僧正⑥
「それにつけても、なかなか*胆力のある娘御にございますね。」
倫鉄の膝を枕にして眠ってしまったリンに目を細めながら、良晉が言った。
「誠しくそうであるのぉ。*おもねることを知らぬのがまた良い。」
良顕は、吊り上がったリンの双眸と語気の鋭さを思い出し、半笑いしながら答える。
普段であれば、ニヤニヤ笑いのはずの良晉が、心酔したように言うから、庇われた倫鉄は、相槌を打とうにも、やや決まりが悪い。
ふと外に人の気配を感じた。襖に目を向ける。
「幸明様、お越しになりました。」
抑揚を抑えたハチロウの声がした。
「どうぞ入ってもらって下さい。」
その声を聞く前に襖が開き、
「私には、おもねることを知らぬ童には見えませぬが、」
と言いながら、幸明が入ってきた。
「ああ、やはり寝てしまわれましたな。これをお持ちいたしましたのに。」
そう言って、幸明が薬箱から油紙の包みを取り出した。皆の期待の眼差しにそれを開くと中身は黄金色をした何かである。
「*柚餅子かの?しかし、黄色いものは初見じゃ。」
「*道前の薬種問屋が私を訪ね参っておりました。それで話し込んでしまいました。」
「元来、薬種問屋は砂糖問屋を兼ねておるからの。」
幸明が頷く。
「道前の柚子が豊作にございましたそうで、何とか饐えることなく保たせられる知恵はないかと持ちかけられ、ものは試しとこしらえたのがこれだそうで、」
「くるみなど入れずに、柚子だけを使うておるのか!」
新しきものに目がない良顕は早速手を伸ばす。
良晉も倫鉄もそれに続いた。
「うむ。甘きことは良いが、柚子の香味が抜けてしもうておるの。」
良顕の言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
「それでは、これはリンさんの*八つ時に取っておこうぞ。」
そう言うと良顕は、幸明の手からあっという間に、包みを取り上げてしまった。
「元より、そのつもりでございましたものを、」
幸明があまりに口惜しそうに言うので、
一同大笑いしかけて慌てて口を抑える始末であった。
「リンさんには、幸明様のお土産です。と、お伝えしておきますから。」
良晉が言うと、
幸明は
「そうしていただかぬと困ります。」
と、おどけた。
*胆力…度胸
*おもねる…媚を売る
*柚餅子…もち米や木の実、果物を用いた甘い菓子で、形状も様々なゆべしが全国にあるそうです。
*道前…現在の愛媛県東予地方を指しています。道後は松山市ですね。
かつては、地方を分ける用語だったようで、伊勢、備中その他の地方にも見られた呼び方のようです。
*八つ時…おやつの事。




