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みおぎ   作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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僧正⑦

「*あだしことはさておき、幸明。リンを『おもねる事を知らぬ童には見えぬ。』と申したな。その事のよしを聞かせてくれぬか?」


良顕は、笑みの引いた直の眼差しを幸明に向けた。


幸明もまた、口元を引き締め頷く。


「お聞きの通りの由にございます。この娘、なかなか智慧もあり、芯が強い。


辺鄙へんぴな村の出あろう事から、我ら僧の位階どころなどおそらく知らぬでしょう。一方で、倫鉄様と我らの扱いは分けておるように見受けられます。

おもねる事を知らぬと言うよりも、*公達きんだちであろうが、*お歴々《れきれき》であろうが、身内を*こうするものは、すべからくかたきなのでございますよ。」


「それは尚、悪しきことであるな。」


伸びた髭をつまみながら、倫鉄は呟いた。


三人のなまこが一斉に倫鉄に注がれる。


「な、なんじゃ!」

皆の勢いに気圧された倫鉄がたじろぐ。


「ここまで来ると、いやはや何とも、」

「知らぬは当人ばかりなりとはこの事じゃ。」

「鈍なる事、この上ない。」


三人三様、嘆きを口にした。


「我らにとっては悪しき事には違いないがな。」

良顕がニヤリ。


「*省察しょうさつせずとも分かろうことではありませぬか!おもねる事を知らぬことは即、身を滅ぼすのがこの世の慣わし。これでは、リンが身を守ること著しく難儀になります。」

と、倫鉄は拳を握り力説する。


それを聞き、三人は同時にため息を吐いた。


「まあ良いではありませぬか。僧正様。」

「さよう。今計るべくはそれではないのぉ。」

「*桑門そうもんの身で大っぴらにするものでもありますまい。」


三人が頭を寄せ、それぞれに言い合い、意を確かめ合っている。

倫鉄はただ一人、話において置かれた事に憮然としている。



「それはそうと僧正さま、先ほど、申し上げた薬種問屋の件なのですが、満更まんざらあだし事ではないのかも知れませぬぞ。」

と、幸明が言い出した。


「ほう。それは興を引かれるのぉ。話してみられよ。」と、良顕。


その返答を待っていたとばかりに、幸明は勢い込んで話し始めた。

「薬種問屋といいますのは、ご存知の通り、薬の材料を方々から集めてくる商売にございますね。」


「まさしく。」


「その商いには廻船講かいせんこうとの付き合いは欠かせぬそうにございます。」


「廻船講とな?」


幸明が頷く。


「廻船とはご存知の通り、船に荷を積み運ぶ商いの事にございますが、砂糖の商いで商いが大当たりした堺の廻船問屋が*講を組みましてな。それを廻船講と呼ぶそうにございます。」


一気に言って、幸明は白湯を口に運ぶ。


「私を訪ね参った薬種問屋は、主に讃岐さぬきの和砂糖を取り扱い富を成した者にございまして、その薬種問屋が廻船講の宴に招かれた際に小耳に挟んだ話を聞かせてくれたのですよ。」


いつしか皆、幸明の話にのめり込んでいった。





*他しきことは…余計な話は

*公達…公家くげ

*お歴々…貴族、武士を含めた地位の高い人々

*寇する…害を与える

*省察…自分のことを省みて思い出すこと

*桑門…仏法を納める者、僧。

*講…相互扶助団体


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