水無月の夜にひらめく悪巧み
時は2019年。まだ地球上で例のコロナウイルスが暴れ回っていない平和な時代だった。
その春だったか、週刊少年ジャンプでラグビー漫画が連載を開始した。一話を読んで「個人的には興味深く読めたがこれは打ち切られそうだ」と感じた。予感は不幸にも的中してしまい年内に打ち切られた。
タイミングは間違いじゃなかった。この年の9月から11月にかけてラグビーワールドカップが日本で開催され、この競技に対する注目度は普段より高まっていた。
そして本番においても開催国がアイルランドやスコットランドといった強豪を破り過去最高の成績を残すなど、想定以上の盛り上がりを見せたのは記憶に新しいところである。
それにほんの少し先んじての連載開始だから、軌道に乗ってさえいればリアルの盛り上がりと相乗効果でさぞかし人気も出ただろう。7月開始のドラマ「ノーサイド・ゲーム」の如く。しかし現実にはリアルでの盛り上がりとは全く関係なくひっそりと巻末に掲載されていた。厳しい世界だ。
それにしてもラグビー漫画はなかなか当たらないのにドラマだとラグビーとサッカーの両フットボールで回していた60年代の青春学園シリーズから言わずと知れたスクールウォーズなど結構ヒット作があるのは興味深い現象だが、そこを分析する資料はないので言及するのみに留めておきたい。
ところで私も花園で行われた試合を見に行った。素晴らしい光景だった。美しいグリーンの芝生を鍛え抜かれた男達が駆け抜けるドラマの行く末は誰も分からない。だからこそ目の前で行われるプレーに対して素直に興奮出来るのだ。
トライか凌いだかギリギリのプレーをTMOで判定する。大型スクリーンに再生される様々な角度からのスローモーションを私も含めた観客全員が固唾を呑んで見守る中、グラウンディングの決定的な証拠が大映しにされた瞬間のあの爆発的な歓声!
スポーツって本当に楽しいものだ。だからこそ翌年の東京オリンピックもきっと成功してくれれば良いな、いや、必ずやれるだろうと信じていたのだが……、なかなかままならぬものだ。
テレビで見守るのも面白かったけど、やっぱり生でしか摂取出来ない成分ってのはあるわけで、ロードレースやマラソンなどスタジアムを飛び出して行われる一部競技を除いて基本的に無観客で行われたのは仕方ないのだが致命的な行為だった。
だからこそ今すぐ疫病退散してくれれば良いのだが、病気が収まる前に人類同士のいがみ合いしてる場合じゃないぞロシア! 即刻ウクライナから立ち去れ!
ともあれ本題はジャンプのラグビー漫画だ。しかしなぜ私は一話を見てあのような感想を抱いたのだろうか。このラグビー漫画の作者は実際にプレーした事もあるようだが、自分は楕円球を触った事もないし注目し始めたのもせいぜい2015年大会で南アフリカに奇跡の大金星を挙げて以来のニワカに過ぎない。
そんな自分がこの作者よりも上等なものを果たして作れるだろうか。仮に自分がラグビーを題材にお話を作るとなった場合どういう設定にするだろうか。そんな事を色々考えたりした。
そして6月11日、やろうと決めた。
まずは主人公だが、ポジションが攻守の要たるナンバーエイトなのでエイトくんとあっさり決めた。安直なんてもんじゃないが、元々は読み切り短編で考えていたのでそこで凝る意味もないと考えていた。
そしてヒロインと主人公の弟を決めた。ベースは古い方の東京オリンピックが開催された頃に人気だった漫画だったりするが、なかなかああいう感じの面白さは出てこない。
ヒロインは主人公の活躍を広報する新聞部、つまり現地に来て試合を見て勝ったと報道する役割なので古代ローマの英雄が残した有名な言葉「来た見た勝った」からもじって命名。
主人公の弟は当初の読み切りだと試合に出る予定だった。それを前提にポジション的にはナンバーテンのスタンドオフだろうって事でテンちゃん。その響きを使うため天という漢字を使うのは確定って中で格調高くと考えた結果、天空とかいう強引な当て字に。強行突破すぎて逆に「よくぞ思いついたな」って感じで気に入っている。
それからメインの15人をバババッと決めた。野球なら9人、サッカーなら11人だが更に多いので難航するかと思ったが、各ポジションごとに要求される個性が大きく異なるタイプの競技なので幸いにもスムーズに作業は進んだ。それをまとめたのがこの名鑑だ。
そもそもこれを見ないとキャラクターの把握は不可能だと思うんだけど、意外と閲覧数が伸びてなくて「じゃあ読者の皆様はその辺をどう処理されているのでしょうか」と不安になる。
それはそれとして定期的に改定されていて、前回は2021年、そしてこのたび2023年にも久々にいじってみた。今回の目玉はテキストだけでなく絵も多少改善したところ。輪郭の角度とか耳とか目の大きさとか、気になる部分は多かった。
最近効率的なやり方を覚えたので比較的簡単にラインのレイヤーをいじれるようになって、それで全体的な線を現代的にブラッシュアップした。でも当時のラインをいじりすぎて今の絵になりすぎないようにって部分は割とこだわってみた。さてどうでしょう。
なお命名に関しては基本的に駄洒落みたいな感じだった。長身必須のロックに高さのある高崎と大型の男鹿とか、逆に小柄な選手が務めるケースが多いスクラムハーフにはこまい生駒とかそんなのばかりで。
