一分ハードボイルド
ある都会のバーで、カランカランと音が鳴り、ドアから一人の男が入ってきた。コートを着たままカウンターに腰掛ける。
「久しぶりだね、ママ」
ウイスキーを注文した男が、カウンター内の女に話しかけた。
「ええ、待ってたわ。少し疲れた顔してるわよ?」
「いや、実は仕事が少し行き詰まっていてね。それよりママ、新しいネックレス買ったのかい? 言ってくれれば妻のをプレゼントしたのに」
女の首元には、いくつもの真珠が輝いていた。
「奥さんの形見は大事にしなさいよ。これはね、一昨日来たお客さんにもらったの。だけど一回バラバラになっちゃって、一個どこかへ行っちゃったのよね」
女が残念そうに言う。それを聞いて男は、口元に近づけていたウイスキーをカウンターに戻し、女の首元を見つめた。
「……そうか、もしかしたら」
男が席を立つ。
「ママ、悪いけどつけといて」
「またぁ? そろそろ払ってくれなきゃ、嫌いになっちゃうわよ」
「ごめんごめん。いつか必ずママに持ってくるからさ。つけてるお代全部と、それから……」
ドアノブに手をかけて、男が振り向いた。その目は、支払いを誤魔化すふざけ半分のものではなくなっていた。
「まだ渡せていない、逮捕令状を」
男は慌ただしく店を後にした。女はカウンターを片付けながら、笑った。
「待ってるわ。あの事件で初めて出会ったときからずっとそそっかしいままの、私の可愛い探偵さん」