出自③
「倫鉄さま、」
仕上がったばかりの俳画の軸の出来を確かめていたところ、廊下から声がかけられた。
「ハチロウさんか、入って下され」
スーッと襖が開く。
文机の上に朱や藍の端切れを広げ、熱心に針を動かしているリンが顔を上げると、ハチロウはそのまま続けるようにと頷いて見せ、
床間の前にいる倫鉄を認めると、中に入ってきた。
「僧正がお呼びです。」
ハチロウは、旅姿であった。足巻きには跳ねた泥が乾いた跡がある。
「うむ。あい分かり申した・・・では、リンは・・・」
倫鉄がチラリとリンを見た
リンは置いていかれたくないと、こちらを見上げている
「これから公明様は、餡子を炊かれるそうにございます。リンさんにお手伝いを頼まれたいと申しておいでですが、」
ハチロウは、しゃがみ込むようにして、リンに向かって言った。
「あんこ!」
リンは声を弾ませながらも、尚、倫鉄から離れたくない様子を滲ませている。
倫鉄はポンと手を打ち、わざと明るい声を出した。
「それは良いな。
餡子の炊き方など滅多に教われるものではないぞ。」
医師の薬作りの勉強が高じて、
砂糖問屋に菓子作りの相談を持ちかけられるほどの腕前を持つ公明の餡子は、殊更絶品で、一口食べたリンはすぐに魅了されてしまったのだった。
「公明様の医師小屋は、僧正や良晉様のお部屋と廊下続きであるからの。儂も安心して、仕事の話ができるというものだ。な。」
道中よほど急いだのであろうハチロウの様子を見るに、早く報告を聞きたい気持が逸る。
強引に嫌と言えないところへとリンを追い込んだ自覚のある倫鉄は、ゆっくりとリンの背中を撫でさすり、俯く顔を覗き込んだ。
リンはゆっくりと頷いた。




