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男は女性の腕を離したかと思うと、今度は娘の腕を引き、そのまま連れ去ろうとする。
「サーリャ!?」
「おら、行くぞ!」
薄汚い笑みを浮かべた男が振り向き、そのまま走り出そうとした瞬間。
彼の顔面に痛みが走った。
「ぐがっ!?」
なんとも情けない悲鳴が上がる。
膝をつく男の前にいたのは燃えるような赤い髪の色をした女性。
その拳には赤い血がべっとりとこびりついていた。
その光景を見ていたユキは、目を疑った。
彼女は向かい側から歩いてきて、そのまま男の後ろをとった。
そして男が振り返ったと同時に右拳を顔面に叩き込んだのだが、それをやってのけたのがあんな華奢な美人であること。その事実が信じられずにいた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
彼女は座り込んでいたサーリャに汚れてない方の手を差し伸べる。
その際に後ろで三つ編みに結われていた髪がさらりと前に垂れる。
「あ、はい」
サーリャの先ほどまで青ざめていた顔に血の気が戻る。
真っ青な顔が今では真っ赤になっていた。
どことなく目がとろんとしているのは気のせいだろうか。
「お母様もご無事で?」
サーリャの母は大粒の涙を浮かべ何度も頭を縦に振った。
「女性ですので、あまり無茶をしないように。何かあればすぐに警備兵を呼んでください。ですが」
彼女はそう言ってサーリャの母の手を握る。
その顔は慈愛に満ちた優しい表情だった。
「娘を守ろうとするその姿。大変ご立派でした」
「オサナーン様っ」
泣き崩れる母親に娘が寄り添う。
そんな中で、男は真っ赤になった顔面のまま駆け出した。
痛みで涙や涎をまき散らしながらユキの方へ走ってくる。
「どけぇぇぇっ!!」
ナイフを懐から取り出し、その切っ先をユキに向ける。
「危ない!」
オサナーンと呼ばれた女性が声をあげる。
ユキはタイミングよく横にずれ、男の足に自らの足を引っかけた。
「うぉ!?」
見事に顔面から地面へ転がり込んだ男の上から声が降ってきた。
「どけと言われたので、どきましたけど」
それはユキの声だった。




