08
ユキが生まれたのはヴィクトワール王国の北東に位置する小さな村チェスプリオ。
村人は畜産や農業を営み、慎ましく生活していた。
他所から来る人は少なく、数年に一度駐屯兵が変わるくらいだ。
「おはよう、ユキ」
「おはようございます」
朝は近場の川に洗濯をしに行く。
先に来ていたフォーマ夫人がユキに声かける。
「都会はこんなことしなくても洗濯機とかで洗っちゃうんだけどね。まぁ、昔から毎日やっていればなんとも思いはしないわ。それに水も綺麗だしね」
覗き込むと底が見渡せるほど透き通っている。
太陽光に反射する水面が美しく眩しい。
この川を使う際には、極度に汚れたものは別のところで一度、ある程度の汚れを落としてから洗うのが条件であるため、川はユキが生まれたときから汚れることなくいつも美しかった。
いつものように洗濯板でゴシゴシと洗っていると後ろから急ぎ足で駆け寄る音が聞こえた。
「あら、ハリーさん。お急ぎね」
ハリー夫人は片手に洗濯桶を抱え、スカートが翻るのも気にせず走ってきた。
「そうなのよ、旦那が急に中央都市に出張が決まったから洗濯物洗っちゃわないと足りなくて!そんな大事なこと急に言われたって困るわよ!その辺に放っておくだけで、洗濯物が綺麗になってると思わないでほしいわ!」
ハリー夫人の声に驚いた鳥たちが空へと逃げた。
ユキとフォーマ夫人は顔を見合わせて苦笑する。
「ユキちゃん、この世界の女は立場が弱いわ。俺が稼いできてやってるんだから、家のことは女が完璧にやるのが当然だろっていう男が大多数。アングレカムさんが珍しいだけ」
急いでいるが、どうしても誰かに愚痴を言わないと気が済まないのだろう。
旦那の愚痴をハリー夫人はぶちまける。
「家のことだってやるけれど、それに畑の手入れもしなくちゃならないし、それで疲れてぐったりしていると老けたなお前、とか言われちゃって」
「何もかも完璧にやって、美しいままでいろってそれは無理な話だよ」
思い当たる節があるのか、フォーマ夫人も苦虫を嚙み潰したような顔をした。