普段はそういうタイプの命名は行わない。人間を描く中で命名時の役割に囚われすぎると上手く描写出来なくなる危険があるからだ。そういう意味では自分としては新機軸の方法論を解禁したわけだが、これも全部短期読み切りゆえの分かりやすさを優先した措置である。
とは言えその中でもあんまり厳密なルールが適応されてない名前もいくつかある。2019年が令和元年だったから令緒とか、ずっと温めてていつか使おうと思ってた実祝とかがそうだ。それと「下級生の割にガタイが良い」って事で付けられたのが交野彪とか絶対由来分からんだろうって人も。
後は漢字の使い方もそれなりに工夫した。例えば松平は元々松田という苗字だったが、田という字が北三田と被るので松平に変更された、といった具合である。
親兄弟ならいざ知らず、他人の場合構成する文字を可能な限り変更するという謎のこだわりも、今後他のチームが出る際はもうそんな事言ってられなくなるだろう。だからあくまでもチーム内の事情として処理する予定。
ともあれそうやってまず名前を考えてから顔を決めた。ラグビーは1チーム15人必要なので被りを避ける努力は必須であり、特に髪型のバリエーションの少なさに難儀しつつもどうにか決めていった。一日で。基本的にはこの6月11日に決めたものが現在のルックスのベースとなっている。
無論そこからちょくちょく修正を加えて現在の形になったのだが、顔や名前が一番変わってないのが俊一と一俊どっちにしようかなと悩んだ程度の林で、一番紆余曲折を経たのが交野だった。
当初はもっとクールな見た目で同じ野球部の清岡とあんまり変わらなかったが、まず下級生という設定が生えてきた。「同級生のでかい方と小さい方」が「でかいけど下級生の方と小さいけど上級生の方」となった事でようやく差別化の目処がたった気がする。
そこから設定的には純朴さを強調するかのような、田舎の中の更に田舎となる島育ちとなり、ルックス的には曲者的なニュアンスを込めて清岡に導入する予定だった細い瞳孔が意外とかわいらしくなるぞって事で交野に採用されたりアホ毛みたいなのを加えたりで今のキャラクターになった。
原初交野の面影は最初に描かれた4コマに残っている。初期の作品は今見ると大層恥ずかしいので積極的に描き直したりしているが、この話は絵が違いすぎてかえって貴重なので今後も保存される事となるだろう。
それにしてもこれが最初に描かれた漫画ってのもとんでもない話だ。まず主人公出てきてないし、最初出るのが名も知れぬ女学生だし、他の二人はともかく鳥島は多分「けっ」とか言わないし。
ともあれ漫画にしろ小説にしろ大事なのは設定そのものではなく、そうやって設定された世界の中で設定されたキャラクターがいかに動いてくれるか。特にキャラクターの個性を明確にするのはどうやっても必要となってくるだろう。
というわけで読み切りを描く前に4コマ漫画の方式でいくつか描く事でキャラクターを固めてみようと考えた。それはあくまでも本筋を描くまでの前座、あるいは補佐的な役割のはずだった。
なおここまで何度か出てきた「当初の予定」である短期読み切りの場合のプロットはざっくり以下の通りだった。
1.ラグビーが大好きなエイトくんが各部活のエースを強引に口説き落として1試合限りのチームを結成
2.その際の説得方法が「各部活に助っ人として活躍した見返りに貸してもらう」というもので、冒頭は同じ運動公園内にある野球場でホームランを打った直後にユニフォームを脱ぎ陸上部のリレーに出場し双方勝たせる、といった形になる
3.練習シーンもそこそこ入れる。カッコちゃんも絡んでくる
4.そして試合。相手は県内にあるラグビーの強豪
5.前半は拮抗。元々運動神経ある面々が各自の特徴を活かして善戦。教え方が良かったのでそれなりにラグビーにもなってる
6.後半に一人負傷。ちなみにこの負傷役が松平の予定だった。そういう役割の子にあれこれ設定を作るのもかえってかわいそうなので全くのモブ、で文武なんて名前に。現在も作中において空気のような存在と化している
7.メンバーが15人しかいないので棄権かと思いきやおもむろにテンちゃん試合出場。清岡くんはここでスタンドからセンターにポジション変更するので器用な人だなって事でそういう名前になった
8.テンちゃん大活躍
9.勝つ。やったぜ!
結局ここまでろくに描かれていないので面白くなったかどうかは分からないが、ともあれそういうラインに従って初期の作品は描かれた。初心者がいきなり勝つ展開も高校レベルよりは説得力があるんじゃないかという観点から舞台は中学校とした。
とは言えまだ色々ふわふわな状態だったのである程度は設定変更にも対応できるような作りではあった。実際にここから色々と変遷を経て形になっていくのだが、ここからはまさしくその変遷について語っていきたい。
それとこれもまた本人以外には理解不能な部分ではあるが、お絵かきの時の名前として辛忠达という筆名を定めた。中国人っぽい名前だが、筆者も実際に中国人なのでそれに従ったものである。ここで言う中国人とは例えば岩手県民は東北人、熊本県民は九州人と呼ぶのと同じ用法である。