、今度は丸の中に斜め横の三本線が現れる。
水面から衣服が舞い上がる。
そしてあちこちからの柔らかな風に一分ほど吹かれ、ハリー夫人の手元へ戻ってきた。
「風で畳めればいいんだけどねぇ、さすがにそんな器用な魔法はできないわ」
「私たちにそんなことできるわけがないさ」
ハリー夫人は「それじゃあ、また」と言い残して、来たとき同様にスカートを翻しながら走って帰っていった。
「魔法は便利なんだけど、魔力量が少ない一般人じゃ疲れるからね。きっと彼女、夜は疲れ果てて深い眠りにつくだろうね」
困ったように笑いながらフォーマ夫人は自分の洗濯桶を小脇に抱え立ち上がる。
「それにこの国では、あの魔法以外のものを女が使うと嫌な顔をする奴らが多いから、普通の生活をするには魔力なんて無くていいんだよ」
フォーマ夫人はキラキラと光り輝く川を見て、目を細める。
「静かで穏やかな女であること。慎ましく旦那の後ろに控える女であること。非力で可憐でたおやかな女であること」
その視線を川からユキへ向ける。
「これがこの国の女のあるべき姿らしい」
馬鹿らしいだろう、と彼女は呟いた。
「非力だったら畑仕事も牛の世話もできるわけないだろうに」
日に焼けた逞しい腕が洗濯桶を抱えている。
フォーマ夫人は確かに可憐とはかけ離れている。
明るい太陽のように豪快な人だ。
「ユキ、お前はどういう生き方をするんだろうね」




