第2話
「大公様と結婚ね〜……」
大公様。名はエイドリアン・フィンリーという。
歳は28、現国王の腹違いの弟。人嫌いと有名で、跡継ぎには既に7歳の養子を迎え入れている。
そして何より屈強な肉体と長く伸ばしている黒い髪によって人を寄せ付けていないのだ。
言ってしまえば図体が大きくて髪が長いためお化けのように扱われ、人嫌いな性格も相まって貴族社会では煙たがられている。乱暴な性格だという噂もあるような、悪名高い人。
これが私のメイド、エルが集めてくれた情報だ。
自分の子を産んだとしても跡継ぎには出来ず、貴族社会からの嫌われ者で尚且つ悪名高い人にわざわざ嫁ぎに行く女性なんて、大公の地位を狙った借金持ちの令嬢かかなりの野心家くらいだろうか?
だが私からしたら優良物件だ。人嫌いなら関わらなければ良いし、子供は好きだ。公爵夫人になるための教育を受けていたんだ、少しは勝手が違うだろうが大公妃くらいやってみせようではないか。
それに……
「あのクソ野郎よりはマシよ……」
婚約者がいながら他の女を孕ませる様な真似をした奴よりマシだ。大公領は度々魔獣被害に見舞われるが、自然を沢山感じられ、落ち着いている土地なので私はとても好きだ。
目まぐるしく変わる景色を眺めながら物思いにふけていると、ミッドール公爵邸に辿り着いた。
「コーデリアお嬢様、もしもの為にと必要最低限の荷物は門の左手の隅に置いてありますが私が取って参りましょうか?」
「いいわ、自分で取ってくる。これで最後だもの、ありがとう、エル」
なんとできるメイドなんだ。
私は急いで門に向い、左手の隅を探すと荷物が置いてあった。中を確認すると、お母様の遺品や、宝石の類の貴重品、売ればそこそこお金になるだろう物も入っていた。さすがエル。
…よし、とバッグを持ち上げてエルが待つ馬車に向かおうとした時。
「そんな所で意地汚いこそ泥の様に何をしていますの?」
ハッとして声が聞こえた前を見るとそこにはミッドール公爵夫妻が仁王立ちしていた。会った所で嫌味を言われるだけだからと、会わずに大公領に行こうと思っていたのに…と心の中で嘆く。
「大公領に向かうため、荷物を取りに参りました」
公爵夫人の方を若干睨んでそう告げると、夫人は私の頬を力いっぱい打った。
パァン!と高い音が鳴り響く。
じんじんと頬が痛い。手加減というものを知らないのね
公爵夫人は私を殴った手を汚いものを触ったかのようにハンカチで拭き、そのハンカチをポイッと投げ捨てた。
「汚らしい子。今後一切公爵家には関わらないでちょうだい」
「コーデリア、私はお前がその様な娘だとは思っていなかった。もう二度と公爵家の敷居は跨ぐな。そしてお前と私はもう親子ではない」
公爵夫人に続いてお父様がそう言う。
あなた、私と一応血が繋がっているのに哀れみとかは感じないのかしら?…感じないのよね、きっと。
「…わかりました。今までお世話になりました」
そう言って身を翻し、今度こそ馬車に向かった。
ダイヤモンド鉱山1つで娘を売ったくせに、なんて心の中で毒を吐いた。
馬車に戻ると待っていたエルにぶたれた頬を酷く心配されたがそんなことはもうどうでもいい。
早く大公領に向かいたかった。早く、この忌々しい記憶が多く残る王都から去りたかった。
そして3時間程馬車を走らせ、最近完成したばかりの魔導トンネルを通過し大公領が目前に迫った所で私はエルが走らせる馬車を止めさせた。
「……エル、ここまで来てくれてありがとう。貴方にここから先を付き添わさせる訳には行かないわ」
その言葉を聞いたエルが血相を変える。
「コーデリアお嬢様!?何を仰るのですか!」
「貴方は王都に妹がいるでしょう?大公領に来てしまっては王都の様に最新の治療を受けさせられないし、貴方にはここまでしてもらったわ。もう充分すぎるくらいなのよ」
そう、エルには病気の妹がいる。
それを知っておきながら大公領に付いて来いだなんてそんなことを言ってしまう主にはなりたくないわ。
私はバッグの中からお金になりそうな宝石を探し出し、エルの手のひらの上に置いた。
「これで暫くは大丈夫なはずよ、エルの事を雇いたいと言っている仕事先の資料をエルの家に送っておいたわ。どれも好条件のはずだけれど、なにか不満があったら手紙を送ってね」
私が微笑むと、エルは悔しそうな顔をした後に私の前に跪いた。
「私の心は常にコーデリアお嬢様と共にあります。何かあったらすぐにお呼びください。どこへでも行ってみせます」
「ふふ、ありがとう。とても頼もしいわ」
「王都の様子も定期的に手紙にして送ります」
それはこれから王都から離れた大公領に住まう私としてはとても有難い。
「いいの?」
「もちろんでございます」
「エル、元気にね、病気はしないように気を付けて。妹さんが回復することを祈ってるわ」
私はエルが乗せてくれた馬車に背を向けて大公領に向けて歩き出した。
大公領の冬は寒い。
馬車の中でささっとパーティー用のドレスから着替えたこのワンピース風のドレスじゃ凍えてしまうと思いバッグに羽織るものは何かないかと探したが何も無かった。無念
立ち止まっていては寒いままだからと歩き始める。
さっき継母に打たれた所が冷気に当たってヒリヒリと痛む。打たれた直後より確実に腫れてきている。でも我慢しなくては。
折れそうになる心を必死に奮い立たせた。あのクソ野郎と離れられたんだ。こんな所で負ける訳にはいかない。
凍えそうになりながら必死に歩き、関所を通り、やっと大公領の城に付いた。




