第8話
大公城に来てから1ヶ月が経とうとしていた。
私はすっかりここの生活に慣れ、今ではこの城の奥様として…大公妃として城下町に赴いたりしながら、病気一つせず元気に楽しく暮らしている。
あの後から2人で寝ることになり、初めは戸惑ったが、私以上に戸惑って照れているリアンが可愛くて堪らず、思わずちょっかいをかけたりしてしまっている。
大公城との使用人たちとも随分打ち解け、今では気軽に話す仲だ。ここのメイド達は皆編み物がうまく、いつも教えて貰っている。
最近では毎晩寝る前に今日は何があったか、何が楽しくて何が反省点すべき点だったのかを2人で一緒に話してから寝ている。大方執務や大公領の話といったものになってしまうが、それでも充分に楽しかった。
そしてなんとリアンが高頻度で眠りながら抱き締めてくれる。無意識らしく朝起きると照れていたりするが、これが本当に幸せな気持ちになる。
……幸せだ。今の私は胸を張ってそう言える。
そんな折、王都にいる元・私の専属メイドのエルから手紙が届いた。
内容は自分の近況と王都の様子3割、そして私への気遣い7割と私への心配の言葉で溢れていた。
自分の近況の部分では、無事好条件で再就職ができ、妹の症状も快方に向かっているらしい。
もし妹の病気が全快したら今の仕事を辞め、妹と共に大公領に引っ越しまた私に仕えたいとも書いてあった。エルらしい、と笑みが零れる。
…そして王都は今ある噂で持ち切りらしい。
噂というのは、ある公爵家の嫡男が婚約すらしていない男爵令嬢を孕ませたという噂だ。
「あらあらまあまあ…」
私はエルからの手紙を読むと思わず悪い笑みが浮かぶ。
私とリアンがこの1ヶ月、あの人達についてなにもしていなかった訳が無い。
魔力通信水晶を使えばいいものをわざわざ大公領まで赴いて下さった国王様と会い、話し合いをした。
そこで、レルウィルドとアミィの婚約の申請の承認をしないこと、それから1週間後の王家主催パーティーにて正式に私とリアンの婚姻を公表することが決定した。
レルウィルドもまったく馬鹿なことをしたものだ。
国王様には穏便に婚約解消をしたと2つの公爵家夫妻が説明して大公様…リアンと私の婚約を打診したのにも関わらず、レルウィルドが王家主催パーティーで大勢の人がいる中、私に婚約破棄を言い渡したのだから。
これで不審に思わない方がおかしいだろう。
国王様と初めて会った時、確認不足だったとわざわざ頭を下げてくれた。弟に幸せな結婚をして欲しい気持ちが先走ってしまったのだと。
私はもちろん許したし、国王様のお陰で今の幸せな日々を送れていると感謝もした。
国王様はことのあらましを知り大層ご立腹の様子だった。
当たり前だ。ミエール公爵家とミッドール公爵家は、国王様の大切な弟の未婚に付け込んだようなものだったのだから。
国王様は私とリアンの仲睦まじい様子や、ソフィアとスティーヴから私達の普段の様子などを聞き目を潤ませていた。
国王様は第1王子ではあったが正妃様の子ではなく、逆にリアンは正妃様の子であったため、王位継承の際に他貴族から少々反発があったとか。
それがキッカケとなり弟が世間で悪名を轟かせてしまい、国王様はそれを気に病んでいる様子だった。
そこで私は国王様と結託し、1週間後のパーティーでリアンがどれほどまでに素晴らしい人物なのか語る許可を得た。
もちろん、リアンには秘密で。
国王様も、王位を継承したばかりの時とは違い地位も確固たるものになったらしく、弟がどれほど素晴らしい人物か周りの貴族たちに知ってもらっても全くもって構わないとのこと。
その時の国王様は、“国王”ではなく、ただの弟を想う1人の優しい“兄”の顔をしていた。
私はもちろんパーティー等で国王様を見かけることはあったが、こんなにも優しい顔は見た事がなかった。いつもは威厳に溢れ誰も寄せ付けない様な風格だったからだ。
王族というのは優しさだけではやっていけない世界なのかもしれない。そう思うと、国王様とリアンは似ている気がした。
国王様とリアンは似ていますわ、もちろん良い意味で。というと、リアンと同じ金色の瞳が優しく微笑んだ。笑い方がリアンそのもので、私は驚いてしまった。