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宿屋に入ると先程の母子が迎えてくれた。
「お客さん、見苦しいところを見せてすまなかったね」
母親が頭を下げると隣でサーリャも同じように頭を下げた。
「いえ、お二人に怪我が無くてよかったです」
そう言うと二人は安堵の表情を浮かべた。
「お部屋はこちらです」
案内されたのは二階の一番奥の一室。
白いシーツのベッドと決して広いと言えないテーブルと椅子が一脚。
小さなランプ。
それだけの質素な部屋だった。
「夕飯の時間になりましたら、またお呼びしますね」
そう言ってサーリャは部屋の扉を閉めて出て行った。
荷物を置いて、窓を開ける。
ふわりとユキの髪がなびく。
窓の外を見下ろすと男の子と女の子が楽しそうに走り回っている。
宿屋の主人とその娘であるサーリャは先程あんな目に遭ったのに、何事もなかったかのように仕事を再開した。こういうことは日常茶飯事なのだろうか。
この街は綺麗だと思った。
行き交う人は楽しそうに笑っている人が多かった。
それでも、それが全てではない。
目に見えるものだけが全てではないのだ。
汚い部分も、苦しいことも、この街には沢山あるのだろう。
「君たち、そろそろ暗くなるから帰りなさい」
警備兵の声に子どもたちは「はーい」と返事をし、来た道を戻って行った。
日が沈む。
これからこの街は闇に包まれる。
それでも多くの街灯が人々を明るく照らすだろう。
それに安心している街の人々は娯楽を求め、歩く。
街灯と街灯のその僅かな闇の中で襲われることも知らずに。
それがこの街。
ヴィクトワール王国の要、アズカルスなのだ。




