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みおぎ   作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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僧正⑧

幸明は、声を潜め話しを進める。


「そのうたげは、長崎港にほど近い大村藩内で行われ、呼ばれた遊女は有余名。薬種問屋の話というのは、その遊女から伝え聞いたものにございます。」


そこで倫鉄を見遣る幸明。


「出島というものは、ご存知でございますか?倫鉄様。」


阿蘭陀オランダ商館のある、幕府が作った島のことであろう?」


「私も大村藩、長崎港と聞いて思い至りましたは、それですね。」


良晉も請け合う。


「その出島というのは、女人にょにん禁制の島にございまして、」


良顕も頷いたのを見て、幸明は言葉を繋ぐ。


「商館のおさ以下、おなごは何人なんびとも奥方はおろか実の娘さえ連れ渡ることはまかりならぬと、」


「うむ。くて、遊女の出番であるか。」


「はい。」


「忍んで島に渡るのか?」


いな。なぜかそこは表立って。」


「うむ。」


「もう十余年前のこと、その商館員の住まいにて火が出まして、寝ていた商館員と遊女が焼け死んだそうにございます。


その館の日本人仕丁は逃げ出し無事であったらしいのですが、その折、見つかるべきむくろが一つ足りなかったと言うのです。」


立て板を水の話しぶりである。


幸明が語りの組み立てにばかり腐心ふしんしているように見えて、倫鉄はつい、早く続きを、と急く視線を注いでしまう。


そんな倫鉄の気色を知ってかしらずか、幸明が微笑んで言った。


「倫鉄様。その様に体を揺すっては、リンさんが起きてしまいます。」



弾かれたようにリンを見るとよく寝ていて、息を吐いた。


どうやら、無意識にいつもの癖が出ていたらしい。


「それで?」


良晉も私心同じく、焦れていたようで先を促す。


幸明は優雅に微笑んだ。


「遊女は、遊郭の内でも外でも、禿かむろと呼ばれる小娘を伴うのが慣わしで、その日も遊女は禿を伴って出島に渡ったのは間違いなく、」


「されど、骸は無し。足取りは無し。とな。」


幸明が頷く。


「薬種問屋に語った遊女は、その小娘と禿仲間であったとか、」


「ん?それは相当に大年増であるな。


あ、済まぬ。」


皆の眼差しが向く前に、早々非を認める良顕。


「その、小娘が仕えていた遊女は共に焼け死んだ商館員の贔屓ひいきであったそうなのですが、その小娘はすでに手を付けられていたと、」


「その商館員にか?」


「はい。」


「これは由々しき事であるな。」


倫鉄と良晉はその意を計れず良顕の顔を見つめる。


「遊郭の慣わしとして、ねんごろになった遊女以外と遊ぶ場合、置屋の主人に断りを入れねばならぬ。ただしそれは、*水揚げが済んだ*新造以上の者の場合で、禿に手を出すなどご法度で、」


「えらくお詳しい。」


良晉が軽く睨んだ。


「話を続けても?」


と、幸明。


苦笑いして良晉が頷く。



「その日、廻船講の座敷には、一番人気の芸者が上がったようにございます。その芸者、舞や三味しゃみまことに優れ、それより何より抜きん出て優れていたのが、その姿形すがたかたち。」


「うむ。」


麦藁むぎわらぐしに栗の色のまなこ白磁はくじの様な肌であったと、」


その場が一時いっとき動きを止めた。


それぞれの目がリンに注がれる。


「芸者は、その頃頻繁に長崎港にやってくるようになった亜米利加アメリカ船の船員と、とある遊女との間に生まれたのだと語っておったそうにございまして、

良晉様。私にもあめ湯を頼んでもらえますかな。」


良晉は頷き、手を一拍する。


「皆の分のあめ湯を。」ハチロウに代わりシゲキチが顔を出した。


「さて、話はその年増の遊女に戻りまして、」


そう言ってちらりと良顕を見る。


良顕はそれとなくあさっての方を向いた。


「薬種問屋と話すうち、その小娘禿が四国の出であると語っていたことまでも思い出し、あるいはまだ生きていて、四国の生まれた村で今も暮らしているのかもしれぬと話を結んだそうにございます。」



*水揚げ…遊女のデビューの事


*新造…新米の遊女


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